緩衝材ゼロ。引っ越しのたびに実感するミニマリズムの恩恵
夫の転勤に伴い、これまで幾度となく引っ越しを経験してきた。引っ越しというイベントは、自分の「所有物」と否応なしに向き合う機会でもある。今回は、ミニマリズムを実践したことで劇的に変わった、私の引っ越しとモノへの価値観について。
大切な食器を守るための、過剰な梱包とストレス
以前の私は、今よりもずっと多くのモノを所有していた。中でも引っ越しのたびに厄介だったのが「割れたら困る大切な食器」の存在だ。(これはいつか記事にしたいと思っている。アメリカ駐在妻がもれなくハマるであろうものに、私も例外なくハマっていた過去がある)
当時は、お気に入りの食器を過剰なまでの緩衝材(プチプチ)で何重にもぐるぐる巻きにし、段ボールの隙間を新聞紙でぎゅうぎゅうに埋めていた。「どうか割れずに新居へ届きますように」と祈るような気持ちで荷造りをし、新居で無事を確認するまで心が休まらなかった。
今振り返ると、引っ越しの物理的な作業そのものよりも、モノを守るための精神的なストレスの方がはるかに大きかったように思う。
「なくなったら買えばいい」という究極の手放し
しかし、ミニマリズムを実践し、少しずつ身軽な暮らしへとシフトしていく中で、私の引っ越しに対する価値観は劇的に変わった。
まず、「割れたら困るような大切な食器」をすべて手放したのだ。それだけでなく、すべての所有物に対して「万が一なくなったり壊れたりしても、また必要になれば買えばいいか」と思えるようになった。
このマインドの変化は、私に信じられないほどの解放感をもたらしてくれた。モノを所有することは、同時に「それを失う恐怖」を抱え込むことでもあったのだと、手放して初めて気がついたのである。
タオルで包むだけ。緩衝材も段ボールも激減した現在
執着を手放した今、引っ越しの梱包は驚くほどシンプルになった。
残っている数少ない日常用の食器は、緩衝材の代わりに手持ちのタオルなどでサッと包むだけ。そもそも日本国内の引っ越しであれば、業者さんはプロ中のプロだ。驚くほど丁寧に荷物を扱ってくれるので、タオル一枚の簡単な梱包でも、食器が割れたことなど一度もない。たとえ何かの手違いで割れたとしても「全然いいですよ!」と笑ってやり過ごす自信がある。
モノへの執着を手放せば、人生はもっと身軽になる
所有物を減らし、さらに「所有物への執着」を手放した結果、我が家の引っ越しで使う段ボールの量も、引っ越し後にゴミとなる大量の梱包材も激減した。荷造りにかかる時間も、精神的な疲労度も、以前とは比べ物にならないほど軽い。
引っ越しとは、ただ荷物を別の場所に移動させるだけでなく、自分の心の中にある執着を定期的にデトックスする絶好の機会なのだと思う。これからも「なくなったら買えばいい」という軽やかな心を持ち続け、いつでも身軽に飛び立てるような暮らしを保っていきたい。
