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「役に立たない人」になるために学ぶ。オードリー・タンさんが見ている世界

台湾と問い

5月中旬、初めて台湾を訪れた。
これは自分の旅ではなく、
コミュニティの仲間たちとの合宿という目的で。

海外ではあるけれど、どこか近い存在。
かつて日本の統治下でもあった国。

台湾合宿が決まってからの数ヶ月。

それは、これまでちゃんと意識することのなかった台湾を、
少しだけ深く知る機会を与えてもらったような時間だった。

これからの社会(世界)はどこへ向かうのか。
変化の中で人はどのように生きるのか。
人は働くから解放されたときどう在ろうとするのか。

そんな問いを静かに持ち帰る旅だった。

そして、その問いの中心に
並走してくれたような存在が
オードリー・タンさんだった。

今回、メンバーのみんなと多くの時間を共にした場所は、
オードリー・タンさんがデジタル担当大臣だった時期に
市民との対話を重ねた場所。



旅を終えた今も、一つの言葉が頭から離れない。
「役に立たない人になるために学ぶ」

この言葉の中に、これからの時代を生きるための
大切なヒントが宿っているような気がしている。


1. オードリー・タンさんという存在

オードリー・タンさんは、
台湾の元デジタル担当大臣として知られている。

IQ160の天才。
Civic Techの象徴的存在。
世界中から一目置かれる存在でもある。

けれど私が強く惹かれたのは、
その頭脳が描いている思想の方だった。

競争ではなく共創。
支配ではなく共好(ゴンハオ)。

誰かが正解を持つのではなく、
みんなで社会をつくっていくという考え方。

台湾で見聞きしたものの奥には、
少しずつ、でも静かに、その思想が流れているように感じた。


2. 台湾の実験学校

今回の台湾合宿では、
オードリー・タンさんのお母さまが設立された
実験学校の校長先生と対談させてもらう機会があった。
改めて、とても貴重な時間をいただいたことに感謝。

以前、Sadoベリースクールの運営に関わっていた私にとって、
この対談は特に楽しみにしていた時間でもあった。

実験学校についてや、
そこで行われている教育カリキュラムについては、
また別の記事で詳しくまとめたいと思う。

ただ、この記事の中でも一つだけ紹介したいことがある。
校長先生に、

「これから先も変わらない教育の本質とは何でしょうか」
と質問した。

先生はこう答えてくださった。
「自分が好きな自分になること」

そして、
「一人ひとりが、自分は何をしたいのかを知ること。
 その人がちゃんと成長できるように助けてあげること。」
とも話してくださった。

その言葉を聞いた瞬間、
なぜだか身体が熱くなり、涙が溢れそうだった。

安心感とも違う。
優しさとも少し違う。

教育とは何か。
成長とは何か。

人が人として生きる上で、
人として大切にされることとは何か。

きっと自分の中にある
大切にしたかった想いと共鳴した瞬間
だったのかもしれないと今は思う。


3. 「役に立たない人」になるために学ぶ

私たちは
「役に立つ人」
になろうとする。

そうなれるように頑張れと教わる。

しかしオードリーさんは
子どもたちを「役に立たない人」に育てたいという。

これからの時代は特に
「役に立たない人」になるために学ぶ
必要があると。

「役に立たない人になる」とはどういうことか。

ここにこれからの時代にシフトする
鍵があるように思うのだ。

私たちはなぜ学ぶのか?
何のために学ぶのか?

いつしか、
それらが純粋な個人の好奇心や興味ではなく、
誰かやシステムが決めた内容の中で
達成を求められるものになってしまった。

大事なのは、
「役に立つため」に学ぶ、学ばせようとするのではなく、
子どもたちが夢中になれることを見つける手助けをすること。

校長先生の言葉に繋がる。

「役に立つ」ことを前提に、
そこに照準を合わせるのではなく、

「役に立つ」かどうかなんて分からなくても、
学びたいから学ぶ。

それでいい。

結果、それが最も「役に立つ」近道なのかもしれない。

「役に立つ」ということは、
人としての喜びの一つである。

けれど、
その人(子)が幸せそうにただ存在している。
その存在自体が誰かの社会の
喜びに繋がるベクトルも存在する。

これからの時代は特に。

4. 誰も置き去りにしないためのテクノロジー

2030年には、
9200万の仕事が消える
と言われている。

あと4年。
(現在2026年)

テクノロジーの進歩は凄まじい。

「人の役に立つ」と教わって就いた職が、
「必要とされなくなる」仕事に変わるのだ。

AIに仕事が奪われる?
AIを使いこなせないと終わる?

便利になること。
効率化されること。
それ自体は素晴らしいことだと思う。

けれど、
その進歩の先に何を目指すのか。
その進歩は誰を何を幸せにするのか。

ここを放棄してはいけない。

台湾で見たオープンガバメント。
市民参加。
デジタル民主主義。
それらは単なる技術ではない。

声の大きな人の力で動いていく社会ではなく、
声の小さな人も参加できる社会へ。

テクノロジーに強い人だけが恩恵を受ける仕組みではなく、
弱い立場の人にも手が届く仕組みへ。

そのために、テクノロジーを使う。

オードリーさんは、
イノベーションとは、
まず弱い立場の人たちへ届けられるべきだ

という考え、姿勢を崩さない。

私はそこが大好きだ。

テクノロジーは、人を振り落とすためにあるのではない。
優劣をつけるものであってもいけない。
勝者と敗者を生み出すものではダメなのだ。

人を掬うためにある。

テクノロジーに不慣れ、
ついていけない、分からない人がいたら、
その人たちが使えるようなものを
デジタルの力でつくり、整え、提供する。

効率のためだけではなく、
誰も取り残さないために。

これは、これからの考え方として、
生き方として、社会への参加の在り方として
とても学ぶべきところの多いものだと思うのだ。

5. 人は何を目指して生きるのだろう

テクノロジーは、
この先も驚くほどの速さで進化していく。

これはもう止まらない。

昨日まで価値があった仕事が、
来月にはAIに置き換わるかもしれない。

「役に立つ」と信じて積み重ねてきたことが、
社会の変化によって必要とされなくなることも、
これからは珍しくないのだろう。

だからこそ、思う。

これからの時代は、
「何ができる人か」を目指すより、

「どんな人で在るか」

の方が、ずっと大切になっていくのではないだろうかと。

役に立つから学ぶ。
誰かの基準や評価の枠で頑張る。
必要とされる存在を目指す。

これらはどれも尊い。

けれど、その価値観だけでは、
これからの時代はどんどん苦しくなる。

だからこそ今、
オードリーさんが語る

「役に立たない人になるために学ぶ」

という言葉が、静かに胸へ響いてくる。


役に立つことを否定している言葉ではない。

役に立つことよりも先に、
「何に心が動くのか」
「何を面白いと思うのか」
「どんな自分が自分は好きか」

そんな、人としてもっと根っこの部分を育てていこう、
という”種”なのだと思う。

役に立つかどうかは、
時代によって変わる。

けれど、
誰かを大切に思うこと。
夢中になれること。
美しいと感じること。
自然に心が動くこと。

そういうものは、
時代が変わっても簡単には失われない。

AIができることが増えるほど、
人にしかできないことではなく、
人だからこそ感じられること。

その価値が、少しずつ戻ってくるのかもしれない。

6. 少しだけ優しい社会を共に

そして、もう一つ思うことがある。

私たちはこれまで、
「役に立つこと」を、とても大切にして生きてきた。
そう教わってきた。

だからこそ、
「役に立てていない」
「何も生み出せていない」

そんなふうに動けていない自分を責めたり、

あるいは、
そう見える誰かに対しても、

どこか厳しい眼差しを向けてしまう社会だったのかもしれない。

けれど、

これからは少しだけ、
その価値観から距離を置いてもいいのではないだろうか。

今は役に立っていないように見えてもいい。
何も生み出していないように見えてもいい。

その人は、
種を蒔いたばかりの時期かもしれない。
冬の休眠の時期かもしれない。
目には見えないところで根を張っているのかもしれない。

そんな一見「役に立たない」ように見える時間が、
未来の社会をつくる種になることだってある。

だから私は、

自分にも、
目の前の誰かにも、

もう少しだけ優しい社会をつくっていけたらと思う。

役に立つかどうかではなく、
立っていようがいまいが、
その人が存在する場所がちゃんとある社会。

台湾から帰ってきてだいぶ経った今も、
私はまだ、この問いを持ち続けている。

人は、何のために学ぶのだろう。
何のために働くのだろう。

そして、

もし「役に立つ」という肩書きをすべて外したとき、
私は、どんな自分で存在したいだろう。

問いを持ちながら、
もう少し、この時代を歩いてみたいと思う。


台湾で食べた豆花。
念願の豆花はたまらなく美味しかった。



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