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東海道を往く③ 品川宿~川崎宿~鶴見

日本橋からの東海道中も本日は江戸を後に神奈川の鶴見までの20キロもの道のり。
国境の多摩川が曲者。
家康の頃は六郷に橋もかかり、川崎宿は鄙びていたそうです。
台風による洪水で橋が流され、その後橋をかけなかったことにより、渡しでの渡川に。その影響で川崎宿は大いに栄えたとの事です。
確かに川崎の今の繁栄はその頃の名残なのでしょうね。


泪橋

鈴ヶ森刑場の手前にかかる泪橋。
ここで刑人と涙ながらに別れたのでこの名前が。


鈴ヶ森刑場

油井小雪の乱で幕府転覆を企てた丸橋忠弥などが処刑。
八百屋お七のお話も泣けてきます。


処刑台

丸橋忠弥が処刑された台との事。
国道沿いですが、不気味感が漂ってました。



六郷神社

六郷一円の総鎮守。
源頼義義家、頼朝に関係の深い神社。
ともに奥州征伐に成功しているのは偶然でしょうか?


六郷橋の親柱

明治時代の橋の一部のようです。




神奈川へ

多摩川を渡り神奈川県へ。
江戸の要塞感を満喫してきました。


六郷の渡し

明治天皇が渡河した記念碑。
京から東京遷都の時でしょうかね?


渡し碑

江戸に渡る前にこちらで足止め。
賑わいは尋常ではなかったことでしょう。



田中本陣跡

川崎宿で3つある本陣のうち田中本陣跡。


東海道川崎宿交流館

交流館にて点を線にする作業を名物煎餅とともに。
川崎宿の繁盛振りを再認識。



芭蕉の句碑

すでに死期を悟った芭蕉が、故郷へ帰る途中にこちらで一句。
芭蕉は隠密説もありますが、真相はいかに。



市場村一里塚

そういえば一里塚を見逃していました。
今日初めての一里塚。
一里=4km=半時。
日本に残るかけがえのない文化の一部ですね。


鶴見橋関門跡

鶴見までやってきました。
この辺りは生麦事件をきっかけに、いたるところに関門ができたようです。
歴史の繋がりを感じます。



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