ミュッセ『二人の愛人』
はたして人間は、二人の異性を、同時に愛することができるのだろうか? きらきら輝いては、たちまち消える火花のようなパルヌ侯爵夫人、時として、凝集された炎のように燃えるドゥロネイ未亡人。二人の年上の愛人の間をゆらめく多感な青年ヴァランタンの心情を、《女性のバイロン》《フランスのハイネ》と謳われた浪漫詩人ミュッセが、豊かな幻想と機知に富んだ作風で綴る珠玉の作品。
『二人の愛人』は、最盛期の過ぎたミュッセが生活の糧にやむなく書いた小説だそうですが、フランス心理小説の系譜に連なる逸品であると思います。二人の女性の間で揺れる主人公だけでなく、女性たちの心の機微が美しく澄んだ調子で描かれています。詩人の書く物語は、翻訳をとおしても、言葉の芳醇な薫りが漂ってくるよう。

マリー・ローランサン装画『羽飾りを付けた婦人』
お願いです、どうぞそこをよく考えてくださいな。ひとを騙して喜んでる人は、普通そうしたことにうぬぼれを感じているのです。だまされた人間より自分が一段上の人間のように思い込んでいるのです。しかしそんな優越感などかりそめのものですわ。それに、末はどんなことになるでしょう? 不幸より造作ないものはありませんわ。
あなたぐらいの年齢の人は、ただ一時しのぎに自分の好きな人を騙すことがあります。しかし、時がたつと、本当がわかってきます。するとあとには何が残ると思いです? だまされた女は、気の毒にも、自分は愛されている、幸福な女だと思い込んでいたのです、相手を自分の唯一の宝としていたのです。それがどうでしょう、相手を憎まねばならないとなると、はたしてどんなことになるでしょう?
なぜ選択しなければならないのだろう? どうして一人だけを愛さねばならないのだ?
アルフレッド・ド・ミュッセ『二人の愛人』新庄嘉章訳(新潮文庫)
Alfred de Musset, Les deux maîtresses, 1840
アルフレッド・ド・ミュッセ
Alfred de Musset, 1810-1857
詩人、劇作家、小説家。パリ生まれ。詩集『スペインとイタリアの物語』(1830)で華々しくデビュー。戯曲『マリアンヌの気まぐれ』(1833発表)、『ロレンザッチョ』(1834発表)は今日ではロマン派で最もすぐれた演劇作品とみなされている。小説『世紀児の告白』(1836)、長詩『夜』(1835-1837)にサンドとの恋の苦しみを昇華したが、以後は早すぎる凋落を迎えた。
(『読んで旅する世界の歴史と文化 フランス』新潮社)
