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ガリレオ文芸に気をつけろ!

note上で見かけた「ガリレオ文芸」なるものについて、一連の不可解な挙動からその実態を暴き出した。結論から言えば、これはプロの編集部でも出版社でもない。実態の知れない匿名による集金スキーム、いわば「虚構の編集部」である。

事の発端は単純だ。向こうから私のnoteアカウントにスキとフォローが飛んできた。こちらも礼儀としてフォローを返したところ、数時間もしないうちに、慌ててそのフォローが外された。私のプロフィールを見たのだろう。活版印刷の時代から半世紀以上にわたりメディアの最前線を歩んできた私の経歴に気づき、このままでは化けの皮が剥がれると恐れて逃げ出したのだ。

彼らのページを検証すれば、その「嘘くささ」は明白である。

まず、ホームページを見ても法人としての明記が一切ない。株式会社などの組織的実態はなく、代表者の個人名も、責任の所在を示す氏名も隠されている。編集長賞を謳いながら、その編集長の名前すら明記されていないのだ。

さらに決定的なのは、住所がどこにも記載されていない点である。月額のメンバーシップを設け、金銭のやり取りを発生させていながら、事業者の所在地すら明かさない。これは特定商取引法に抵触する、あるいはトラブルが起きた際に一切責任を取る気がない「逃げ切り型」の体制そのものである。

プロの編集者ならば、自らの手掛けたタイトルや経歴を隠す理由などどこにもない。むしろ、どのような作品を世に送り出し、どのような作家と仕事を共にしてきたかこそが最大の信用であり、誇りであるはずだ。出版を名乗る組織であればなおさら、これまでに世に問うた出版物が一つでもなければならない。印刷された紙であれ電子であれ、形となって世間に流通したプロダクトが実績の証明になる。

ところが「ガリレオ文芸」にはそれが一切ない。編集部を名乗りながら、目に見える出版物はゼロであり、過去の編集実績も語られない。ヘッダーに並ぶ編集者たちの写真も、生成AIによる捏造の可能性が極めて高い。実在の人物を出せば経歴が割れるため、それらしい架空の顔を並べて権威性を装っているに過ぎない。水原栞という名のアカウントが一人で回しているだけの、匿名のアカウントビジネスだ。

やっていることは、noteで創作に勤しむアマチュアの書き手の「誰かに読まれたい」「認められたい」という承認欲求につけ込み、月額課金へ誘導する仕組みに他ならない。文学賞というもっともらしい看板を掲げながら、その実態は有料の感想サービスやコミュニティの切り売りである。

実績を語れないプロなど、どこにもいない。出版物のない編集部など、ただの虚構にすぎない。プロの編集を騙る者たちが、本物の経歴や実態の前に一瞬で逃げ出す。それが「ガリレオ文芸」の正体であった。甘い言葉や虚構の権威に惑わされ、自らの言葉や時間を差し出す必要などない。表現の場は、もっと誠実で確かな場所にあるべきだ。


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