AI共創と文学賞 ― ステキブンゲイ大賞で見えたこと
はじめに ひとつの結果をデータとして見る
第五回ステキブンゲイ大賞の一次選考結果が発表された。
応募総数は1,295作品。そのうち一次選考を通過したのは468作品である。そして、その468作品の中に、私(飯島和男)の作品が11作品含まれていた。
私にとって、この数字は「何作品通過したか」という結果以上に興味深い意味を持っている。
私は昨年から、AIを「作品を書く機械」としてではなく、「創作を支援する操縦システム(Fly-by-wire)」として用いる実験を続けてきた。その成果が、文学賞という第三者の評価の場でどのように現れるのか。それを観測することが今回の関心であった。
一次選考が示したもの
選考基準の詳細は公開されていない。しかし、一次選考を通過したという事実は、少なくとも選考側がそれらを小説として成立している作品と判断したことを意味する。
今回、一次を通過した11作品は、ひとつの型には収まっていない。
不条理文学、AI小説、思念SF、哲学ミステリー、青春SF、パニックSFなど、テーマも構成も異なる作品群である。
これは、ひとつの作品が偶然評価されたというより、AI共創による編集・構成・推敲のプロセスが、一定の完成度を安定して生み出している可能性を示すデータとして受け止めている。
上位作品から見えた選考傾向
一次選考通過作品や上位作品のタイトルを眺めていると、一つの傾向が見えてきた。
日常の情景、人間関係、喪失、再生、静かな感情の揺らぎ。
そうしたテーマを中心に据えた作品が多く選ばれている印象を受けた。
一方、私の作品は、
「AIとは何か」
「存在とは何か」
「世界はどのような構造で成り立っているのか」
といった、構造や思想を物語の中心に置いている。
これは優劣ではなく、文学の方向性の違いである。
今回の結果は、「小説として成立しているか」という第一の関門は越えられた一方で、「この賞が特に求める作品」とは少し異なる位置に私の作品があったことを示しているように思う。
AI共創が変えたもの
AIについて語るとき、多くの人は「AIが作品を書く」という話を想像する。
しかし、私が実践しているのは、それとは異なる。
AIは発想を整理し、構造を検証し、視点を切り替える補助を行う。操縦するのは、あくまで人間である。
私はこの関係を、航空機のフライ・バイ・ワイヤにたとえてきた。
AIは操縦士ではない。
操縦を支援する制御システムである。
その結果として、人間一人では時間的に難しかった複数作品の同時制作が可能になり、それぞれを一定の完成度まで磨き上げられるようになった。
今回の11作品は、その創作方法が文学賞という第三者評価の場でも一定の有効性を持つことを示した、一つの観測結果である。
観測は続く
今回の結果で分かったのは、「AI共創だから通る」でも、「AI共創だから通らない」でもない。
AI共創によって生み出された作品は、従来の文学賞の選考に十分参加できる水準にあるということである。
そして、その先には、それぞれの賞が持つ文学観や編集方針との相性が存在する。
これは従来の作家にもAI共創の作家にも共通することであり、文学賞という仕組みそのものが持つ個性でもある。
おわりに
私は受賞のためだけにAIを使っているわけではない。
AIによって創作はどのように変わるのか。
人間の思考はどこまで拡張できるのか。
そして、その変化を既存の文学システムはどのように受け止めるのか。
その過程を、自分自身の作品を通して観測している。
今回のステキブンゲイ大賞は、その観測記録の一ページとなった。
数字は感情を持たない。
だからこそ、創作の変化を静かに映し出してくれる。
私はこれからもAIという新しい創作環境の中で作品を書き続け、その変化をひとつづつ観測していきたいと思う。
