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創作大賞は宝くじではなくマラソンだ ー17万作品応募を考える―

創作大賞の応募作品が17万作品。

この数字を見て、「17万分の1か」と考える人がいる。

私は、少し違うと思っている。

創作大賞を宝くじの抽選倍率で考えるのは、あまり意味がない。

私はマラソン大会に例える。

42.195キロを、何時間で走るのか。

そう考えたほうが、創作大賞というレースを考えるには分かりやすい。

17万作品が応募されたとしても、17万人全員が同じ走力でスタートラインに立っているわけではない。

たぶん、その半分以上は42.195キロを走ったことがない。

エントリーはした。

しかし、そもそも完走できる作品になっているのか。

まず、そこから考えたほうがいい。

マラソンなら、サブスリーを狙う選手と、初めて10キロを走る人が同じレースに参加していても不思議ではない。

創作大賞も同じだ。

「応募した」ということと、「中間選考を突破できる作品を書いた」ということは別の話である。

だから、17万作品という数字を見て、倍率を計算する必要はない。

重要なのは、自分の作品がどの程度のタイムで42.195キロを走れるのか、ということだ。

私は今年、2時間クラスに挑戦している。

もちろん、2時間クラスだから創作大賞を獲れる、と言っているわけではない。

自分なりに、それくらいの作品を目指しているということである。

その前哨戦として、ステキブンゲイ大賞にも参加した。

一次選考には11作品、二次選考には1作品が残った。

大賞は該当なしだった。

ただし、私は最初から大賞を狙っていたわけではない。

自分が目指している方向と、ステキブンゲイ大賞の方向が違っていることは、最初から分かっていたからだ。

私にとっては、自分の作品がどこまで走れるのかを確認するための前哨戦だった。

一次、二次と進んだことで、少なくとも中間選考を突破するところまでは走れる、という感覚は持っている。

しかし、その先は分からない。

ここが創作大賞のようなコンテストの面白いところであり、マラソンとは違うところでもある。

マラソンなら、速ければ速いほど順位は上がる。

しかし、創作大賞はそうはいかない。

作品そのものの力だけではなく、審査員との相性もある。

その年の選考方針もある。

他の作品との兼ね合いもある。

その他、いろいろな要素が絡んでくる。

だから、中間選考を突破できる作品を書いたからといって、その先まで保証されるわけではない。

逆に言えば、中間選考に一作も残らなかったからといって、それだけで自分の作品の価値がゼロになるわけでもない。

創作大賞は、そういうレースだと思っている。

だから、17万作品という数字を見て悩む必要はない。

「17万分の1だから無理だ」と考える必要もない。

それは創作大賞を宝くじだと思っているからだ。

宝くじなら、当選確率を考えるしかない。

しかし、これはコンテストである。

自分の作品が、42.195キロをどこまで走れるのか。

まず、そこを考えればいい。

サブスリーなのか。

2時間30分クラスなのか。

あるいは、まだ10キロしか走れないのか。

それは、自分の作品を読めば分かるはずだ。

そして私は今年、2時間クラスに挑戦する。

もちろん、2時間で走ったからといって大賞が約束されるわけではない。

創作大賞だからだ。

それでも、まず走れなければ話にならない。

だから私は、17万という数字を見て神に祈るつもりはない。

自分の作品が、どこまで走れるのか。

今年は、それを試してみる。