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奇妙な味の小説「窓の外の男」

ユウが窓の外を見るようになったのは、いつからだったか正確には覚えていない。

朝、カーテンを開ける。向かいの電柱の横に、男が立っている。グレーのコートを着て、両手を下ろし、こちらを見ている。見ているのか、見ていないのか。距離があるので表情は読めない。ただ、視線の方向だけが、ユウの部屋に向いている。

最初は気にならなかった。朝の散歩をしているのだろう。待ち合わせをしているのだろう。そういう風に思っていた。

だが、三日目も、五日目も、十日目も、男は同じ場所に立っていた。

同じ時間。同じ姿勢。同じグレーのコート。

ユウは、記憶を疑った。

ある朝、雨が降っていた。

ユウはカーテンを開けた。電柱の横に、男が立っていた。傘は差していない。雨に濡れている様子もない。ただ、そこに立っている。

次の日は晴れた。男は、同じ場所に立っていた。

その次の日は曇りだった。男は、変わらずそこにいた。

ユウは、近所の人に聞いてみようと思った。だが、何を聞けばいいのか分からなかった。「毎朝、電柱の横に男が立っているのを知っていますか」と聞いて、何が得られるのだろう。

ユウは、窓の外を見続けた。

二十三日目の朝、男が瞬きをした。

ユウは、それを見た。

瞬きは一瞬だった。だが、確かに見た。男の瞼が閉じて、開いた。

ユウの心臓が、重く鳴った。

それまで、男は動かなかった。風景のように、そこに在った。だが、瞬きをした。生きている。生きているのか。それとも、生きているように見えるだけなのか。

ユウは、窓を開けて声をかけようとした。だが、声は出なかった。

男は、変わらず立っていた。

ユウは、外に出た。

電柱に向かって歩いた。距離が縮まる。男の輪郭が鮮明になる。グレーのコート。黒い靴。白いシャツ。顔は、まだ見えない。

十メートル。五メートル。三メートル。

ユウが手を伸ばそうとした瞬間、男が消えた。

消えた、という言葉では正確ではない。ユウが視線をずらした一瞬の間に、男はそこにいなくなっていた。音もなく。気配もなく。

ユウは、電柱の周りを見た。何もない。誰もいない。

翌朝、男は同じ場所に立っていた。

ユウは、男を観察し続けた。

毎朝、窓を開けて、男を見る。男は、動かない。瞬きをすることもなくなった。

だが、ユウは気づき始めていた。

自分が、男に似てきている。

朝起きる時間が、同じになった。窓の前に立つ姿勢が、同じになった。着ている服が、グレーのものばかりになった。

ユウは、鏡を見た。自分の顔が、少しずつ変わっているように感じた。表情が、減っていく。笑うことが、少なくなっていく。

ユウは思った。

私は、見ていた。だが、見られていたのは私だった。

五十日目の朝、ユウはカーテンを開けた。

電柱の横に、自分が立っていた。

グレーのコート。黒い靴。白いシャツ。両手を下ろし、窓の中を見ている。

ユウは、自分の体を見た。体はあった。だが、重さがなかった。温度がなかった。

ユウは、窓の外の自分を見た。

窓の外の自分は、こちらを見ていた。

ユウは、部屋の中を見回した。部屋は変わらずそこにあった。だが、自分がそこにいる感覚がなかった。

ユウは、窓の外に立っていた。

窓の中には、誰もいなかった。

朝、誰かがカーテンを開ける。

窓の外に、男が立っている。

グレーのコートを着て、両手を下ろし、こちらを見ている。

男は、動かない。

風景のように、そこに在る。

そして、誰かが、男を見ている。

毎朝、同じ時間に。


風景は、語らない。
だが、語られる者は、風景になる。