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6.躁と鬱の哲学 『27歳からの哲学』

おはようございます。今日も書きます。書くことなんてないんじゃないかと思っています。後ろ向きとかネガティヴってわけじゃないんです。書くことがないと感じているんです。飽きたと言うことかもしれません。書いている場合なのかと思っています。自分は今までやってきたことに意味があるのかなと思っています。それも悲観的な意味ではありません。文章を書く。それが自分にとってどのような意味を持つのか、持っていたのかについて考えてみたいと思います。

自分は文章を2025年の12月あたりに書き始めました。そこから毎日、2000字を目標に毎日書いてきました。面倒臭い日はむしろ少なく、楽しいことの方が多かったです。それをきっかけにたくさんの人と話せたし、理解者も増えました。なにより人生が好転しました。

ちょっと暗いな。いやいい話なんですよこれ。書くことを通して、朝起きれるようになり、昼夜逆転していた若者が今では8時に起きれるようになったって話なんです。でも、それだけじゃ満足できなくなってしまった。確かに書くことは素晴らしいし、絵を描くことも本を作ることも楽しいです。しかし、それでいいんでしたっけ?楽しいだけでいいんでしたってなってます。

なんか危険ですよね。これで無理して、倒れるってことが起きそうです。でも大事なことはすでに少しげんなりしているってことです。それはまあ、坂口恭平みたいになるぞ!と一直線にやってきたわけですから、そこで働いた方がいいのかな?と思ったら、路線変更ですよね。路線変更するときって、げんなりするんですかね。

げんなりってのはまあ変えないといけないのかなってことなんですよ。今の生活を変えないといけないのかなと。いや、変えないといけないこともないんですよ。でも、変えたいってわけでもない。うーん。なんと言うかやっぱり飽きてしまったんでしょうね。最近文章を書いていて、「書きすぎ」だなと思うようになりました。「書きすぎ」というのはなんというか、やりたいことがないから書いている感じがあるなと。いや、やりたいことが書くことだったのでよかったんですけど、そうじゃなくなっているのかなと。伝えたいこともないし、書いていても、まあ書くこと自体は別に苦ではないんですけど。それよりもすることあるのかなってぼんやり思い始めてきたんですよね。

うーん。難しいですね。なにを悩んでいるのか。まあ僕はこうやって文章をずっと書いていれば、坂口恭平みたいになって、メディアに出て、本も売れてみたいな生活を想像していたんですよ。あとは塾がもっとうまく行って、みたいな。なんか楽な生活を想像していたんですけど。それでいいのかなと。うーん。まあ今だけですかね。でも書きたいことがないというよりも、このまま書き続けていいのかってことをずっと思っています。悩みでもないのかもしれません。行きたいところが見つかってしまったんですね。毎日「書く」という場所に行ってましたし、それを生活の中心にしていたんですけど、これだけできるんだったら、もっと違うことをしてもいいんじゃないかって思うようになってきたんです。朝起きれるならもっとやってもいいんじゃない?本当は働きたかったんじゃないの?って思ったんです。それはすごく素直な感情だったんですね。自分は働きたかったんですね。とても。

自分の夢は働くことなんです。誰かと一緒に、釜の飯を食うじゃないけど、仲間が欲しかった。コミュニティが欲しかった。自分という存在の社会での居場所が欲しかった。それが素直な感情なんですね。今もありますよ。今はある。家族にもあるし、二つのバイト先にもある。でも、それはやっぱり大学生と同じ扱いなんですね。それは少し嫌なんです。27歳の男性として、しっかり雇ってもらいたい。雇ってもらいたいというか、貢献して、成長したいんですね。それがしたい。そう思いました。そのきっかけは分かりません。自信がついたのかもしれません。少年団じゃなくて強いクラブチームに行きたい思うことと同じかもしれません。毎日の練習も、友達との帰り道もとっても楽しかったけれど、それを捨ててでも、上手い選手や厳しいコーチがいるところに行きたい。いや、もっと言えば、もう自主練はやめて、チームに入りたいと思ったのかもしれません。とにかく視点が変わってしまったんですね。ずっとこれでいいと思っていたのに、意外と次のステップが見えてしまった。それは嬉しいことなんですけどね。

寂しさもあります。編集をやってくれている大学の先輩のあまねさんとずっと本を作りたかったです。俗世のことなんか無視して、好きなことだけやっていたかったです。でもそれでは満足できないんですね。いつまで経っても同じところにいる。それに飽きてしまったんですね。自分がもっとできるかもしれない。そう思ってしまったんですね。

次になにをやるかはまだなにも決まっていません。しかし、会社で働けたらいいなあと思っています。そして、そのお金で一人暮らしができたらいいなあと思っています。漠然としていますが、そこにははっきりとしたテーマがあります。自立です。自分の境界線を定め、自分を独立した存在として認めてあげる。と同じように他者も確固たる自我を持った存在として尊重する。このことができるようになったらなんと嬉しいことかと思っています。それができないから自分は他人と深く関わることができません。自分という存在が自立できていないため、他人の自立も理解できません。自立していることとはなにか、それは自己と他者の区別をつけることです。ここからが自己で、ここからが他者。この区別が曖昧です。この区別をつけられるようになりたい。そのためにはまず、経済的に自立する必要があります。経済的な援助を受けている間は自己は揺らぎます。しかし、自分は自己の境界について興味がありませんでした。自己の境界を作らず、そこにたくさんの他者を包含して、支えることができるようになることが成長だと思っていたからです。

しかし、それは鬱を生みました。そんなことができない自分には価値がないと嘆きました。自己と他者の区別がないため、他者のことを考え続け、他者のことを励ますことによってでしか、自己をempowermentできなくなっていました。でも、一番話を聞いて欲しいのは自己だし、一番見て欲しいのは自己でした。

そのことに少し気づきました。ずっと自己と話してきたのです。このnoteで自己の声に耳を傾けていました。自己は悩んでいました。悩まない日もありました。こんなことがしたい、こんな人になりたい、と大きなことを言っている時はまだよかったのですが、たまにとても辛くなっているようでした。その時は自分を酷く価値がない人間だと言い、消えてしまいたいと述べていました。それをすごく不思議に思いました。なぜだろうと思っていました。しかし、それは医者に言わせれば双極性障害の症状だし、臨床的には軽い方だと言われました。そうなのかと思い、無視をしていました。いつかよくなるから、気を紛らわせていました。バイトには行けていたので。

ただ、やはり不思議だと思いました。なぜ自分に価値がないと言うのでしょうか。価値がないと本当に思っているのでしょうか。本当にそう思っているようには見えませんでした。ただ、助けて欲しいと言っているように見えました。助けて欲しいけど、誰も助けてくれない。そう言っているように思いました。そして、それを苦しめているのは元気な時の自分にも見えました。元気な時の自分は自分で、苦しんでいる自分を見ないようにしているようでした。苦しんでいる自分を見ないようにして、できるだけ大きなことを言って、大きなことを言うことで、馬に鞭を使うように走らせていました。それで走ることができました。それはすごいことだと思いました。

実際にそれで思ってもないようなことは起きました。自分で書いた本が売れました。感想が届きました。宝物だと言ってもらえるようになりました。それなりに価値のある文章を書けているようでした。しかし、そのことと大きなことを言うのは違うようでした。鬱の時の自分は躁の時の自分との落差に苦しんでいるようでした。なぜ躁の時の自分はあんなにできるのに、鬱の時の自分はできないのだろうと悩んでいるようでした。そのことを見ながら、そして書きながら、鬱の時の自分を苦しめているのは躁の時の自分なのかと思いました。苦しんでいたのは、躁の時の自分と比べて苦しんでいたんだねと思いました。それに関しては、比べなくていいというか、躁の時の自分にも言っておくねと言いました。

どちらも悪いやつには思えませんでした。ノリノリで、頭キレキレで、怖いもの知らずの自分と、弱気で、元気がなくて、すぐ眠くなっちゃう自分。どちらもいいと思いました。後者なんてまあまあかわいいなと思いました。両方とも自分だと思いました。でも、調子のいい時もあれば、悪い時もある。そういう話な気がしてきました。それを鬱と呼ぶのもいいけれど、そうやって他人行儀な話にするのはどうなのかなと思いました。それは他人の話ではなく、調子が悪い時の自分の話だと思いました。調子が悪い時の自分はすぐ苦しむし、すぐネガティヴになるし、すぐ喋らなくなります。調子がいい時は逆です。まあそうですよね。そんなもんです。そんなもんだなって今思いました。自分が悩んでいたのは調子の波で、誰にもわからない、薬を飲んでもならない不治の病みたいなもんじゃないっていうか、そりゃそうなんだよな。でも酷くなってしまった時は、それなりの原因と結果がありました。

そこには自分の知らない原因がたくさんありました。ストレスには弱いし、人は怖いし、ミスもたくさんしました。なんでもできると思っていた自分は、なんにもできませんでした。八百屋では桃をぶちまけるし、ドミノピザでは配達のタイムが遅すぎてめちゃくちゃ怒られました。ベンチャー企業では自分が仕事できなすぎて驚いたし、タリーズでは飲み物の作り方なんて何の興味も持てませんでした。

でも文章は書けました。塾はできました。ずっと続けられました。子どもと話している時間はなににも変え難いし、勉強を教えるだけで彼らの話をずっと聞けるなんてこんな素敵な仕事はないと思いました。

残ったものと、残らないものがありました。あれ、不思議と働きたいって話はどっかに行ってしまいましたね。何の話でしたっけ。忘れてしまいました。きっと書くことも好きなんなんでしょうね。僕は自分のことをあまり知りません。

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