はじめてのnote | 『虐待』だと知ったのは、大人になってからだった
本作品は、筆者が「エホバの証人」という宗教的環境の中で育った実体験をもとにした、個人的な記録(ノンフィクション)です。
特定の宗教や信仰、信者個人を攻撃・否定することを目的としたものではありません。
本文には、
・宗教を背景とした家庭環境
・心理的圧迫や孤立
・児童期における葛藤や苦痛
などの描写が含まれます。
これらの内容は、同様の体験をお持ちの方にとって、過去の記憶や感情を呼び起こす可能性があります。
心身の状態によっては、無理をせず、読むのを中断してください。
また、本作に登場する人物・出来事は、記憶と記録に基づいて再構成されています。
感じ方や受け取り方は人それぞれ異なり、同じ環境にあっても、すべての方が同様の経験をするわけではありません。
この記録は、
「誰かを裁くため」ではなく、
「これ以上、同じ苦しみが繰り返されないこと」を願って書かれたものです。
どうか、ご自身のペースでお読みください。
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2022年12月。
日本政府は初めて、「宗教を背景とした児童虐待」への対応指針を示し、全国の自治体へ通知を出した。
その文書には、こう書かれていた。
「信仰の強制、学校行事への過度な不参加、医療の拒否、進学や結婚の制限、外部との接触を制限する行為は、心理的虐待などの可能性がある」と。
すぐに分かった。
「あぁ、これは、私のことだ」
文面の全てが自分に当てはまるのだ。
笑ってしまった。
私はもう、大人になっているのだ。
あの頃の少年を、誰も守ってはくれなかったではないか。
今さら「かわいそうだった」と言われても、
あの時失ったものは、もう戻ってこないのだ。
誕生日もクリスマスもお正月もお祭りもなかった日々。
校歌を歌わず、同級生にひそひそと噂をされた日々。
宣教活動で地域のインターホンを鳴らし続けた日々。
「サタンの世界に流されている」と鞭打ちをされた日々。
輸血拒否カードを首から下げ「僕は輸血を拒否します。」とセリフを練習させられた日々。
「虐待」と名付けられることのなかった苦しみの中で、
ただ「信仰」の名のもとに、すべてが正当化されていたではないか。
事実、私は虐待とは思っていなかったのだ。辛く嫌な記憶ではあるが、虐待とは思っていなかったのだ。
虐待と思っていなかったからこそ、あの時も、そのあとも、耐えてこられたのだ。
何を今更…何を今更。
悔しさは行き場のない怒りへと変わっていった。
そして、私はこの執筆を決意した。
これは、エホバの証人という信仰の中で育った一人の少年が、大人になるまでの実録であり、
これ以上、「二世」の苦しみがこの世に生まれないことを願う、鎮魂の祈りである。
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これから書く出来事は、私自身が体験し、記憶し、抱え続けてきた現実である。
しかし同時に、それは「唯一の真実」ではない。
同じ宗教のもとで育った人の中には、
ここに描かれているような苦しみを経験しなかった人もいるだろう。
信仰によって救われたと感じている人も、今なお信仰を大切にしている人もいる。
それらを否定する意図は、本書にはない。
私が書こうとしたのは、
「信仰とは何か」という問いへの答えではなく、
「信仰の名のもとで、語られずにきた一人の人生」である。
子どもだった私は、自分の置かれている環境を疑う言葉を持たなかった。
苦しいと感じる気持ちさえ、「信仰が足りないせいだ」と解釈するよう教えられていた。
それが当たり前で、それしか世界を知らなかったからだ。
長い時間を経て、大人になった今、
私はようやく「あれは苦しかった」と言葉にできるようになった。
そして2022年、日本政府が「宗教を背景とした児童虐待」という概念を公式に示したとき、
初めて自分の過去が、社会の言葉とつながった。
それでもなお、私はこの記録を
誰かを糾弾するための材料にはしたくなかった。
怒りや告発だけで終わらせてしまえば、
きっとこの物語は、また別の沈黙を生むだろう。
だから私は、祈るように書き始めた。
失われた時間のために。
言葉を持たなかった、あの頃の自分のために。
そして今も、同じように苦しんでいるかもしれない、名もなき「二世」たちのために。
もしこの執筆が、小さな支えになるなら、
これ以上の願いはない。
