トランプが「核のボタン」に手を伸ばしている――その兆候を、あなたは知っていますか?②
前回は、トランプ大統領が本当に核兵器の使用へ近づいているのだとすれば、私たちは外から何を観察できるのかを考えた。
これまでの回
トランプが「核のボタン」に手を伸ばしている――その兆候を、あなたは知っていますか?①
大統領の強い言葉だけでは足りない。
STRATCOMをはじめとする軍の動き、高官たちの発言、外交交渉の出口、通常戦力の限界、議会や世論。
それらが同時に同じ方向へ動き始めているかを見る必要がある。
そして2026年8月末の時点では、危険な変数はいくつか動いているものの、「核使用直前」と判断できるだけの材料は揃っていない、というのが前回の結論だった。
しかし、そこで一つの疑問が残る。
もし、その兆候が本当に現れたらどうなるのだろう。
アメリカ大統領が核兵器を使うと決断したとき、誰が、それを止めるのか。
この問いを調べていくと、意外なところへたどり着く。
1945年8月である。
広島と長崎は「大統領が一発ずつ命令した」のではない
原爆投下について、私たちはしばしば非常に単純なイメージを持っている。
トルーマン大統領が広島への原爆投下を決断する。
そして広島の後、もう一度トルーマンが決断し、長崎へ原爆を落とす。
しかし、残されている政府文書を追っていくと、実際の意思決定はもう少し複雑だったことが分かる。
原爆使用までには、マンハッタン計画、標的委員会、暫定委員会、陸軍長官ヘンリー・スティムソン、陸軍参謀総長ジョージ・マーシャル、マンハッタン計画を指揮したレスリー・グローヴスら、多数の人間と組織が関与していた。
標的が検討され、兵器の効果が議論され、外交的影響が検討され、軍事作戦へ落とし込まれていった。
つまり、政治目標から専門家による検討、標的の具体化、軍事計画、政治的承認、作戦実行という段階を経ていた。
そして1945年7月25日に出された作戦指令は、広島への一発だけを命じたものではなかった。
最初の原爆を8月3日以降、天候が許せば広島、小倉、新潟、長崎のいずれかへ投下し、その後も追加の原爆を準備でき次第使用するという枠組みだった。
このため長崎への原爆投下は、広島の後にトルーマンが改めて「二発目を落とせ」と個別承認した結果とは考えにくい。
すでに政治的に承認された作戦が動いていたのである。
ここは、現代の核問題を考えるうえでかなり重要だと思う。
核兵器の危険は、最後に大統領が何かを決断する瞬間だけに存在するのではない。
その前に、核使用という選択肢が国家組織の内部で具体化され、軍事計画となり、実行可能な選択肢として扱われる過程がある。
前回の記事で「大統領の発言だけを見てはいけない」と書いた理由もここにある。
ところが、トルーマンは止めた
さらに興味深いのは、その後である。
長崎への原爆投下は8月9日。
翌10日、グローヴスは、第三の原爆が8月17日以降に使用可能になる見通しをマーシャルへ報告した。
しかし、このとき状況が変わった。
マーシャルは、次の原爆について、大統領の明示的な承認なしに日本へ使用してはならない、という趣旨の指示を書き残している。
トルーマンが追加使用を止めたためである。
これは非常に重要な前例だ。
いったん政治的承認を得て動き始めた軍事作戦であっても、政治指導者はそれを停止できる。
逆に言えば、政治が停止しなければ、軍事組織にはすでに次の兵器を使用するための準備が存在していた。
核使用とは、「大統領がボタンを押す」という一瞬の出来事ではない。
政治と軍事の間を行き来しながら進む、一連の意思決定なのである。
では、現在のアメリカ大統領は一人で核を使えるのか
ここから現在へ戻ろう。
アメリカでは、大統領が核兵器使用の最終承認権を持っている。
いわゆるsole authority(単独最終権限)である。
これはかなり強い権限だ。
議会の事前採決がなければ核兵器を使えない、という制度にはなっていない。
国防長官にも、統合参謀本部議長にも、大統領の政策判断に対する一般的な拒否権はない。
では、本当に大統領一人なのか。
ここが少しややこしい。
最終承認者は一人だが、意思決定の過程まで一人というわけではない。
大統領には、国防長官、統合参謀本部議長、国務長官、軍の専門家などから情報や助言が入る。
そして重要な役割を持つのがSTRATCOM、米戦略軍である。
STRATCOMは米国の核戦力を含む戦略抑止を担う統合軍で、大統領に核・非核を含む軍事的選択肢を提示する。
大統領が核使用を決断した場合、その命令を軍事作戦へ接続する中心的な組織でもある。
つまり米国の制度は、一人が最終決定する。
しかし、一人だけで決定過程が完結するわけではない、という構造になっている。
「軍が止めてくれる」は本当か
ここでも、よく語られる物語がある。
大統領が危険な核攻撃を命令しても、国防長官や軍幹部が止めるのではないか。
しかし、制度上はそれほど単純ではない。
軍には違法な命令を実行する義務はない。
核兵器の使用についても、軍事的必要性、区別原則、比例性など、武力紛争法上の問題は検討される。
だが、「私はこの政策に反対だ」と「この命令は違法だ」は別の話である。
合法な命令について、軍幹部が単に政策上反対だから拒否できる、という制度ではない。
だから「最後は軍が止めるから大丈夫」という理解も危険である。
ニクソンの「核命令を無視せよ」という話
この問題を調べると、必ずと言っていいほど出てくる有名な話がある。
ウォーターゲート事件末期、精神的に不安定になったニクソン大統領を恐れたジェームズ・シュレシンジャー国防長官が、「大統領から核攻撃命令が来ても、自分か国務長官の承認なしに実行するな」と軍へ命じた、という話だ。
非常にドラマチックである。
しかし、本人の証言を確認すると、この物語はかなり単純化されている。
2007年のニクソン大統領図書館での口述記録で、シュレシンジャー本人は「軍に大統領命令を無視するよう指示したのか」と問われ、否定している。
彼が強調したのは、むしろ正式な指揮系統だった。
大統領から国防長官を経て軍へ。
ホワイトハウスのスタッフなどから軍へ異例のメッセージが来た場合には、自分へ直ちに報告させる。
つまり彼が守ろうとしたのは、大統領権限を奪うことではなく、正規の制度を通すことだった。
この違いは大きい。
2021年、ミリー統合参謀本部議長は何をしたのか
似たような話は、トランプ第1次政権末期にも起きた。
2021年1月6日の連邦議会襲撃事件後、当時のナンシー・ペロシ下院議長は、統合参謀本部議長マーク・ミリーと核兵器の使用手続について話した。
その後、「ミリーがトランプから核発射権限を取り上げた」かのような説明が広がった。
しかしミリー本人の議会証言を見ると、少し違う。
ミリーは関係者と核使用の手続を確認したことを認めた。
同時に、自分は核命令の指揮系統には入っていないとも明言した。
統合参謀本部議長は命令を出す人ではなく、情報や助言を大統領へつなぐ立場だからである。
ミリーは非常に興味深い表現を使っている。
大統領は核使用について最終権限を持っている。
しかし、一人で発射するわけではない、という趣旨である。
そこには手続があり、通信があり、軍事的助言があり、法的確認がある。
ただし、それらは大統領の政策判断に対する第二の投票箱ではない。
キューバ危機では何が世界を救ったのか
制度が重要であることを示す、さらに大きな例が1962年のキューバ危機である。
ソ連がキューバへ核ミサイルを配備していることが判明すると、米軍首脳には空爆やキューバ侵攻を求める強い意見があった。
ケネディ大統領はそれを即座に採用しなかった。
国家安全保障会議執行委員会、いわゆるExCommを設け、複数の選択肢を比較した。
空爆
侵攻
海上封鎖
外交交渉
ソ連との秘密交渉
重要だったのは、誰か一人がケネディに「それは駄目です」と拒否権を行使したことではない。
選択肢が一つにならなかったことだった。
異論が存在した。
その異論が大統領まで届いた。
相手との通信経路が残っていた。
そして考える時間が確保された。
核危機において、この三つは非常に大きい。
本当の安全装置は「拒否権」ではないのかもしれない
ここまで調べると、「誰が大統領を止めるのか」という最初の問いそのものが少し違って見えてくる。
国防長官だろうか。
統合参謀本部議長だろうか。
STRATCOM司令官だろうか。
議会だろうか。
答えは、どれか一人ではない。
むしろ重要なのは、大統領が最終決定するまでに、異なる情報と異なる選択肢が残っているか、なのではないか。
反対意見が存在するだけでは足りない。
1945年には、原爆使用に慎重な科学者たちもいた。
フランク報告は、都市への突然の使用ではなく、無人地域で原爆を実演する案を提案した。
シラードら約68人の科学者も、原爆使用に慎重な請願へ署名した。
しかし、後者はトルーマン本人まで届かなかった。
ここに重要な違いがある。
異論が存在することと、異論が意思決定者へ届くことは同じではない。
民主主義には、もう一つのブレーキがある
そして米国のような民主国家には、軍や官僚組織とは別の制約がある。
世論である。
もちろん世論が核発射命令を直接拒否できるわけではない。
しかし、世論、メディア、議会、政党、選挙という経路を通じて、政権内部の政治コストを高め、大統領が選べる政策の範囲に影響する。
朝鮮戦争中の1950年、トルーマンが原爆使用の可能性に言及すると、英国のアトリー首相は急きょワシントンへ向かった。
核使用は米国内だけの問題ではなく、同盟国の政治問題にもなった。
1980年代には核兵器凍結運動が大きな政治運動となり、核政策をめぐる世論は議会や軍備管理政策にも影響を与えた。
2026年のイラン戦争でも、戦争支持の低下は政権にとって無視できない政治コストになっている。
だから民主主義においては、市民もまた非常に遠い位置から核抑止の一部を構成している、と考えることができる。
ただし、民主主義だから安全とは限らない
ここは慎重に考える必要がある。
民主国家では世論が核使用を難しくする。
だから民主国家は核兵器を使わない。
そこまで単純ではない。
研究では、核兵器への忌避は絶対的ではないことも示されている。
自国兵士の犠牲を大幅に減らせる。
戦争を早期に終結できる。
国家存亡に関わる。
そう認識された場合、核使用への支持が上昇する可能性がある。
そしてもう一つ逆説がある。
民主国家の国民が「核兵器は絶対に使うべきではない」と強く考えていることを敵国が知っていれば、その国の核威嚇は本当に信用されるのだろうか。
核兵器を使いにくくする民主主義の仕組みが、同時に核抑止の信頼性を弱める可能性がある。
これは民主国家が抱える核抑止の難しい矛盾である。
独裁国家にも内部抑止は存在する
では、独裁国家なら指導者が自由に核兵器を使えるのだろうか。
これも違う。
中国では、核兵器の指揮は中国共産党中央軍事委員会へ高度に集中している。
ロシアにも大統領だけでなく、安全保障エリート、軍、官僚機構が存在する。
北朝鮮は2022年の核戦力政策法で核使用条件を制度化している。
イランでも最高指導者、革命防衛隊、国家安全保障最高評議会、宗教指導層など複数の主体が政策形成に関与する。
つまり権威主義国家にも内部制約は存在する。
ただし、その形が民主国家とは違う。
民主国家では、世論、選挙、議会、メディア、司法、同盟国。
権威主義国家では、指導者周辺のエリート、党、軍、治安機関、公式ドクトリン、体制維持。
内部抑止を構成する主体の比重が異なるのである。
そして閉鎖的な政治体制では、もう一つ別の問題が生まれる。
指導者へ届く情報そのものが歪む可能性だ。
反対意見を言うことに政治的リスクがある組織では、異論が存在していても上まで届かない。
1945年のシラード請願が示した「異論は存在しても意思決定者へ届かない」という問題は、現代の核保有国にもそのまま当てはまる。
核抑止とは、敵だけを止める仕組みなのか
核抑止について考えるとき、私たちは普通、敵国との関係を考える。
もし攻撃すれば報復される。
だから攻撃しない。
これが核抑止の基本的な説明である。
しかし今回、1945年から2026年までの意思決定を追ってみて、もう一つの抑止が存在するように思えてきた。
自国の指導者を抑止する仕組みである。
異論が届くこと。
複数の選択肢が残ること。
法的手続が機能すること。
軍事的助言が政治判断と分離されていること。
外交の出口が残っていること。
議会が動くこと。
同盟国が意見を言えること。
そして民主国家では、市民が政治的コストを生み出せること。
一つ一つは、大統領の核使用に対する絶対的な拒否権ではない。
しかし、それらが重なっていること自体が安全装置になる。
逆に危険なのは、一人の指導者が突然狂気に陥るという映画のような瞬間だけではない。
異論が届かなくなる。
選択肢が減る。
外交経路が閉じる。
軍事計画だけが具体化する。
制度上のブレーキが一つずつ失われていく。
そのとき、核使用は初めて「現実の選択肢」に近づいていく。
前回の記事で見た「核使用の兆候」とは、結局この変化を外側から観察することだったのかもしれない。
核兵器は敵を抑止するために作られた。
だが、核兵器を持つ国家の指導者を誰が抑止するのか。
その最後の安全装置は、核兵器そのものではない。
核兵器を持つ国家の意思決定制度なのだと思う。
