「食欲の秋だから」は、なぜこんなに都合がいいのか
「食欲の秋だから、今日は食べてもいいよね」
秋になると、こんな言葉を一度は口にしたくなります。
秋刀魚や新米、栗、さつまいも、柿、きのこ。秋に旬や収穫期を迎える食材がおいしいのは、よく分かります。
ところが、私がケーキの中で一番好きなモンブランは、一年中買えます。それでも秋になり、店頭に栗のお菓子が並び始めると、急に「今年も食べておかなければ」と思い出します。
お腹が空いたから食べるのか。旬だから食べるのか。それとも「食欲の秋」という言葉が、食べたいものを思い出させているのか。
調べていくと、この言葉には日本人の少し可笑しく、愛おしい食欲が見えてきました。
普段は体重や健康を気にしている人も、「秋限定だから」「今しか食べられないから」「ダイエットは明日から」と、いつもより少しだけ食欲に素直になります。秋になればカロリーが消えるわけではないと、本人も周囲も分かっています。それでも「食欲の秋だから」と言えば、なぜか少し許される気がするのです。
記事では、秋に食欲が増す理由だけでなく、「食欲の秋」という言葉がいつ生まれたのか、旬を愛した江戸時代になぜ同じ表現が見当たらないのか、数ある「○○の秋」の中でなぜ食欲の秋が強く残ったのかをたどりました。
英語版では、外国人観光客の視点から、別の問いを立てています。
日本食は、すでに多くの旅行者を満足させています。その日本人自身が、一年で最も公然と食に浮き足立つ季節が秋です。
「新米」と書いてあれば炊飯の水を少し控え、1000年以上眺めてきた秋の月を卵黄に見立て、今ではマクドナルドの月見バーガーで季節を感じる。日本人は秋の食材を食べるだけでなく、秋の風景や記憶、そして食べるための言い訳まで料理にしてしまいます。
江戸時代には見当たらなかった「食欲の秋」が、なぜ現在の日本人にはこれほど都合よく、親しみ深い言葉になったのか。新米からモンブラン、月見バーガーまでをたどると、単なる季節の挨拶では終わらない、日本人と秋の付き合い方が見えてきました。
日本語版
食欲の秋とは?由来・食欲が増す理由と日本だけに定着した背景
英語版
What Is Shokuyoku no Aki? Japan’s Autumn Excuse to Eat a Little More
