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「最後の冒険」はこむら返りから始まった

 人は、ある年齢を超えると「やり残したこと」を数え始める。

 誰しもが人生は若い頃のように無限に広がる未来ではないことを知り、有限の残り時間の中で何を選択し、何をやって死んで行くかを考える。

 そして、やれていないことの中に、妙に引っかかるものがある。筆者にとって、そのひとつがバイクだった。

Ifルートの自分に会いに行く

若い頃にはそれなりに長い年数乗っていたし、その昔ちゃんと試験場で取得した限定解除免許もある。そもそも二十代の前半にはホンダのウイング店でメカニックをやっていたこともあるのだ。それこそ朝晩うんざりするくらい、開店のために在庫車を店頭へ出し、閉店で店内へ入れた。毎日30台以上を取り回していた。記憶に残っているのは、長期在庫で売れない中古のスズキGS650Gの重かったこと。スペック上の重量は大したことがないのだけれど、シャフトドライブのフリクションとの戦いだった。

 重たい750ccを横浜陸自に持ち込むためにラダーで軽トラに積み込むのは日々の業務だったし、運が悪い時は、事故車の引き上げに行って、前輪がフレームに食い込んで回らないCB750Kを、エンジンをかけて後輪の駆動力で、回らない前輪をズリズリ滑らせながら、ひとりで軽トラに積んだりしたものだ。当時の筆者は、ことバイクの取り回しについては黒帯級の技術を持っていたと思う。その代わり手のひらはマメだらけでカチンコチンだった。

 そんなわけで、遠い昔とは言え、一応はプロだったという経験もあり、特別技術的に未経験の新しいことに挑戦するわけではない。だからと言って舐めてかかれる状態でもない。

 気力体力とも人生で最も充実している時代の自分から爾来40年を経て、すり減り老いた今の自分が当時と同じようにバイクを扱える ── などと考えるほど自信過剰ではない。筋力は落ちているし、反射神経も感覚も鈍っているし、技術も間違いなく錆びついている。果たしてどのくらいできるのか、あるいはどのくらいできないのかがずっと不安だった。

 長いブランクを空けて「下駄代わりじゃないモーターサイクル」に乗る日々を、もう一度生活の中に取り戻すというのは、単なる趣味の再開ではなく、人生の流れを少し変える行為、というか、Ifルートの自分に会ってみる行為だと思う。

ご存じの通り「いつか」なんて来ない

 けれど「いつかやろう」と漫然と思っていても、その「いつか」は来ない。「今度とおばけは出た試しがない」と言う。その「今度」は、本人の中で決して嘘ではないが、一方で本気の決意でもないからだ。期限を切らずに保留を続ける怠惰が、限られた人生の時間を蝕んで行く。実際、そうやって10年以上が過ぎた。

 まあそれでもクルマも持てない赤貧状態の時は、趣味のバイクどころではなかった。取材のアシ代わりのスズキ・アヴェニス150にかろうじて乗っていたとは言え、それは自分の中ではやはり別種の乗り物であって、モーターサイクルのレコンキスタではなかった。

 貧しいまま終わるか、稼げるようになって少年の日の冒険心をちゃんと自らの手で成仏させられるのか、それは大変厳しい戦いだったけれど、有料noteのスタートで流れが変わった。バイクを買うという具体的な行動に移れたのは経済的背景が一番大きい。読者のみなさまのおかげあってこそである。

 他に理由を挙げるとすれば、「バイクで旅をしながら、吟遊詩人のごとく原稿を書いて生きていきたい」という具体的なイメージがあったのも小さくない。ノマドという言葉が一般化する前から、そういう生活への憧れはあった。そうした放浪生活は、単なる移動とは意味が違う。それは漂泊への憧れであり、多分自分の人生最初の明確な趣味である旅用自転車(ランドナー)から繋がっているのだと思う。漂泊のツールとしてバイクは良いが、クルマではダメなのだ。

 不便であること。
 制約があること。
 身体を使うこと。

 そういうものを含めなければ成立しない「何か」がある。それを一言で言えば、たぶん「冒険」なのだと思う。

移動の合理性じゃなく冒険のために

 合理性という観点では、クルマに対して勝てる要素はほぼない。それでもバイクで旅に出るのは、合理性とは別の軸で物事を判断しているからだ。つまりこのバイク購入譚は最初から、理屈の話ではない。「自分は残りの人生をどうやって生きて行くのか」という話だ。

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自動車経済評論家、池田直渡(いけだ・なおと)が、クルマ、自動車メーカー、政府の政策などについて、事実…

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