育休1人目。私が誰かの前例に👊✨
私の一歩が、誰かの一歩に。部署で初めて使った育児休職制度
「すべての出会いが、Hearty Hugにつながっていた」第2章
▶︎ 第1章「落ちたと思って、大泣き。PC未経験でシステム開発へ」はこちら↓↓

→起業したストーリー
「マキちゃんが育児休職制度を先に活用してくれたから、私も使いやすくなったよ。ありがとう😊」
先輩からいただいたこの言葉を、私は今でも忘れられません。
はじめから、誰かのために道をつくろうなんて、立派なことを考えていたわけではありませんでした。
ただ、大好きな会社を辞めたくなかった。
結婚しても、母親になっても、ここで働き続けたかった。
それが、私の最初の気持ちでした。
たった一年で、みんなバラバラに
右も左も分からなかった私を温かく迎え、PC未経験だった私にプログラミングを教えてくれた、最初の配属先。
ところが、入社してわずか一年で、その部署は本社の部署と統合され、解体されることになりました。
せっかく仲良くなった先輩や仲間たちと、たった一年でバラバラになってしまう。
それが、私はショックでたまりませんでした。
なかには本社へ転勤することになり、今の職場から何百キロも離れてしまう方もいました。
解散会という名の忘年会では、お酒の力も少し借りながら、たくさんの方に自分からハグをして、泣きながら別れを惜しみました。
今思えば、Hearty Hugという名前が生まれるずっと前から、私は大切な人への気持ちをハグで伝えていたんですよね。
異動先を決めるにあたって、当時の室長さんから希望を聞かれた私は、
「みんなと一緒に本社へ行きたいです」
と伝えました。
室長さんは、そのとき「わかった」と言ってくださいました。
けれど後日、
「マキさんは地元採用だから、希望には添えなかったよ」
と伝えられました。
みんなと一緒に行けないことが悲しくて、私は半分、自暴自棄になっていたのかもしれません。
「どんな仕事がしたい?」
と聞かれても、
「まだ入社して一年で、あまりよく分かっていないので、お任せします」
と答えました。
そうして私は、最初の部署とはまったく違う、新しい部署へ異動することになったのです。
新しい配属先は、以前よりもずっと人数の多い部署でした。
入社二年目の私を、みんな「マキちゃん」と呼んで可愛がってくださいました。
最初の部署とは雰囲気も仕事内容も違いましたが、ここでも周りの方々に恵まれ、少しずつ自分の居場所をつくっていくことができました。
眠らせたくなかったプログラミングスキル
新しい部署で主に任されたのは、経費関係や安全衛生関係など、部署全体を支える総括的な仕事でした。
もちろん、それも大切な仕事です。
でも、せっかく最初の部署で身につけたPCやプログラミングのスキルを、このまま眠らせてしまうのはもったいない。
そう思った私は、
「この作業、システム化したらもっと便利になるかもしれない」
「こんな仕組みがあったら、みんなの負担を減らせるかもしれない」
と、自分からいろいろな提案をするようになりました。
使用した薬品の在庫を確認し、必要な申請書類まで作成できるシステムや、部署内の情報を共有するためのホームページなど、いくつかのシステム開発にも携わらせてもらいました。
プログラミングって、自分が考えたとおりにシステムが動いてくれると、めちゃくちゃ楽しいんです。
試行錯誤しながら組み立てたものが、思い描いたとおりに動いた瞬間の喜び。
そして、自分がつくったものが周りの方の役に立つことが、私はとても嬉しかったのです。
振り返ってみると、今のHearty Hugでも私はいつも、
「もっと分かりやすくできないかな?」
「どう書いたら上手に伝わるかな?」
「どうしたら、お客様にもっと笑顔になってもらえるかな?」
と考えています。
あの頃にしていたことと、根っこの部分はあまり変わっていないのかもしれません😊
結婚、そして新しい命
もちろん、仕事も人間関係も、すべてが順調だったわけではありません。
プライベートでも仲良くしていただいていたある方との関係がギクシャクしてしまい、原因が分からず悩んだ時期もありました。
そんな職場で彼氏ができ、お付き合いを始めて一年少し経った頃、私たちは結婚することになりました。
そして、新しい命を授かりました。
当時は、結婚を機に退職する「寿退社」もまだ多かった時代です。
出産を機に会社を辞めていく先輩も、身近に二人いらっしゃいました。
産前産後休暇や育児休職制度は、ちょうどできたばかり。
制度はあっても、私の部署ではまだ誰も利用していませんでした。
けれど私は、この会社の取り組みが大好きでした。
それに、父の影響で私が昔から好きだった趣味にも関係する会社だったため、できることなら辞めずに働き続けたいと思っていました。
そして、自分で稼いだお金で、好きなものを遠慮なく買いたい。
生活費の足しにしたり、老後のために貯金したりもしたい。
そんな思いもありました。
「せっかく制度があるのなら、利用させてもらいたい」
育児休職制度を使うことに、不安もためらいもありませんでした。
担当の方がしっかりとサポートしてくださり、上司も理解のある方だったため、手続きも問題なく進みました。
それどころか、まだ利用している人が少ない制度だと知った私は、
「よしっ!私がみんなの前例になるぞーっ!」
と、なぜか変な気合いまで入っていました。
周囲の方々からも、
「初めてだから不安なことが多いと思うけど、こっちのことは心配しなくていいからね」
と声をかけていただきました。
その言葉に安心しながら、私はこの部署で初めて育児休職制度を利用することになりました。
私の一歩が、誰かの一歩になった
結婚しても、子どもが生まれても、大好きな仕事を続けたい。
自分の気持ちに正直に選んだ、一歩でした。
けれど数年後、私の二人目の赤ちゃんと同じくらいの時期に赤ちゃんを授かった先輩が、こんな言葉をかけてくださったのです。
「マキちゃんが育児休職制度を先に活用してくれたから、私も使いやすくなったよ。ありがとう」
その言葉を聞いたとき、
「あぁ、こんな私でも誰かの役に立てたんだ。よかったぁ」
と、胸がいっぱいになりました。
私は、自分が働き続けるために制度を利用しました。
それでも、私が最初の一歩を踏み出したことで、その次の人が少し歩きやすくなった。
自分のために勇気を出して選んだことが、知らないうちに誰かの選択肢を増やすこともあるのだと知りました。
二人目となる長女を出産したときも、再び育児休職制度を利用させていただきました。
ただ、二人目を授かるまでには、つらい不妊治療と向き合った時期もありました。
このエピソードについては、また別の章でお話ししたいと思います。
結婚しても、出産しても、同じ会社で長く働き続けられる。
そんな環境にいられることを、私はとても幸せに感じていました。
この部署には、約九年間在籍しました。
きっとこの先も、慣れ親しんだ仲間たちと一緒に働いていくのだと思っていました。
ところが、長女を出産して職場復帰したあと、私の会社員人生をまた大きく動かす出来事が起こります。
長年勤めてきた部署からの、突然の異動。
しかも異動先は、私が以前から、
「ここだけは一番行きたくないな……」
と思っていた部署だったのです。
つづく。
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次回は、怖そうだと思っていた部署が、家族のように温かな居場所へと変わっていったお話です😊
