4時間50分→3時間58分。1年間で52分縮めたとき何を変えたのか
前年より練習したつもりだったのに、遅くなった。
2016年の富山マラソン。
結果は、
4時間50分07秒。
そして1年後。
同じ富山マラソンで、
3時間58分32秒。
約52分タイムを縮め、初めてサブ4を達成しました。
では、その1年間で何を変えたのか。
ものすごく特別なトレーニングをしたわけではありません。
高価な道具を揃えたからでもありません。
今振り返って一番大きかったと思うのは、
「サブ4を達成したい」ではなく、「サブ4を達成するために何を変えればいいか」を考えるようになったこと。
今回は、あの1年間に私が変えたことを、
「準備編」と「当日編」
に分けて書いてみます。
これはあくまで私自身の経験です。
誰にでも同じ方法が合うとは限りません。
でも、4時間50分だった私が1年後に3時間58分で走れたとき、何を考え、何をしたのか。
その記録として残しておこうと思います。
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【準備編】まず「サブ4を走れる身体」を作ろうと思った
サブ4を達成するには何が必要なのか。
シューズ。
ウェア。
走り方。
練習メニュー。
長い距離を走ること。
いろいろ考えました。
もちろん、どれも大切です。
でも当時の私は、自分自身のこれまでのマラソンを振り返って、一つの結論にたどり着きました。
「そもそも今の自分は、4時間走り続けられる身体になっているのか?」
ということです。
42.195kmを4時間以内で走る。
単純計算なら1kmあたり約5分41秒。
それを42km以上続けなければなりません。
だったらまず、
そのスピードで長時間走り続けられる身体を作ることが先なんじゃないか。
そう考えました。
体重も体脂肪率も把握していなかった
そこで気づいたのが、
自分の身体のことを意外なほど知らなかったことです。
走ってはいました。
でも、
「今の体重は何kgなのか」
「体脂肪率は何%なのか」
それを継続して管理していませんでした。
これでは、
「なんとなく身体が軽くなった」
「最近ちょっと痩せた気がする」
という感覚しかありません。
それなら数字で確認しよう。
やったことは、とてもシンプルでした。
体組成計を買いました。

カラダ年齢が30代になると
モチベーションが爆上がりでした😆
そして、
体重と体脂肪率の目標を決めました。
私の場合、体重の目標は64kg。
体脂肪率についても、自分なりの目標を設定しました。
※これは私自身が当時設定した数字で、万人にとっての適正値という意味ではありません。
ちなみに目標を決めた時の体重は、70kgでした。
ここから、身体作りが「なんとなく」ではなくなりました。
走ったら、必ず測る
私が決めたルールはシンプルです。
走った日は、必ず体組成計に乗る。
体重を測る。
体脂肪率を測る。
記録する。
それだけです。
でも、これが自分には合っていました。
なぜなら、数字を見ることで、
現在地が分かるから。
たとえば目標64kgに対して、現在67kgなら、
「あと3kg」。
それが分かります。
さらに大事だったのは、
大会当日までの残り時間と照らし合わせること。
今のペースで身体が変わっていけば、大会までに目標へ届きそうなのか。
それとも、このままでは間に合わないのか。
私はそれを考えるようになりました。
「間に合わない」と思ったら行動を変える
目標を決めても、
測るだけでは身体は変わりません。
記録を見ながら、
「このペースだと大会までに目標に届かないな」
と思ったら、RUNの負荷を少し上げる。
走る時間を考える。
距離を考える。
そうやって調整していきました。
今思えば、私にとって重要だったのは、
体重を減らすことそのものより、
「測る→確認する→修正する」
を繰り返したこと
だったと思います。
目標を決める。
現在地を測る。
差を見る。
このままで間に合うか考える。
間に合わないなら行動を変える。
非常に単純です。
でも、それまでの私は、
「頑張って走っていれば、そのうち速くなるだろう」
という感覚で走っていたのだと思います。
2017年は違いました。
サブ4というゴールから逆算して、
自分なりに身体を作っていきました。
そして大会が近づく頃には、
体重は目標としていた64kgまで落ちていました。
体脂肪率も、当時の記録では大会時に18%前後。
少なくとも自分の中では、
「ここまで準備したんだから、あとは走るだけ」
と思える身体になっていました。

今でも使っています😅
当時の体組成計HBF202は、後継機HBF212に変わっていました。。
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【当日編】私が意識した「2つの我慢」
身体を作った。
練習もした。
でも、サブ4はそれだけでは達成できませんでした。
本番で私が特に意識したことがあります。
それが、
「我慢」
です。
しかも、我慢するポイントは2つありました。
我慢① スタート直後に飛ばさない
マラソン大会のスタート直後は独特です。
周りのランナーがどんどん走っていきます。
大会の高揚感もある。
身体も元気。
だから、
「自分も行けるんじゃないか」
と思ってしまう。
ここで周りにつられてペースを上げない。
我慢する。
これが一つ目でした。
42.195kmは長い。
スタート直後に抜かれても、そこで勝負が決まるわけではありません。
それより、
自分が決めたペースを守る。
抜かれても気にしない。
追いかけない。
「まだ先は長い」
と自分に言い聞かせる。
前半の我慢は、
速く走りたい気持ちを抑える我慢
でした。
我慢② 30kmから苦しくなっても耐える
そして、もう一つ。
こちらは意味が全く違います。
30km前後。
マラソンで苦しくなってくる地点です。
脚が重くなる。
身体も疲れてくる。
「少しペースを落とそうかな」
「ちょっと歩きたいな」
そんな気持ちが出てきます。
ここからは、
苦しくても我慢する。
もちろん、体調に異変があるのに無理をするという意味ではありません。
私の場合は、これまでの練習で想定していた範囲の苦しさの中で、
「ここからがサブ4の勝負だ」
と思って耐えました。
前半は、
飛ばしたいのを我慢する。
後半は、
落としたいのを我慢する。
同じ「我慢」なのに、正反対です。
でも、この2つが自分にはとても重要でした。
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そして、3時間58分32秒
ゴール。
結果は、
3時間58分32秒。
前年、
4時間50分07秒。
約52分短縮。
初めてのサブ4でした。
もちろん、いろいろな要因があったと思います。
練習量。
当日の天候。
コンディション。
経験。
そして年齢的にも、当時は今より体力がありました。
だから、
「体重を64kgにすればサブ4できます」
とか、
「この方法をやれば52分縮まります」
と言うつもりはありません。
これはあくまで、
私の場合はこうだった
という話です。
ただ、サブ4を達成したあとに、強く感じたことがあります。
当日の「我慢」は、大会当日に突然できるものではなかった
サブ4を達成する前の私は、
当日の走り方が重要だと思っていました。
確かに重要です。
でも、実際にサブ4を達成してみて思いました。
目標にした身体ができていなければ、当日の我慢もできない。
前半で飛ばさず我慢できるのは、
「後半まで走れる」という準備への自信があるから。
30kmを過ぎて苦しくなっても我慢できるのは、
それまで積み重ねてきたものがあるから。
つまり、
「我慢できる身体」は、本番ではなく、その前の数か月で作っていた。
これが、私が初めてサブ4を達成して一番感じたことでした。
シューズを変えることも大切。
ウェアを選ぶことも大切。
長い距離を走ることも大切。
でも私の場合、
一番変えなければいけなかったのは、
自分の身体を「なんとなく」管理するのをやめたこと。
目標を数字にする。
現在地を数字で知る。
目標との差を見る。
そして行動を変える。
その積み重ねが、
4時間50分07秒 → 3時間58分32秒
につながりました。
今59歳になって、再びマラソンに挑戦している私自身にも、この経験は問いかけてきます。
「今の自分は、目標を口にしているだけになっていないか?」
2017年のようには走れなくてもいい。
年齢も身体も、あの頃とは違います。
だからこそ、
今の自分の現在地を知って、
今の自分にできる目標を決める。
そして、そこから逆算して行動する。
20年以上走ってきた私が、もう一度学び直していることです。
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次回予告
サブ4を目指していた頃の練習を振り返って分かったことについて書こうと思います。
