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4時間35分から4時間50分へ。頑張ったのに遅くなった

「みんな、速すぎない?」


2015年、記念すべき第1回金沢マラソン。

高校時代の同級生6人と一緒に出場しました。

地元・金沢で初めて開催されるフルマラソン。

みんな気合い十分。

もちろん私も、

「せっかく地元を走るんだから、いいタイムを出したい」

と、それなりに準備してスタートラインに立ちました。

結果は、

4時間35分45秒。

2003年の初フルマラソン、那覇マラソンの5時間58分56秒から考えれば、1時間以上速くなっています。

自分としては、決して悪くないタイムでした。

ところが――。

一緒に走った同級生たちの結果を知って、驚きました。

自分以外、みんな当たり前のようにサブ4。

「えっ?」

同級生ですよ。

同じ年齢ですよ。

それなのに、この差は何なんだ。

42.195kmを走り終えて身体はボロボロ。

でも、それ以上に残ったのは、

「まだまだ努力が足りない」

という悔しさでした。

第1回金沢マラソンに当選した

2015年。

地元・金沢で初めてフルマラソンが開催されることになりました。

第1回金沢マラソン。

もちろん、申し込みました。

そして幸運にも当選。

これはテンションが上がりました。

しかも、高校時代の同級生6人も一緒に出走することになりました。

学生時代を一緒に過ごした仲間たちと、何十年も経ってから42.195kmを走る。

それだけでもワクワクしました。

地元初のフルマラソンということもあり、みんな気合い十分。

私自身も、2003年の那覇マラソン以来のフルマラソン。

あのときの目標は「完走、いや完歩でもいいからゴールする」でした。

でも今回は違います。

せっかく走るなら、

少しでもいいタイムで走りたい。

そんな気持ちになっていました。

5時間58分から4時間35分へ

そして迎えた本番。

結果は、

4時間35分45秒。

初マラソンだった那覇の5時間58分56秒と比べれば、

1時間23分以上の短縮。

数字だけを見れば、十分に喜んでいい結果だったと思います。

「ずいぶん速くなったな」

自分でもそう思いました。

42.195kmを走り切った身体はボロボロでしたが、達成感もありました。

ところが。

一緒に出場した同級生たちの記録を知ります。

みんな速い。

というより、

自分以外は、みんなサブ4。

4時間を切っていました。

同じ高校で過ごした同級生。

同じように歳を重ねてきた仲間です。

もちろん、それぞれ練習量も違えば、それまでのランニング経験も違います。

頭では分かっています。

でも、やっぱり悔しい。

「自分も、もっとやれるんじゃないか?」

そんな気持ちが湧いてきました。

初めて、

「4時間を切る」

というタイムを意識した瞬間だったのかもしれません。

記念すべき第一回金沢マラソン出走時の出立ち😄


翌年も金沢を走るつもりだった


そして2016年。

前年の悔しさもあり、当然のように金沢マラソンへ申し込みました。

前年よりもっと練習して、

前年よりもっと速く走る。

そのつもりでした。

ところが――。

落選。

まさかでした。

前年に第1回大会を走り、翌年も当然のように金沢を走る気になっていたので、正直かなり残念でした。

でも、せっかくマラソンに向けて準備してきた。

このまま走らないのはもったいない。

そこで急いでエントリーしたのが、

富山マラソン。

同じ北陸で開催されるフルマラソンです。

「金沢がダメなら富山を走ろう。」

気持ちを切り替えました。

頑張ったのに、遅くなった

そして2016年、富山マラソン。

前年の4時間35分45秒を更新したい。

もちろん、そう思っていました。

ところが結果は、

4時間50分07秒。

前年より、

約14分も遅くなりました。

「あれ?」

前年より速くなりたいと思って走ったはずなのに。

逆に遅くなっている。

悔しかったですね。

すると人間というのは面白いもので、すぐに言い訳を探し始めます。

「そもそも金沢マラソンに向けて準備してきたから……」

「急きょ富山に変更したし……」

そして、

「富山には新湊大橋があるからなぁ」

とも考えました。

大きな橋を走るコース。

アップダウンもある。

「金沢より起伏があるから仕方ない。」

そんな理由を自分の中で並べていました。

もちろん、それも多少は影響したのかもしれません。

でも、本当のところは自分でも分かっていました。

まだ4時間を切れるだけの力がない。

ただ、それだけです。

「悔しい」が次の目標を作ってくれた

今振り返ると、2015年と2016年の2つのマラソンは、私にとって大きな転機だったと思います。

2015年。

4時間35分で走った。

でも同級生は、みんなサブ4。

悔しかった。

2016年。

前年より頑張ったつもりだった。

でも4時間50分。

もっと悔しかった。

普通なら、

「自分には向いていないのかな」

と思ってもおかしくありません。

ところが私の場合は、逆でした。

2年続けて思い通りにならなかったことで、

なぜか――

闘志に火がついてしまったのです。😅

「だったら、自分も4時間を切ってやろうじゃないか。」

いつの間にか、

「できたらいいな」

ではなく、

「サブ4を達成したい」

に変わっていました。

2003年の那覇マラソンでは、

「完歩でもいいからゴールしたい」

と思っていた私。

それから十数年。

ようやく私は、

42.195kmを4時間以内で走る

という目標を、本気で追いかけ始めることになります。

そして翌2017年。

富山マラソン。

前年と同じ大会で、私はもう一度スタートラインに立ちました。

そのときの目標は、ただ一つ。

サブ4。

4時間50分だった自分が、1年間でどこまで変われるのか。

その答えは――

3時間58分32秒。

翌年、もっと練習した私は当然速くなると思っていました。でも結果は逆でした。

続きは次回👇

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