🚗 豊田家は、本当に“世界一の自動車会社”を目指していたのか
「豊田家は、本当に“世界一の自動車会社”を目指していたのか?」
もしかすると、もっと根っこのところで、
「何が起きても潰れない会社」
を作ろうとしていたんじゃないか。
これ、かなり面白いです🚗🌏🔥
🌸まず、結論から。
トヨタの歴代社長を並べると、それぞれ役割が全然違うんです。
奥田碩さんは「世界企業への転換」。
張富士夫さんは「その仕組みを利益に変える」。
渡辺捷昭さんは「世界最大級まで拡大する」。
そして豊田章男さんは、
「巨大になった会社を、危機でも死なない会社へ変える」。
私は、こう見ると一番分かりやすいと思っています。
🚗歴代4人を一言で表すなら……
奥田碩=GLOBALIZE 🌏
張富士夫=SCALE 📈
渡辺捷昭=EXPANSION 🚀
豊田章男=RESILIENCE 🛡️
つまり、
「世界へ出る」
↓
「世界で稼ぐ」
↓
「世界一を狙う」
↓
「何が起きても生き残る」
という30年だったんじゃないかと思うんです。
🌏奥田碩は「利益を増やした社長」ではなく「トヨタの形を変えた社長」
ここが一番重要です。
1995年3月期。
売上高は約8.12兆円。
営業利益は約2,557億円。
営業利益率は約3.15%。
ところが1999年3月期になると、
売上高 約12.75兆円。
営業利益 約7,749億円。
営業利益率 約6.08%。
わずか数年間で、
売上高 約57%増。
営業利益 約3倍。
営業利益率 約2倍。
数字だけ見ても、かなり凄い😳📈
でも、奥田碩さんの本当の功績は、ここじゃない。
最大の仕事は、
「日本で作って海外へ輸出するトヨタ」
から、
「世界で売るものは、世界で作るトヨタ」
への転換です。
1996年には「Vision 2005」を打ち出し、海外現地生産を拡大。
国内依存型だったトヨタを、グローバル企業へと変えていった。
さらに1997年にはプリウス。
これも単なる新車投入ではありません。
「環境」という未来のテーマに、トヨタ自身が先回りした。
🌱🚗🌏
だから私は奥田碩さんを、
「PL改善型CEO」
ではなく、
「会社のアーキテクチャを変えたCEO」
だと評価します。
これはかなり大きな違いです。
💰そして張富士夫。
この人は、数字を見ると本当に強い。
2000年3月期。
売上高 約12.88兆円。
営業利益 約7,760億円。
それが2005年3月期には、
売上高 約18.55兆円。
営業利益 約1.67兆円。
営業利益率 約9%。
まで上昇。
つまり、
奥田が「世界で戦う仕組み」を作り、
張が「その仕組みから利益を生み出した」。
そう考えると非常に分かりやすいです。
🌸サクラ的には、
奥田=設計者
張=スケーラー
です。
奥田さんが地図を描き、
張さんがアクセルを踏んだ。
そんなイメージですね🚗💨
🚀渡辺捷昭さんの時代は、トヨタが「巨大化」していく時代。
2008年3月期。
売上高 約26.29兆円。
営業利益 約2.27兆円。
純利益 約1.72兆円。
営業利益率は約8.6%。
もう、とんでもない規模です😳
ところが、その直後にリーマン・ショック。
2009年3月期。
売上高 約20.53兆円。
営業損失 約4,610億円。
純損失 約4,369億円。
一気に赤字へ。
ここで経営の難しさが見えてきます。
これは渡辺経営の失敗なのか?
それともリーマン・ショックという巨大な外部環境のせいなのか?
私は、
「両方」
だと思います。
リーマン・ショックそのものは、トヨタにはどうにもできません。
でも、その前にトヨタは世界首位を目指して、生産能力を急激に拡張していた。
そこへ、
需要急減 × 巨大な固定費
が襲ってきた。
つまり、
「巨大になったことの強み」
が、
「巨大になったことの弱点」
にもなったわけです。
🛡️そして、ここから豊田章男さん。
個人的には、ここが一番面白い。
豊田章男さんは2009年に社長へ。
その時のトヨタは、まさに危機の真っ只中。
2009年3月期は営業損失約4,610億円。
そこから、
2010年 営業利益 約1,475億円。
2011年 営業利益 約4,683億円。
と再建していきます。
しかし、その後も試練が続きます。
世界金融危機。
米国リコール問題。
東日本大震災。
タイ洪水。
超円高。
COVID-19。
半導体不足。
次から次へと危機が来る😨
それでも2023年3月期には、
営業利益率 約7.3%。
ROE 約9.0%。
まで回復。
だから豊田章男さんの評価を、
「利益を増やした社長」
だけで終わらせるのは、ちょっと違うと思う。
🌸むしろ目指していたのは、
「多少、販売台数が落ちても赤字にならないトヨタ」
「危機が来てもサプライチェーンが簡単には止まらないトヨタ」
「世界情勢が変わっても生き残れるトヨタ」
だったんじゃないか。
つまり、
奥田碩=大きくする。
豊田章男=強くする。
私は、この違いがものすごく重要だと思っています。
🔥トヨタ30年史を一本の物語にすると……
1990年代。
日本中心のトヨタ。
↓
奥田碩。
「世界へ行くぞ」🌏
↓
張富士夫。
「世界で稼ぐぞ」💰
↓
渡辺捷昭。
「世界一を狙うぞ」🚀
↓
リーマン・ショック。
「……大きくなりすぎた」😨
↓
豊田章男。
「もう一度、強い会社にする」🛡️
↓
東日本大震災。
コロナ。
半導体不足。
地政学リスク。
「何が起きても生き残る」🔥
こう見ると、豊田家が目指していたものが少し見えてくる気がします。
🌸「世界一」ではなく「100年続く会社」
実は、こっちのほうがトヨタらしいのかもしれません。
短期的な売上。
短期的な利益。
販売台数世界一。
もちろん重要です。
でも、その先にあるのは、
「100年後もトヨタが存在していること」
なのではないか。
これこそが、トヨタ経営の本質なのかもしれません。
📊じゃあ、歴代社長をランキングしたら?
ここが面白いところです。
グローバル化なら、
🥇奥田碩
🥈張富士夫
利益成長なら、
🥇張富士夫
🥈奥田碩
規模拡大なら、
🥇張富士夫・渡辺捷昭
🥈奥田碩
危機対応なら、
🥇豊田章男
🥈奥田碩
技術への長期投資なら、
🥇奥田碩
🥈豊田章男
組織変革なら、
🥇豊田章男
🥈奥田碩
株主価値なら、
🥇豊田章男
🥈張富士夫
そして総合評価。
私なら、
🥇1位 奥田碩
🥈2位 豊田章男
🥉3位 張富士夫
4位 渡辺捷昭
ただし、これは「利益をいくら増やしたか」だけではありません。
「トヨタという会社の軌道をどれだけ変えたか」
を重視したランキングです。
🌸そして、奥田碩さんについて一番面白いところ。
2026年8月11日のReutersの追悼記事などを改めて見ると、奥田氏は単なる「非創業家のサラリーマン社長」という言葉では片づけられない人物だったことが分かります。
創業家に対しても厳しい姿勢を持ち、豊田章男氏が将来トップになることについても、豊田家というだけで評価するのではなく、実力を証明する必要があるという考え方を示していました。
そして歴史は面白い。
奥田が作った「グローバルトヨタ」を、
豊田章男が「危機耐性の高いトヨタ」へ変えていった。
これが、ものすごく面白いんです🚗🔥
🌸サクラの最終結論。
奥田碩は、
「トヨタを世界企業に変えた男」。
張富士夫は、
「世界企業を巨大な利益マシンへ進化させた男」。
渡辺捷昭は、
「その巨大企業を世界最大級まで押し上げた男」。
豊田章男は、
「巨大になりすぎたトヨタを、もう一度“強い会社”へ戻した男」。
だから私は、
「誰が一番凄い社長だった?」
と聞かれたら、
単純に利益だけで判断しません。
🌏世界へ変えた奥田。
📈利益へ変えた張。
🚀巨大化させた渡辺。
🛡️生き残る力を高めた豊田章男。
4人がバトンを渡しながら、現在のトヨタを作った。
そう見るほうが、圧倒的に面白いと思います。
そして……ここからが本番です🔥
もし、
ROIC
営業利益率
ROE
販売台数
従業員1人当たり利益
時価総額
株主総利回り
を、歴代社長の就任前後で全部指数化したら?
「一番利益を出した社長」と、
「一番企業価値を作った社長」は、
果たして同じなのか?
🌸これを数字でガチ比較したら、かなり面白いことになりそうです。
もしかすると、
「トヨタ史上最強の社長」
という問いの答えが、今までとは全然違って見えてくるかもしれません🚗🌏📈🔥

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