空海とレプリカ
先週の金曜日、私は母と一緒に東京国立博物館に行った。東京国立博物館で「空海と真言の名宝」が開催された。母が私にある話をしていた。皆さんは何の事か分からないだろう。実は、母が私に話していたのは空海とレプリカについてだ。空海については私が中学生だった時に母と一緒に空海の映画を見に行ったことがあった。その時、母は「白楽天、イケメン(←白楽天を演じていた中国人俳優が超イケメンだったのです)」と一人で悶えていたが、私は白楽天よりも空海の方が素晴らしいと一人でいい子ぶっていたことがあった。私は空海の漫画を読んだことがあるので、色々と母に空海のエピソードを語った。空海の漫画によっては仏様を作るエピソードがあったり、自分から飛び降りて仏様に助けてもらったり、字を上手に書いたりするシーンがあった。
次にレプリカについてだ。私が高校生だった時に「妄想でレプリカを割る!」とブログに書いたことがあった。レプリカを割るといっても妄想だけだ。母が私にこんなことを言っていた。
「レプリカを割るのは妄想だけにしてね。妄想で上司が大切にしているレプリカを割って怒らせて文句カウントを付けるというのはしても良いけれどね。本物のレプリカを絶対に割らないでね。」
と。妄想でレプリカを割ること自体はとても面白いが、実際に本物のレプリカを割ることは面白いとは言えない。
私が高校生だった時に会社の上司とAさんとBさんのやり取りを妄想していたことがあった。サラリーマン関係のやり取りは母の知人から聞いた内容だ。母が知人に文句カウントのことについて話したことがあったそうだ。その方が「サラリーマンの場合だとポイントが貯まったらビールを飲みに行こう。さらには、あれ?今日は珍しい。上司が怒らない。そうだ。花瓶でも割って上司を怒らそう。」と言っていた。その面白い話を母から聞き、私はその話の続きを作った。花瓶は上司にとって、とても大事な物だ。具体的には漆胡瓶(しっこへい)のレプリカであるとする。ある日、Aさんが言った。
「あれ?おかしいなあ。もう少しでポイントが貯まるのに。上司が怒ってくれない。そうだ、正倉院に収められている漆胡瓶のレプリカを割ってしまおう。そうすれば確実に怒るはずだ。」
AさんとBさんが漆胡瓶のレプリカを思いっ切り床に投げつけた。
(AさんとBさん)「上司、すみません。うっかり割ってしまいました。悪気はなかったんです。」
(上司)「お前ら、何てことをするんだ。貴重品をめちゃくちゃにしおって。」
怒鳴る上司を前に、二人は心の中でガッツポーズをする。
(よし、これで文句カウントが50個になった。ビールが飲めるぞ。)
二人は、たとえレプリカであってもその花瓶が相当な高額であることをもちろん知らない。
我が家の場合は、わざわざ花瓶を割る必要はない。究極はテレビを壊せば良いのだ。そうすれば父がエンドレスに文句を言い続け、それが出るたびにカウントを付け、一定数になったらケーキを食べるという楽しみが待っている。もちろん、会社での出来事は全て私の妄想だ。どうやら私の妄想癖は、止まるところを知らないようである。文句カウントはゲーム感覚でもあります。





