堕天使拷問刑――青春にしか起こせない奇跡
ある日突然、知らない人に囲まれて、知らない土地で暮らしていく。きっかけは両親の事故死。残された少年はまだ中学生で、身寄りのない彼は母方の実家のある田舎の山村に、それまで面識のなかった叔母と二人で暮らすことになる。学校では、一族と土地にまつわる因縁から、暴力的な同級生と先輩に目をつけられてしまう。理不尽に打ちひしがれる少年は、それでも、仲良く過ごせる友人を見つけ、そして、妖しい美少女と出会う。美少年には悲劇が似合う。
飛鳥部勝則の長編ミステリー『堕天使拷問刑』です。村の風習と過去の殺人が絡み合い、主人公の如月タクマの周囲でも事件が起こっていきます。タクマが村に来ることになる以前、一瞬で同時に3人の首が切断される事件が発生しました。また、タクマの母方の祖父が、絞られたようにして全身の骨が砕かれて亡くなるという事件もありました。超自然的で不可解で、未解決のままです。タクマの祖父が悪魔崇拝者だったこと、どちらもその祖父が絡んでいることもあり、事件は悪魔の仕業として密かに語り継がれていたのでした。
そうした背景もありタクマは、暗に明に、村の人達から忌み嫌われてしまいます。そんななか、地域の風習に反しているとみなされ、村人からも避けられて過ごす江留美麗という同級生に出会います。無口で掴みどころのない美麗は、祖母と二人暮らし、その祖母は毒をつくる魔女らしい。近づきがたくて儚くて、だからこその妖しさを持つ美麗に、タクマは疑心と関心を抱いていくのでした。
話が進むに連れて凄惨な事件が起こっていきます。事件をめぐって、村の風習や悪魔の噂に対して懐疑的だったタクマの信念は揺らぎ始めます。ツキモノイリと呼ばれる、なにか悪いものに憑かれた人を集団でリンチして、憑き物を祓うツキモノハギという凄惨な儀式。村外れの森に潜む、赤い服をきた細い女、幼い子どもを子守帯でかかえる姿は八本の手が生えた真っ赤な蟹、などなど。それまでの常識を揺さぶる人物や出来事に、タクマはどんどん遭遇して、どんどん混乱していきます。
世の中が理不尽でも、大人は理性的に対処し、測定して観察が可能な成果をあげることが求められます。だから、冷静に出来事を観測できなかったり、状況に適した対策が取れなかったりするなら、単なる無能、もしくは狂人と捉えられるようになります。子どもは自意識で対抗する。客観的で合理的で正確な現状把握なんてものよりも、内面を信じたくなる、というよりそれが許される。だってそんなの酷いじゃん、とひとまずは世の中の改善を先送りにすることができなくもない。だからそれは対抗で、解決じゃない。
理不尽を解決するにこしたことはないけれど、問題の焦点は自分の内側に定まります。理不尽は内面を色めきたたせるアクセントになる、どうしようもない抑圧に対しては、世界像を書き換えることで張り合う。そこには悪魔がいたっていいし、天使がいてもいい、魔女がいて儀式があっても。もし、そんな孤独な戦いに協力してくれる人がいるなら、そこには友情だったり愛情だったりと呼ばれるような、気恥ずかしくて、それでいて新鮮で大切な感情が芽生えるのだと思います。
理不尽な世の中をきれいに解決するということはつまり、大人になることなのでしょう。そして、解決することに慣れていくにつれて、大切な感情は新鮮さを失っていくのではないでしょうか。超常、非日常を、恐がりながらも信じることは、子どもっぽくてばかばかしい、けれども世界とのそんな幼稚な接し方に没頭することができないのであれば、それはそれでなんだか味気ないわけです。
少しいびつで屈折した、暗くて辛くて、それでもどこか清々しさを含んだ一時期をぼくは青春と呼びたいです。青春といわれて、多くの人が思い描くだろうような清涼感はないですけれども、ちゃんと、かけがえのない奇跡のような出来事だってあるのです。
「あれが、ヘラクレス座、そして、こと座。これは、わし座。はくちょう座。かんむり座……」
美麗はゆっくりと星座の名前をあげ続ける。白く華奢な指が、星と星をつなぐように動いていく。
一つとして、わからなかった。
どの星とどの星が星座に当てはまるのか、検討もつかない。
それでも私は星座を探した。
悲哀によって引き立ち、いつか報われることを願えることが青春における恋愛なのではないでしょうか。酸いも甘いも経験してしまい、そんな感覚忘れてしまって、たとえどんなに恋愛に失望しても、誰かとむかしのままの想いでいつまでも繋がっているという核心が持てたとき、そこに素直に感動してしまうことができるとき、いつまでたってもぼくは青春を引きずっているのだと、恥ずかしながら実感してしまうのです。
誰しもが共感できるわけではないとは思いますが、なにかしらもやもやとした青春を過ごしてきた人の心を打つ、そんな小説ではないかと思います。
最後に、本書を読んでいる最中、どことなく、異形コレクションの監修でお馴染みの井上雅彦さんを思い出しました。調べてみると、飛鳥部勝則さんは異形コレクションの執筆依頼がきっかけで短編を書き始めたようです。高校生の頃、井上雅彦さんの『怪物晩餐会』を夜な夜な読んではうっとりしていたぼくにとっては、やっぱりな、と納得するものがありました。青春ですね。
もう一つ。ぼくが本書を手に取るきっかけは、神保町の書泉グランデに貼り出された表紙のポスターでした。月に照らされた制服姿の女子高生、そっと差し出した両掌のその指先から滴る血を眺めるか眺めないか、曖昧に虚ろう目つき、タイトルが『堕天使拷問刑』。一瞬で惹き込まれました。嬉しいことに文庫版も出版されたようですが、表紙はまた別のものとなっています。文庫版の魔術的な雰囲気もよいですが、ハードカバー版も手にとってみることをおすすめします。ぜひぜひ。
