第3章 朝、あなたの隣を離れた
彼と過ごした次の日。
私は、その日の夜行バスでデリーへ行く予定だった。
だから、朝になったらホテルへ戻ろうと思っていた。
彼がまだ眠っている間に、
私は静かにベッドから出た。
そして、彼の部屋を出て、
自分のホテルへ戻った。
特別な約束をしたわけでもなかった。
「また会おう」
と約束をしたわけでもない。
それでも、
あの夜の出来事は、
私の中に残っていた。
初めて会った日。
バスの中で隣に座った彼。
8時間ほどの旅を、
まるでずっと前から一緒に旅をしてきたかのように過ごした。
そして再会した夜。
私は、
初めて男性からのキスを受け入れた。
自分でも不思議だった。
なぜ、この人は大丈夫だったんだろう。
なぜ、
私はこの人には心を開けたんだろう。
でも、
まだ答えはわからなかった。
私はホテルに戻り、
その夜、
予定通り夜行バスに乗ってデリーへ向かった。
もう、
彼とは会わないかもしれない。
旅先で出会った人とは、
そういうものだと思っていた。
その出会いが、
いつか思い出になる。
それも、
旅の一つなのだと思っていた。
でも、
彼との関係は、
そこで終わらなかった。
ホテルに戻ったあとも、
私たちは連絡を取り続けた。
「元気?」
そんな何気ないメッセージ。
離れていても、
彼から連絡が来ると嬉しかった。
私も、
彼とのやり取りを続けた。
旅先で偶然出会っただけの人。
まだ、
一度しか会っていない人。
それなのに、
彼の存在は、
私の日常の中に少しずつ残り始めていた。
私はまだ知らなかった。
この人と、
これから何度も会うことになることを。
嬉しいことも、
悲しいことも。
信じられなくなることも。
それでも、
簡単には離れられなくなることも。
このときの私は、
何も知らなかった。
ただ、
デリーへ向かうバスの中で、
彼との出会いを思い出していた。
あの日、
偶然彼が私の隣に座った。
それだけのことだった。
でも、
その偶然は、
まだ終わっていなかった。
私たちの物語は、
静かに、
続いていった。
