恋人の延長線上にある結婚①
「彼氏にするならAくん、結婚するならBくん」
女子会に参加するとそんな意見がよく聞ける。
10代の頃の私は、好きになった人とは四六時中側にいたいと考えていたので、なかなか頷くことが出来ずにいた。20代になり結婚をする友人が増え、生活の中での苦労話を聞くようになると、恋人としては優秀でも旦那として優秀とは限らないのだと学ぶようになった。
そして私も恋愛をし、結婚をし、子供を育ててみて考えた。
恋愛からの結婚。
結婚からの子育ては、果たして正しい道筋なのだろうか、と。
私もそんな父と母の元で誕生し、育てられ、人並みに働けるよう教育やしつけを施してもらった。それについては感謝しているし、一定の成果も認めている。
だが、これからの社会でも、恋愛から始まる結婚によって作られた夫婦が中心となり子育てをする社会が、最適解なのだろうか?
子育てには地域の手助けが必要だ。
行政の力も借りよう。
そう言われて久しい。
……それだけで充分なのだろうか。
そもそも、愛し合った歴史を持つ父と母が、ゆとりを持って子育てをすれば、子供はのびのび育つのだろうか。
母は生涯、父しか男性として見ないのだろうか。
父は生涯、母にしか発情しないのだろうか。
私はそうは考えにくいと思っている。
推し活文化やポルノ産業がこれほど巨大な市場として成立している以上、人間の欲望が配偶者一人に完全に収束すると考える方が不自然だからだ。
ネットを覗けば、深化した推しへの感情や複雑な性癖がそこかしこに転がっている。
その発信者が皆独身とは考えにくい。
むしろ、既婚者も数多く含まれているだろう。
しかし既婚者は、それを表立って語りにくい。
相手以外への発情は、社会通念上歓迎されないからだ。
子持ちの親なら、なおさらである。
子供の前ではもちろん、他人の前でも発情を見せてはならない空気がある。
なぜだろうか。
なぜ私たちは、自分の親や他人の親の性的な側面に強い嫌悪感を抱くのだろうか。
そのヒントの一つとして、私は夜泣きの研究に興味を持った。
赤ちゃんの夜泣き。
生後数か月頃から始まり、長ければ数年続くこともある。
親は昼間は育児や家事に追われ、夜は睡眠を削られながら子供の世話をする。
この夜泣きについて、興味深い研究がある。
米ハーバード大学の研究では、夜泣きには母親の次の妊娠を遅らせる効果があり、その結果として赤ちゃん自身の生存率を高める可能性があるという仮説が示されている。
下の子どもが生まれれば、親の時間や資源は分散する。
だとすれば子供には、親の関心や資源を確保したいという生存戦略があっても不思議ではない。
もちろん、だからといって大人が親の恋愛を嫌う理由を全て説明できるわけではない。だが私たちの中には、親が新しい恋愛や家族形成に向かうことへ、本能的な警戒心の名残があるのかもしれない。
この仮説で考えるなら、十分に成長した子供を持つ親への抵抗感は薄くなるはずである。
例えば。
18歳で出産した女性が28歳になり、子供が10歳になっていたとしよう。
幼児期ほど親の手を必要としないなら、新たな子供が生まれることへの脅威も小さくなるはずだ。
しかし現実にはそう単純ではない。
「再婚すると連れ子が傷つくのではないか」
「新しいパートナーとの関係は大丈夫なのか」
そうした不安の声は今でも根強い。
つまり私たちが警戒しているのは、養育資源の減少だけではないのだろう。
家族という共同体の中へ、新しい他者が入ってくることそのものへの警戒心も含まれているのかもしれない。
……しかし私は、この家族という共同体の形そのものが、今後も変わらず機能し続けるのか疑問に思っている。
冒頭で触れたように、子育て中の既婚者からは不満や疲弊の声をよく耳にする。これは由々しき事態だ。
それらが結婚や出産への憧れを弱める一因になっている可能性はある。
子供が減ることは、社会を維持する人間が減ることでもある。
私はそれを、日本という共同体の緩やかな縮小だと考えている。
このままでは日本は、体の良い観光地として残るだけになるのではないか?
大和魂という言葉も、いつかは伝説や観光資源として語られるだけになるだろう。そうなる前に、なんとかしたい。
識字率が95%を超え、中間層がまだ意見をもって動けるうちに…!
だから私は、全く新しい家族の形について提案したい。
その話は、メンバーシップ先行記事で語ることにする。
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