LD(学習障害)について ― 九九・漢字が覚えられなかった私の話
私はADHDの診断を受けていますが、LD(学習障害)の特性も持っていると思っています。診断は受けていませんが、多分そうです。
実は、ADHDのある人は、LDも併せ持っていることが多いと言われています。ADHDのある人のうち、約30〜40%にLDを併存するという報告もあります。決して珍しい組み合わせではないんです。 
まず、LDについて簡単に説明します。文部科学省の定義では、学習障害とは、全般的な知的発達に遅れはないけれど、「聞く」「話す」「読む」「書く」「計算する」「推論する」という能力のうち、特定のものの習得と使用に、著しい困難を示す状態とされています。原因は、脳の中枢神経系の機能に何らかの偏りがあると考えられていて、知的障害や本人の努力不足、育て方が原因ではありません。
小学生の頃、九九がどうしても覚えられませんでした。漢字も同じです。何度書いても、何度復唱しても、次の日にはすっかり忘れている。周りの子は普通に覚えていくのに、私だけ、ずっとつまずいていました。
「何回言ったらわかるの」「何回書いたら覚えるの」——親にも先生にも、そう言われ続けました。私自身も、「なんで私だけ覚えられないんだろう」と、ずっと不思議で、そして悔しかったです。
以前、この九九や漢字のエピソードを、ワーキングメモリの低さという視点で書いたことがあります。それも、間違いなく理由の一つだったと思います。でも今振り返ると、それだけじゃなく、LDの特性もあったんじゃないかと思っています。
一つの困難の裏に、いくつもの特性が重なっていることは、珍しくありません。ワーキングメモリの弱さと、LD的な特性、両方が影響し合って、あの頃の「覚えられなさ」につながっていたんだと思います。
ここから先は、専門的な定義ではなく、私自身の経験から感じていることです。
高校卒業後、進学せずに働きました。夢だった保育士に、やっぱりなりたいと思ったのは、大人になってからです。デザインの仕事もやってみたくて、デザインの専門学校にも通い、保育士の専門学校にも通いました。
あんなに嫌いだった勉強が、驚くほど楽しくなっていました。成績も良かったです。「大人になったから当たり前でしょ」と思われるかもしれませんが、あの頃の私とは、全然違いました。ぐんぐん覚えられる。理解が面白くて仕方ない。
周りは、専門学校に行くことに、結構否定的でした。「今更勉強してどうするの」「今更覚えられないよ、専門学校行く時間がもったいない」「私なら行きたくない」——そう言われたこともあります。
でも今は、こう思っています。
みんなにとっての「勉強する時期」は、きっとあの頃(10代)だったんだと思います。私にとっての「勉強する時期」は、ここ(大人になってから)だった。それだけの違いだったんじゃないかと。
今も、まだまだ勉強中です。でも、発達に関しての知識は、自分の中でしっかり身についてきていると感じています。人より頭が柔らかくて、吸収も早くて、理解も早い——そう自負しています。
LDのある子と関わる大人に、伝えたいこと
もし、今、九九や漢字がなかなか身につかない子どもがいたら——それは、その子の努力不足でも、能力がないわけでもありません。「今」が、その子にとっての学びの時期ではない、というだけかもしれません。
「今できない」を「一生できない」と決めつけないでほしいんです。
学び方を変えれば、伸びる力を持っている子はたくさんいます。読むのが苦手なら、耳で聞く。書くのが苦手なら、タイピングやICTを使う。計算が苦手なら、視覚的なツールを使う——その子に合った方法を見つけることが、何より大事です。
そして、その子にとっての「勉強する時期」がいつか訪れた時、思いきり学べる環境を、周りの大人が一緒に守ってあげてほしいと思っています。
