「水瓶座の月の夜に」
あなたのところへやってくるひとはみんな、贈り物を受けとりにくるのだ。
宇宙を生きる 自分を生きる
ニール・ドナルド・ウォルシュ
神との対話2に書いてあった一行。
その前に書いてあったこの文章も好きです。
相手にとって、贈り物でありなさい。
〜略〜
誰かが思いがけなくあなたの人生にかかわってきたら、そのひとはどんな贈り物を受けとりにやってきたのだろうと考えなさい。
私は、自営の店では特に、この方は何を受け取りに来てくださったのか、人によって違う、得たいもののニーズに心の目を澄ませ、向けています。
そして、喜んでいただけた時、金銭だけではない報酬を、私は受け取っていることになるのでしょう。
皆、受け取りあっている。
家族であっても、差し出しているようで、交換に何かを受け取っている。
ーー今朝、私はこんな象徴的な夢を見ました。
なにかフェスティバル的イベントをやっている大勢の人の中、数人の友人と歩いている。
橋に差し掛かった。
ひとりで「わー」と言いながら、人しか通らない横2mくらいの通ったことのない橋をどんどん一人で進む。
鳩がたくさん飛んでいる。
(テレビで見るような天高くブワーッと飛ぶのではなく、その辺をランダムに、フワフワと羽を落としながら)
私はスマホで撮影したりして歩く。
下にはフンが落ちていたり、羽根が落ちていたりするけど、汚い感じではなく、
たくさんの人が橋の上にいて、
私は渡り切る。
その頃、やっと向こうから友人たちが追いついてくる。
その時気がつく。
「私、バッグ持ってない、何も持ってない。」
いつの間にか、スマホも、持ち物もなく、手ぶら。
両手を見る。
友人に聞く。
「知らない?見なかった?」
大切なものが全部入っているので、焦って探しに戻る。
あちこち探すけど、出てこない。
カードを止めなくては。
友人に手分けして、銀行やクレジットカードの会社の電話番号を検索してもらう。
何を入れてたっけ?
全部はすぐに思い出せない。
あぁ、わたしは何もかもなくした。困った。
こんなに人がいたんじゃ、出てこないんじゃないか?
置いてあることを期待したけど、見つからない。
ーーそんな感じで目が覚めました。
私は何も無くしてなかった。
全てはここにある。
夢だった。
ほっとした。
そういえば、時々こんな夢を見るけど、いつも夢で良かったと思う。
大事なものは全て自分の中にある。
それを、改めて確認した朝でした。
外に何かを求めても、青い鳥はここにいる。
今、ここ、自分。
浮かれて上ばかり見てキョロキョロして写真撮って、海外旅行に行ってスリに合う日本人。
先日ヨーロッパに行く前に、嫌というほど言い聞かされたのを思い出しました。
地に足をつけろ的な教訓に思えました。
だけど、それだけではない気もします。
世界を見に行く。
人を観察する。
知らない橋を渡る。
面白いものを撮る。
旅行する。
新しいことをする。
全部やっていい。
でも、
自分の大切なものがどこにあるのかだけは忘れない。
今日、神との対話という本の、このページを読むことが、ちょうど良いタイミングに思えました。
さらに、この一節が心に響きます。
言い換えれば、ほんとうの自分自身を知るには、何がほんとうの自分ではないかを知るほかない。
逆説からの自分の再確認。
外に惑わされず、何が自分に残るのか、自分の存在の純粋さ、エゴからの解放、そうしたら、どう行動するのか。
自分の中から湧き出るやりたいことをやる時、外的なことは何も求めないでやれたら良いと思う。
例えば、noteを書くことだけを見ても、この文章を読みに来てくれる人に受け取ってもらえるものは何か?
それだけを考えて書くとか。
いや、そんなおこがましいことではなく、楽しんで、書きたいから書いています。愛の波動で書けたら良いな。
noteに限らず、壮大なことを言うと、
何事にも謙虚に向き合うことから地球の平和は始まる。
(壮大すぎる…)
「すべてを与え、何も求めないこと。」
本にはそんなことも書いてありました。
それは、原始的な考えから、成熟した考えに変化すること。
やっぱり、こんなことを考えるなんて水瓶座の月だな。
そして、差し出して共有するのは8ハウス的。
そんなことを思ったさっきだったけど、また月が変われば、この思いも変化するのでしょう。
それでも、また月は水瓶座に巡ってくるし、その時には、また愛と平和について考えるのかもしれない。
時々エッセイを書いています。
🌿ここだけのよしなしごと。
最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。
ぶらり一服、あなたの心地よいタイミングで、いつでもまた立ち寄ってください🍵
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