【真宗坊主が聖天さまに参るまで】
南無阿弥陀仏では倒産から救われない?
私がまだ子どもだった頃のことです。
ある修験道の行者のお爺さんが、私を見て言いました。
「この子は見どころがある。育てて行者にしたらよい」
普通なら、聞き流して終わる話です。
ところが、私の両親は馬鹿正直に信じてしまいました。
その日から私は、真言を唱え、印を結び、お経を唱える子どもになりました。
もっとも、私には輝かしい神童伝説などありません。
道路へ飛び出して車に轢かれる。
扁桃腺を腫らして入院する。
挙げ句の果てには、加持祈祷の真似事をしてボヤを起こす。
消防車が到着する前に、近所の皆さんがバケツリレーで消し止めてくださいました。
いま考えると、笑い話では済みません。
両親も、
「この子を何とかしなければならない」
と、私の将来に強い危惧を抱いていたのでしょう(笑)。
そんな事情もあって、私は子どもの頃から真言とお経に親しむことになりました。
師僧は早々に遷化されましたが、教えられたとおり、慈救呪や虚空蔵菩薩真言を唱え続けました。
そして、ついには百万遍を満願。
今から思えば、かなり異端な子ども時代です。
せっかくここまでやったのだから、何らかの法力でも身につけなければ元が取れない。
そんな世俗的で下世話な欲にも、すっかり魅入られていました。
悟りより先に、
「元を取りたい」
と思っていたのですから、救いようがありません(笑)。
しかし、遷化された師僧も、なかなか凄い方でした。
「坊主は還暦からが稼ぎどきじゃ」
はあ?
金儲けのために修行しとるんかい!
思わずツッコミを入れたくなります。
宗派について尋ねると、
「宗派なんざあ、道標じゃ。選り好みや好き嫌いなどせず、真似たらええ」
「それでは、行を行うのですか?」
そう聞くと、
「おまんさーが、行ぜるわけがなかろう。真似たらええ」
本当に身も蓋もありません(笑)。
それでも、私にはお寺の住職になろうという気持ちはありませんでした。
もちろん、坊主になってお金を稼ごうとも思っていません。
私の目的は、ただ一つ。
悟りを開くことでした。
しかし、
しかし、
あれから三十年。
悟りを開くこともなく、正覚を得ることもなく、ただ迷い続けました。
その迷いの先で出会ったのが、
『臨濟録』
でした。
なーんだ。
そうだったのか。
そこで初めて、我に立ち返ったような気がしました。
ところが、それからさらに十年。
新たな疑問が湧いてきます。
人は、死んだら一体どうなるのか?
自力から自覚へ。
そして、
自覚から他力へ。
阿弥陀さまが救ってくださる。
遠い未来の話ではありません。
善人になってからでもありません。
修行を成し遂げてからでもありません。
たったいま、このままの私を救ってくださる。
そう気づき、私は他力本願へ全力で転派したのです。
これで安心だ。
もう大丈夫だ。
そう思っていた矢先――
経営する整骨院が、倒産寸前の危機に陥りました。
阿弥陀さまは、このままの私を救ってくださる。
しかし、それは私の会社の資金繰りを保証してくださる、という意味ではありません。
念仏を称えれば、銀行口座の残高が増えるわけでもない。
社会保険料の支払いが消えるわけでもない。
借入金が帳消しになるわけでもない。
宗教的には救われている。
しかし、会社は救われていない。
南無阿弥陀仏だけでは、倒産の危機はなくならない。
どうする、俺。
ここから、真宗坊主である私が、待乳山聖天さまへ月に何度も参るようになる物語が始まります。
