鮭一匹をまるごと食べる祖母とわたし|長谷川あかりさんのエッセイ『タコ セロリ アボカド』を読んで
だいすきな料理研究家・長谷川あかりさんのエッセイを読んで、祖母がつくる「鮭のいずし(飯寿司)」が強烈に食べたくなった。
本の後半にある『塩分過多』という節のなかで、幼い頃に「福神漬け」と「熱いほうじ茶」を合わせていた話が出てくる。
この黄金コンビが、北海道で生まれ育った私にとって「鮭のいずし」と「熱い緑茶」だった。
鮭のいずし(飯寿司)とは、生の鮭とキャベツ・ニンジンなどの野菜を米麹で漬けた発酵食品のことだ。冷蔵庫は使わず、「そろそろ冬が来るぞ」というタイミングで漬けて寒い廊下で1か月以上発酵させる。
鮭の代わりにハタハタやニシンを使ったバージョンもある。祖母もさまざまな種類のいずしを作っていたが、私があまりにも鮭のいずしばかりバクバク食べるので、鮭だけはワンシーズンもたず、追加で漬けるはめになっていた。
鮭のいずしは、食レポが難しい。
発酵した鮭は、生でも、スモークサーモンのような食感でもない独特な食感をしている。しいて言うならば、食べ物の表現としてふさわしくない気がするが「ねちっと感」がある。
祖母のいずしにはキャベツ・大根・にんじん・ショウガが入っているのだが、この「ねちっと」した鮭と、歯ごたえのある酸っぱい大根が最高に合う。
発酵の力で旨味が詰まっているので、そのまま食べても十分に美味しい。さらにワサビや醤油をつけると、味が締まって旨味が増す。
もちろんご飯にも合うが、我が家では夕食後に「鮭のいずし」と「熱い緑茶」を合わせるのが定番だった。まるで食後のデザートのような鮭のいずしタイムまでが、夕食だった。
私が上京してからも、祖母から「何か食べたいものはないか」と電話が来ると「鮭のいずし」と答えていた。祖母は「そんなもんでいいのか」「まだ浸かりきってないよ」と言いながら、喜んでいずしを送ってきてくれた。
数年前、母から「おばあちゃんが〇〇(私)のためにいずしを作りたいというけれど、力もなくなってきて難しい」という話をされた。
いずしを作るのは、大変な作業だ。
母もいずしが好きだが、私ほどではない。
このときはじめて「私がおばあちゃんのいずしを継がなければ!」と思った。
🐟🐟🐟
コロナ禍も落ち着いた頃、料理好きの夫を連れて、久しぶりに北海道に帰った。米寿を迎えた祖母は細く小さくなっていたが、元気にいずし作りを教えてくれた。
まずは、新巻鮭(アラマキジャケ)を一匹用意するところからはじまる。新巻鮭とは、内臓を取り除いて塩漬けにして冷凍した鮭のことを指す。

魚を捌くのが好きな夫は「鮭1匹を捌く機会なんて滅多にない」と喜んでいた。

次に、ウロコをとる。鮭のウロコは大きくて取りにくいので、包丁の背でも、ペットボトルのキャップでもなく、包丁の切る面でゴシゴシとむく。


いよいよ捌いていくのだが、夫も私も集中しすぎて写真がなかった。
頭を落とし、ハラスをとり、アジのように3枚おろしにし、一口大のそぎ切りにしていく。スーッとは切れず、なかなか難しい。

同じ厚みで斜めに切っていく必要があるのだが、私も夫も切り方にブレがあり、祖母の指導がはいる。せっかちな祖母が半分くらいやった気もする。

これで、鮭の準備は完了。いよいよ漬け込んでいく。
まずは消毒用のお酒を、漬け込む桶の内部にペッペッと打ちつける。打ち水ならぬ、打ち酒。ガーゼとかに染みこませて拭いた方が良い気もする。
ここに、祖母がつくった米こうじ、先述した野菜(大根とにんじんは、切ってから1時間ほど塩水につけて、水を切っておく)、酢、酒をいれていく。
桶の下から順に、キャベツ・米こうじ・鮭・大根&人参&生姜をいれることを、数回繰り返す。合間に消毒液として酒や酢をまたペッペッと打ちつける。





この詰めていく工程が、出来栄えを左右するらしい。なるべくフラットに、空気を入れず、ぎっちりと詰めていくことで、まんべんなく漬かった美味しいいずしができる。


大根の切り方は、祖母の気分次第だ。
短冊切りまではいかない太目の細切りの年といちょう切りの年があるが、私は「太目の細切り」が一番好きで、大根だけを狙って食べる日もあった。
しかしこの切り方にはトラップもある。今でこそ大好きだが、当時苦手だったショウガの細切りを大根と勘違いして食べてしまい、「辛いーーー!」と騒いだことが何度もあったことを思い出した。


蓋をのせ、この日はこれで終了。
翌日から10日間ほどは、材料と同じ重さの重石(つけもの石)を載せ、以降はさらに3倍くらいの重さの重石を載せ、ギュギュと漬けていく。
北海道の冬の廊下は、凍らないけど冷蔵庫より寒いかも?くらいの気温。そこで漬けていき、大体1か月ほどで食べごろになる。この塩梅をみていくのが1番難しそうなのだが、長くは滞在できないので、お任せするしかない。
今日漬けた分はまだ食べられないが、実はこの日はいずしを作りはじめるにはちょっと遅い2月で、祖母が予め漬けておいたいずしを食べることができた。

寿司は道民おなじみのトリトンです
余った分は包んでもらい、持ち帰って食べた。
昼も夜もおやつでも、温かい緑茶とともに、いつでもいける。
ちなみに切り落とした鮭の頭は、焼いて食べる。私は当時好きな食べ物を聞かれたら「鮭の頭!」と答えるほど大好きで、一人っ子なのをいいことに、余った頭の9割を自分のものにしていた。
表現が苦手な人もいるだろうから詳細は書かないが、鮭の頭は部位によって味や食感が変わるため、オトクだと思っていた。
祖母はいくらを漬けるためにも、鮭を一匹買ってくる。
筋子を取り出し、いくらをつぶさないよう筋をとり、酒や醤油で家族それぞれ自分好みのいくらを作った記憶もある。
昔の人はものを無駄にしないというが、祖母は鮭を無駄にしなかった。家にいくと、ストーブの上ではいつも鮭の皮や骨が焼かれていた。私にとっての「おばあちゃん家の香り」は鮭の匂いだった。
そんな祖母は、今年の春から入院している。
帰省して会いに行くと、日によって、私のことが分かったり、分からなかったりといった具合だ。
あの頃よりさらに一回り細くなった祖母を前にすると「大丈夫?」「ごはんたべた?」といった当たり障りのない声かけばかりをしてしまう。
次に会うときは、祖母のいずしの話をしようと思う。
