ショートストーリー 『アカイテン』
昼間。七十八歳の井川忠雄は、
縁側でお茶を飲んでくつろいでいた。
今は腰も曲がり、杖なしでは長く歩けない。
その時、携帯電話が鳴った。
『おじいちゃん……俺……』
震えた声。
忠雄の手が止まる。
「拓也か?」
『事故、起こしちゃって……』
遠くでサイレンの音。
『相手の人、骨折してて……今日中に示談金が必要なんだ……』
忠雄は立ち上がろうとして、湯呑みを倒した。
「お前、怪我は」
『俺は平気……ごめん、おじいちゃん……』
そこで声が変わる。
『お電話代わりました、弁護士の三田と申します』
『このままですと刑事事件になる可能性もありまして』
『本日中に百万円ご用意いただければ、示談で収まるかと』
忠雄は黙って聞いている。
『〇〇公園に来てください。そこでお金を受け取ります』
「分かりました……孫をお願いします」
***
1時間後。
公園にスーツ姿の若い男が現れた。
「お孫さん、心配ですね」
忠雄は震える手で、
百万円の入った包み紙を差し出す。
「あの子は、
たった一人の孫なんです……」
受け子は笑いを堪えながら包みを受け取った。
「百万円確かに、大丈夫もう心配ありません」
男は去っていく。
忠雄は曲がった腰のまま、その背中を見送った。
***
やがて家へ戻る。
玄関を閉める。
忠雄の顔から表情が消えた。
仏壇の横。
GPS受信機。
小さな赤い点が、ゆっくり動いている。
百万円の入った包み紙にGPSを入れていた。
忠雄は携帯電話を押した。
短い呼び出し音。
『……はい』
しゃがれた男の声。
忠雄は静かに言った。
「わしじゃが、
まだあの借りはあるかね?……島崎准尉」
忠雄は赤い点を見つめたまま言う。
「孫を使たバカ者がいての」
電話の向こうで、小さく息を呑む音。
『井川忠雄 元大尉ですか』
『困ったな……見つかれば、私のクビだけじゃ済まないですよ』
忠雄は短く答えた。
「すまん。例のは、一発でいい」
やがて、島崎准尉が言う。
『分かりました例のものは何とかお持ちします』
***
夜。
古い工場の一室から詐欺師の笑い声。
「マジでチョロいな、あのジジイ」
「もっと値をあげればよかった」
古い工場の前で
軽トラックが止まる。
忠雄は荷台のシートをめくる。
そこにあったのは、
ロケットランチャーのケースだった。
開けるとカールグスタフ84mm無反動砲が
姿を見せる
忠雄はそれを肩に担ぐと
古い工場の窓の明かりに向けた。
詐欺師たちの笑い声。
忠雄の腰は不思議と曲がっていなかった。
「孫を使うな」
窓の横のガスボンベに標準を合わせると、
迷いなくトリガーを引いた。
「元自衛隊のジジイを舐めるな」
ドーンとすさまじい音と共に古い工場の一室が吹っ飛んだ。
閃光と煙の上がる空を見上げる。
忠雄はゆっくりとロケットランチャーを下ろし、
荷台のケースに戻した。
軽トラックのエンジンをかける。
一度だけバックミラーを見て、何も言わずに発進する。
煙はまだ夜空に残っていた。
***
翌朝。
テレビのニュースが淡々と映っていた。
『昨夜、〇〇市の工場で大規模なガス爆発が発生しました』
画面には、黒く焼けた建物と、立ち上る煙。
『警察と消防が出動し、現在も現場検証が続いています』
井川忠雄は縁側に座っていた。
湯呑みに手を伸ばす。
一度だけ止まり、それから静かに飲んだ。
テレビでは現場の映像が続いている。
携帯電話が鳴った。
忠雄は出ない。
ただ庭を見ていた。
湯呑みの中で、茶柱が静かに立っていた。
あとがき
最初は特にストーリーを決めていたわけではなく、
迷惑電話がよくかかってくるな、
という日常の実感から始まりました。
そこに「腰の曲がったジジイがロケットランチャーを
ぶっ放したらどうなるんだろう」という映像が浮かび、
そこを起点に少しずつ話を広げていった形です。
アカイテンという言葉は、詐欺の危うさ、GPSの位置、照準の一点など、
いくつかの“点”のイメージを重ねたものです。
気づけば、ひとつの物語になっていました。
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