【徒然日記】仲間になりたそうな目でこちらを見ている
今日は、「仲良くなること」についてのお話。
私は、ませた?子どもだったので、姉から「あんた、仙人みたいだよね」と言われているような子どもでした。
そんな私は、昔から、「年齢や性別に関係なく、どんな人とも仲良くなれる可能性がある」と、どこかで信じていました。
「可能性がある」という意味では、今でもそれは正しいと思っています。
ただ、年齢を重ね、いろいろな役回りを経験し、多くの人と出逢ってきたことで、「可能性はあるけれど、なかなかハードルも高いんだよね」という気持ちになっていることも、また事実なわけで。
最近は、一回りくらい年齢の離れた人同士の結婚なんてものも、珍しくなくなってきたように思います。
そして、これは結婚に限らずなのですが、回り回って、むしろ二世代くらい離れていたほうが、妙に通じ合えるような感覚があることもしばしば。
さて。
私は、気の合う友人を増やしたいという欲が、定期的に訪れます。
転勤した先や、住んだ町の中で、誰かをつくっては移動する。
ただの寂しがり屋かもしれませんが(笑)
その時間や、その場所を共有してきた仲間というのは、人生の中で、完全に自分と気が合っていたわけではなくても、修羅場を一緒に乗り越えることがあります。
それはそれで、辛かったけれど大切な時間でした。
同じ場所にいて、同じものを見て、同じように悩んで。
ときには、「なんでこの人と一緒にやらなきゃならんのだ(笑)」なんて思いながらも、気がつけば背中を預けていたりする。
そういう関係も、確かに「仲間」なんですよね。
でも。
最近は、少しずつ、「もう、その段階ではないかな」という気もしているんです。
今は、気の合う仲間と、ゆっくり過ごす。
何か大きなことを成し遂げるでもなく。
一緒に修羅場をくぐるでもなく。
ただ、同じ場所にいて、くだらない話をして、笑って。
それぞれが、それぞれのことをしながら、同じ時間を楽しむ。
そういう時間に、少しずつシフトしているような気がします。
え?
まだ早い?(笑)
なんというか、昔から私は、同年代の人より10~15年くらい先を生きた人の感覚で生きてきたような気がしているんです(笑)
そりゃ、姉から仙人と言われますわ…。
でも、困ったことに。
仙人、経験値不足のまま仙人になってしまったんですよ。
なので、自分が当事者として何かに対峙しようとすると、
まごまご。
どきどき。
しております(笑)
頭では分かっている。
なんとなく達観している。
……はずなのに、いざ自分のことになると、全然うまくいかない。
まあ、そんなものなのでしょう。
さて、それはさておき。
以前にもお話したことがありますが、私は、社交辞令をあまりしません。
「会いたい人には会いにいく」と本気で思っています。
たぶん私は、初対面の方に対しても、「仲間になりたそうな目」で見ていたり、「僕は悪いスライムじゃないよ!」という雰囲気を醸していたりすると思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
私は、いつでもそういう目で、皆さんのほうを見ていますよ……!!(きらきら)
年齢も、立場も、これまで歩いてきた道も関係なく。
それでも、「この人とは話してみたい」と思うところから、何かが始まることはある。
そんな小さな可能性くらいは、仙人になった今でも、まだ信じていたいのです。
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