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レモン味の炭酸水

僕は付き合ったことがない。

気になる女の子を遠くから見つめるだけの、ごく普通の高校生男子だ。

放課後になると、よく海へ行く。

特に理由はない。

波の音を聞いていると落ち着くし、家に帰るには少し早い気がするからだ。

その日も海沿いの堤防に腰掛けていた。

手にはコンビニで買ったレモン味の炭酸水。

「初恋はレモンの味」

そんな言葉をどこかで聞いて、なんとなく買ってしまった。

プシュッ。

炭酸の音が響く。

自転車のカゴで揺れたせいか、あふれた炭酸水で手が少し濡れた。

一口飲む。

ほんのりレモンの味。

言われないとわからないかも。

炭酸は強め。

「……あー、なにしてんだろ」

ただ、海を眺めていた。

「あ、伊藤くんじゃん」

突然、後ろから声がした。

振り向く。

そこにいたのは結城さんだった。

「な、なんでここに?」

「それ、こっちのセリフじゃない?」

結城さんは笑った。

夕方の光を受けた髪が茶色く見える。

それだけで、なぜか目をそらしたくなった。

「一人?」

「う、うん」

「何してるの?」

「別に……」

自分でも情けない答えだと思う。

もっと気の利いたことを言えないのか。

でも結城さんは気にした様子もなく、

「ふーん」

と言って僕の隣に座った。

距離が近い。

近すぎる。

ふわっと香る彼女のにおいに戸惑う。

言葉が出てこない。

「それ、美味しい?」

「え? ああ、まあ……普通」

「じゃあ」

結城さんは手を伸ばした。

「一口もーらい」

「ちょっ」

止める間もなかった。

結城さんは僕の炭酸水を口に運び、ごくりと飲んだ。

そして何事もなかったように返してくる。

「うん、美味しい」

息がうまくできない。

「ごちそうさま」

そう言って笑う。

僕はたぶん、まともな顔ができていなかったと思う。

「じゃあまたね」

結城さんは手を振りながら歩いていく。

僕は何も言えず、その背中を見送った。

やがて小さくなって、見えなくなる。

海風だけが残った。

しばらくして、ようやく息を吐く。

手の中には、さっきまで結城さんが持っていたペットボトル。

ペットボトルを見つめながら、

「もともと僕のものだ」

誰もいない海に向かって、言い訳をするようにつぶやく。

そしてそっと口をつけた。

ゴクッ。

不思議だ。

炭酸は相変わらず強いままなのに、胸の奥はもっと騒がしい。

初恋はレモンの味。

その言葉が本当かどうかは知らない。

でも今なら少しだけわかる気がした。

だって、

今の僕には、

ちゃんとレモンの味がしたから。



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