一週間で辞めます。 地方スナック編・恋愛相談員
第6話 地方スナック編・恋愛相談員

今回の職場は、地方のスナック。働こうと思った理由は、ひとつ。金がない。店の前に貼ってあった、「体験入店歓迎」。電話してみた。「今日来れる?」と聞かれ、「行けます」と答えた。その日の夜から働くことになった。
面接のとき、一応聞いてみた。「常連さん、静かですか?」。ママが笑って答えた。「うちは静かよ」。静かではなかった。
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初日。
名前を聞く暇がなかった。だから、三日で勝手にあだ名をつけた。
会うなり、本人より先に恋愛事情を言い当ててくるおばちゃんがいた。彼女は「先物」。まだ起きていないことを、先に取引してくるから。おばちゃんが言う。「あら、新しい子。彼氏おる?」「いないです」と答えると、「そう」。少し考えて、「じゃあ、あの人がいいわ。でも、まだ離婚してないか」「まだ本人たちは知らんけどね」。本人たちより先に知っている。
隣にいたもう一人のおばちゃんは、どんな不吉な予言のあとも必ず同じ台詞で締める。「男運ないね。でも大丈夫」。彼女は、「でも大丈夫」になった。
奥の席の男が、まのだにやたら距離を詰めてくる。「若いのに、可愛いね。今度二人で飲みに行こうよ」。毎回誘ってくる。毎回、断る前に用事を思い出す。うっとうしいけど、慣れた。
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二日目。
嫁とケンカした男が来た。「まのだちゃん、ちょっと相談がある」「はい」「嫁と三日口きいてない」。まのだが答えた。「……お花とか?」。男が立ち上がった。「それだ!」。そのまま帰った。彼は、この日から「花のおじさん」になった。
先物が言った。「あの人、昨日もケンカしたって言いよったよ」。でも大丈夫が付け加えた。「先月も同じやったね。でも大丈夫」。大丈夫の根拠は、誰も聞いていない。
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三日目。
花のおじさんが来た。「花、効いた!次どうすればいい?」。まのだが答える。「……手紙とか」「それだ!」。また帰った。彼は今日から、「手紙のおじさん」になった。同じ人なのに、呼び名が変わっていく。
初日の男がまた来て、カウンターに身を寄せた。「今日は奥さん来んから、二人で飲もうよ」。まのだが答える前に、でも大丈夫が男の隣にどすんと座った。「私も混ぜて。若い子には興味ないふりして、実は詳しいのよ、私」。男が微妙な顔で離れていった。
でも大丈夫がまのだにだけ聞こえる声で言った。「あの手のは、黙って隣に座るのが一番効くのよ」。まのだは「ありがとうございます」と返した。自分で断れなかったことに、少し悔しさもあった。
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四日目。
手紙のおじさんが来る前に、先物が先に言った。「今日、また相談来るわよ」。本人より先に、相談の予約が入っていた。
初日の男が三度目、また誘ってきた。「今度こそ、二人で行こうよ」。先物が、話を遮るように割って入った。「あんた、それ奥さんに言うたら今度こそ本当に離婚よ」。男が言い返す。「冗談やろ」「冗談で先に離婚した人、何人も見た」。男は口を閉じた。
まのだは今度は、自分でも言ってみた。「私も、行きません」。初めて、自分の言葉で断れた。
でも大丈夫が、まのだの顔を見て言った。「あんた、今日は少し疲れとるね。でも大丈夫」。まのだが答える。「はい、疲れてます」「でも大丈夫」。根拠のない安心感だけが、店に満ちていた。
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五日目。
手紙のおじさんが来た。「手紙も効いた!次は?」。まだ家に帰ってないのか。まのだが答える。「……ケーキとか」「それだ!」。彼は今日から、「ケーキのおじさん」になった。同じ人なのに、呼び名が三回変わっている。
ママが言った。「まのださん、最近人気ね。今日も相談、二件入ってるよ」。まのだが聞き返す。「入ってる?」。予約制になっていた。聞いてない。
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六日目。
店に入る。ケーキのおじさん。先物。でも大丈夫。全員いた。
ケーキのおじさんが言った。「嫁と仲直りした!今度、弟の相談も頼む」。先物が言った。「その弟、実はもう彼女おるよ」。もう知っている。でも大丈夫が言った。「弟さん、金遣い荒いらしいね。でも大丈夫」。大丈夫の理由は、今日も語られなかった。
初日の男は、今日は誘ってこなかった。離れた席から、ただ見ていた。先物が、男の視線に気づいて言った。「今日はもう諦めたみたいね」。まのだが答える。「そうなんですね」。少し、ほっとした。
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七日目。
カウンターに座ると、見たことのない男性が来た。「恋愛相談の人って、あなたですか?」。肩書きができていた。まのだが答える。「違います」。男が続けた。「先物さんから聞きました」。先物を見る。目をそらされた。
みつはが店に入ってきた。「先輩!恋愛相談で有名になってますよ」。まのだが聞く。「どこで」「この辺で」。範囲が広がっていた。みつはが聞いた。「先輩って、恋愛経験豊富なんですか?」。まのだが答える。「ない」「え?」「ほぼない」。みつはが黙った。ケーキのおじさんも黙った。でも大丈夫だけ、「知っとったよ。でも大丈夫」と言った。大丈夫の意味は、最後まで分からなかった。
求人アプリを開いた。みつはが覗き込む。「先輩、辞めるんですか?」「うん」「なんでですか?」
考えた。恋愛経験は、ほぼない。資格もない。勉強したこともない。なのに、来週の相談予約が三件入っている。
退職理由:恋愛経験ゼロなのに、予約が埋まり始めた。
