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アンルーヘな天候と神の手

【#BJ1_THE_MIRACLE_WORKER――Human Bug Report】
人間というプログラムは、ときどき自分では修正できないエラーを吐く。

月曜から憂鬱だ。

私は気候の変化に弱い。
忙しさと重なると、こういう時に群発頭痛が発生する。
そろそろペインクリニックで星状神経節ブロック注射を打ってもらわなければならない。

「自殺頭痛」。

そう呼ばれるほど痛い。
そろそろ始まりそうである。
長年、患っている。
分かるのである。

星状神経節ブロック(SGB)は、首の付け根に針を刺す治療だ。
初めて受けた日、医師は笑いながら言った。

「この辺り、太い血管のすぐ横なんだよね。血管を傷つけると、10秒くらいで死んじゃう。」

笑っていた。
実際、リスクは低いのだろう。
しかし、特殊な機械を使わないで処置できる医者は少ないらしい。

笑い話だったのだろう。
患者としては、冗談にならない。
当時、笑える器では無かった。
今よりも人間が小さかった。

私は二十年以上、その医師に自分の首を預けている。

不思議なものだ。

人は、命を預ける相手には、いつしか「失敗しない人」であってほしいと思う。
だから痛みが治らないと医者を責める。

そして、心のどこかで思う。

──ブラック・ジャックみたいな医者が、本当にいてくれたら。


ブラックジャック。
言わずと知れた手塚治虫の代表作である。

子どもの頃は、ブラック・ジャックを正義のヒーローだと思っていた。
だが大人になって読み返すと、まったく違う。

彼は奇跡を売る医者ではない。
命に値札を付ける男だ。

大富豪には何十億円もの治療費を請求し、貧しい子どもからはラーメン一杯で手術を引き受ける。
私ならチロルチョコであって欲しい。

金額が違うのではない。

彼が見ているのは、その人が「どれだけ生きたいと思っているか」なのだ。
だからブラック・ジャックは、患者を治しているようでいて、実は患者自身を試している。

■ 現実の医療は、「確率」

首のすぐ横には、大きな血管がある。
数ミリずれれば取り返しがつかない。
医師は、その境界線を毎日歩いている。

二十年間、事故がなかったのは奇跡ではない。

経験と技術を積み重ね、失敗する確率を極限まで下げ続けてきた結果だ。

私たちは医療に奇跡を期待する。
しかし医療が相手にしているのは、いつだって「経験と確率」なのである。

■ ブラック・ジャックが絶望したもの

作中でブラック・ジャックが本当に絶望するのは、手術の失敗ではない。
命を救った患者が、その直後に事故や戦争で命を落とした時だ。

どれほど腕があっても、寿命までは縫い合わせられない。

医療は死を消す技術ではない。
死を少しだけ遠ざける技術だ。

その現実を、誰よりも知っていたのがブラック・ジャックだった。

私の群発頭痛も同じである。

注射は効く。
だが治るわけではない。
痛みは、また戻ってくる。

医療とは、人生というプログラムに現れ続けるエラーへ、その都度パッチを当て続ける営みなのだ。

■ 私たちは、本当は「神」が欲しい

予約を待たなくていい。
保険証もいらない。
どんな病気でも治してくれる。
そんな存在がいたら、人は迷わず頼るだろう。

だが、もしブラック・ジャックが本当に目の前へ現れたら。
彼はきっと、お金ではなく問いを投げる。

「この治療には1億円必要だ。あなたは、本当に生きたいのか。」

その問いに答える覚悟がある人は、どれだけいるのだろう。

■猫は痛みを隠す

具合が悪くなると、静かな場所へ行き、丸くなってじっと耐える。

誰かを責めない。
世界を恨まない。

ただ、自分の命と向き合っている。

まったく、アッチョンプリケな生き物である。

【デバッガー所感】

「血管を傷つけると、10秒で死んじゃう。」
あれは脅しでも冗談でもなかった。

毎日その恐怖の上で仕事をしている人間だけが言える。
静かな本音だったのだと思う。
実際は、それ程の危険はないと言う。
しかし、リスクがゼロという訳ではない。
失敗は医療ミスだ。

ブラック・ジャックはいない。

だから私たちは、不完全な医療の中で、不完全な医師を信じるしかない。

その「信じる」という行為。

現代医療で最後に残された、いちばん人間らしい奇跡なのかもしれない。