老子 道徳経 — 名づける前の道
道は、言葉にした瞬間、
もう少し遠ざかる。
名づける前に、
世界はすでに始まっている。
『道徳経』のはじまりは、
とても静かで、
とても深い。
ここで語られる「道」は、
一つの教えや決まりではない。
すべてのものが生まれる前からあり、
名前をつけると、
もうその一部しかつかめなくなる。
老子は、
力で押すのではなく、
欲を減らし、
空っぽを守り、
水のように低いところへ向かう生き方を語っていく。
それは弱さではない。
むしろ、
争わないことで失われない強さである。

一
言葉で語れる道は、
いつまでも変わらない道ではない。
名づけられる名は、
いつまでも変わらない名ではない。
名のないところから、
天地は始まる。
名のあるところから、
万物は生まれる。
だから、
いつも欲を離れていれば、
その奥深い妙(みょう)を見る。
いつも欲を持っていれば、
その外側にあらわれた境目を見る。
この二つは、
同じところから出ている。
けれど、
名づければ別のものになる。
その同じ根を玄(げん)という。
玄のまた玄。
そこが、
あらゆる不思議の門である。
プチ解説
道(どう)
老子の中心となる語。言葉では決めきれない、万物の根本となる働きを指す。
名(な)
物につける名前や区別のこと。名づけることで、世界は分けられて見える。
天地(てんち)
天と地。ここでは世界全体の始まりを表す。
万物(ばんぶつ)
この世にあるすべてのもの。
妙(みょう)
言葉では言い尽くせない、奥深い不思議な働き。
玄(げん)
奥深く、はっきりつかめないものを指す語。
二
天下の人がみな、
美しいものを美しいと知る。
すると、
醜いものが生まれる。
みながよいものをよいと知る。
すると、
よくないものが生まれる。
だから、
有と無は互いに生まれ、
難しいことと易しいことは互いに成り立ち、
長いものと短いものは互いに比べられ、
高いものと低いものは互いに傾き合い、
音と声は互いに響き合い、
前と後ろは互いに続いていく。
そのため聖人は、
無為のあり方で物事に向かい、
言葉に頼らない教えを示す。
万物が起こっても、
それを拒まない。
生み出しても、
自分のものにしない。
働いても、
その働きを誇らない。
功を成しても、
そこにとどまらない。
ただとどまらないからこそ、
その功は失われない。
プチ解説
天下(てんか)
世の中全体。ここでは人々の暮らす世界を指す。
有と無(ゆうとむ)
あるものと、ないもの。老子では、互いに切り離せない関係として語られる。
聖人(せいじん)
道にかなって生き、世を治める理想の人。
無為(むい)
何もしないという意味ではなく、余計な作為で押し曲げないあり方。
三
賢い者を特別に尊ばなければ、
民は争わない。
得がたい宝を貴ばなければ、
民は盗みをしない。
欲を起こさせるものを見せなければ、
民の心は乱れない。
だから聖人が治めるときは、
民の心を空にし、
腹を満たし、
志を弱め、
骨を強くする。
いつも民を、
余計な知をひけらかさず、
欲に振り回されないようにさせる。
知恵ある者にも、
あえて余計なことをさせない。
無為を行えば、
治まらないものはない。
プチ解説
民(たみ)
国に暮らす一般の人々。
心を空にし、腹を満たす
余計な欲や考えを減らし、まず生きるための土台を満たすという意味。
志を弱め、骨を強くする
欲望や野心をやわらげ、からだと暮らしの根本をしっかりさせるという表現。
四
道は空っぽの器のようであり、
どれだけ用いても、
満ちきることがない。
深い。
まるで万物の祖のようである。
鋭さをやわらげ、
もつれをほどき、
光を和らげ、
塵と同じところにいる。
静かに澄んで、
何かがそこに残っているように見える。
私はそれが、
誰の子なのか知らない。
天帝(てんてい)よりも前から、
すでにあったように見える。
プチ解説
万物の祖(ばんぶつのそ)
すべてのものが生まれる根源という意味。
塵(ちり)
世俗や日常の細かなもののたとえ。高みに離れず、低いところに同じくすることを表す。
天帝(てんてい)
天を支配する神のような存在。ここでは、道がそれよりも古いものとして語られる。
五
天地は仁にこだわらない。
万物を、
祭りに使う草の犬のように扱う。
聖人も仁にこだわらない。
百姓を、
祭りに使う草の犬のように扱う。
天地のあいだは、
まるで鞴(ふいご)のようではないか。
空でありながら、
尽きることがない。
動けば動くほど、
さらに出てくる。
言葉が多ければ、
すぐに行き詰まる。
それよりも、
中を守るほうがよい。
プチ解説
仁(じん)
人を思いやる徳。ここでは、人間的な情けにこだわらない大きな働きとして語られる。
芻狗(すうく)
祭りに使う草で作った犬。用が済めば執着されないもののたとえ。
百姓(ひゃくせい)
ここでは一般の人々を指す。
鞴(ふいご)
火を強めるために風を送る道具。空であるほど働くもののたとえ。
中を守る
言葉や外の動きに流されず、内側の静かな中心を保つこと。
六
谷の神は死なない。
これを玄牝(げんぴん)という。
玄牝の門。
これを天地の根という。
細く長く続いて、
そこにあるようである。
用いても、
使い尽くされることはない。
プチ解説
谷の神(たにのかみ)
空っぽで低い谷のように、尽きずにものを生み出す働きを指す。
玄牝(げんぴん)
奥深い母なる働き。万物を生み出す根源を表す語。
天地の根(てんちのね)
世界が生まれてくる根もと。
七
天は長く、
地は久しい。
天地が長く久しくあることができるのは、
自分のために生きようとしないからである。
だから長く続くことができる。
そのため聖人は、
自分の身を後ろに置く。
すると、
かえって身は前に出る。
自分の身を外へ退ける。
すると、
かえって身は保たれる。
それは、
私心がないからではないか。
だからこそ、
自分というものが成り立つ。
八
最もよいものは、
水のようである。
水は万物をよく潤しながら、
争わない。
多くの人が嫌がる低いところにいる。
だから、
道に近い。
住むなら、
地にかなうのがよい。
心は、
淵のように深いのがよい。
人と交わるには、
仁があるのがよい。
言葉は、
信があるのがよい。
治めるには、
よく整うのがよい。
仕事には、
よく果たすのがよい。
動くには、
時にかなうのがよい。
ただ争わない。
だから、
とがめられることがない。
プチ解説
淵(ふち)
深く水をたたえた場所。ここでは、心の深さと静けさのたとえ。
信(しん)
言葉に偽りがなく、信頼できること。
時にかなう
動くべき時を外さないこと。
九
満ちたものを、
さらに持ち続けようとするより、
そこでやめるほうがよい。
研ぎすませて鋭くしすぎれば、
長く保つことはできない。
金や玉が広間に満ちても、
それを守りきることはできない。
富み貴くなって驕れば、
自分で災いを残す。
功が成ったら、
身を退く。
それが天の道である。
プチ解説
金や玉(きんやぎょく)
財宝のたとえ。
身を退く
成功したあと、その地位や名声に居座らず離れること。
十
魂とからだを一つに抱き、
離れないでいられるか。
気をひとすじに集め、
やわらかさを極めて、
赤子(せきし)のようになれるか。
奥深い心の鏡を洗い清め、
曇りのないままでいられるか。
民を愛し、
国を治めながら、
余計な知に頼らずにいられるか。
天の門が開き閉じるとき、
雌のように静かに受けることができるか。
明らかな知が四方に通じても、
なお知らない者のようでいられるか。
生み、
養う。
生んでも、
自分のものにしない。
働いても、
その働きを誇らない。
長じさせても、
支配しない。
これを玄徳(げんとく)という。
プチ解説
魂とからだ
原文の「營魄」を自然に訳したもの。心の働きと、身体の働きを合わせた表現。
気(き)
生命を支える息や力の流れを指す語。
赤子(せきし)
生まれたばかりの子。老子では、やわらかく自然なあり方の象徴として出る。
天の門(てんのもん)
身体や生命の開閉の働きを表す難語。ここでは、自然な変化の出入りとして読めばよい。
玄徳(げんとく)
奥深い徳。生み育てながら、所有せず、支配しない働きを指す。

十一
三十本の輻(や)が、
一つの轂(こしき)に集まる。
しかし、
その真ん中に空いたところがあるから、
車として使える。
粘土をこねて器を作る。
しかし、
その内側に空いたところがあるから、
器として使える。
戸や窓をくり抜いて、
部屋を作る。
しかし、
その中に空いたところがあるから、
部屋として使える。
だから、
形あるものは役に立つ。
けれど、
何もない空きこそが、
実際の働きを生む。
プチ解説
輻(や)
車輪の中心から外側へ伸びる細い棒。スポークのこと。
轂(こしき)
車輪の中心にある部分。軸を通す穴がある。
空き
原文の「無」を、ここでは物の中にある何もない部分として訳している。
十二
五つの色は、
人の目をくらませる。
五つの音は、
人の耳を聞こえにくくする。
五つの味は、
人の口を鈍らせる。
馬を走らせ、
狩りに熱中すれば、
人の心は狂ったようになる。
得がたい宝は、
人の行いを妨げる。
だから聖人は、
腹を満たすことを重んじ、
目を楽しませることは追わない。
あちらを捨てて、
こちらを取る。
プチ解説
五つの色
青・赤・黄・白・黒など、多くの色の刺激を指す。
五つの音
古代中国で考えられた音階。ここでは耳を奪う音の刺激を指す。
五つの味
酸味・苦味・甘味・辛味・塩味などの味覚を指す。
腹を満たすことを重んじる
見た目の欲を追うのではなく、命を支える根本を大切にすること。
十三
寵愛されることも、
辱められることも、
どちらも身を震わせるものとして見る。
大きな患いは、
自分の身と同じほど重大なものとして見る。
「寵愛されることも、
辱められることも、
どちらも身を震わせるものとして見る」とは、
どういうことか。
寵愛とは、
低い立場にいる者が受けるものである。
それを得れば驚き、
それを失えばまた驚く。
これを、
寵愛されることも辱められることも、
どちらも身を震わせるものとして見る、
という。
「大きな患いは、
自分の身と同じほど重大なものとして見る」とは、
どういうことか。
私に大きな患いがあるのは、
私にこの身があるからである。
もし私にこの身がなければ、
どんな患いがあるだろう。
だから、
自分の身を重んじるように天下を重んじる者なら、
天下を預けることができる。
自分の身を愛するように天下を愛する者なら、
天下を託すことができる。
プチ解説
寵愛(ちょうあい)
上の者から特別にかわいがられ、引き立てられること。
辱め(はずかしめ)
人から低く扱われ、恥を受けること。
大きな患い
大きな災いや苦しみ。ここでは、身を持つことから生まれる不安を指す。
十四
見ようとしても見えない。
それを夷(い)という。
聞こうとしても聞こえない。
それを希(き)という。
つかもうとしてもつかめない。
それを微(び)という。
この三つは、
問いつめて明らかにすることができない。
だから、
混ざり合って一つになる。
その上は明るくなく、
その下は暗くない。
どこまでも続いていて、
名づけることができない。
また、
何もないところへ帰っていく。
これを、
形のない形という。
物のない姿という。
これを、
ぼんやりとして定まらないものという。
迎えても、
その前を見られない。
後を追っても、
その後ろを見られない。
古の道をよりどころにして、
今の世にあるものを治める。
古の始まりを知ることができるなら、
これを道の筋目という。
プチ解説
夷(い)
見ようとしても見えないものを表す名。
希(き)
聞こうとしても聞こえないものを表す名。
微(び)
つかもうとしてもつかめないものを表す名。
形のない形
目に見える形はないが、まったく何もないわけでもない、という表現。
道の筋目
原文の「道紀」。道をたどる手がかり、根本の筋道という意味。
十五
古の、
よく道を行った士は、
かすかで奥深く、
通じていながら、
深くて知り尽くすことができなかった。
知り尽くすことができないから、
無理にその姿を言えば、
こうなる。
ためらうようで、
冬に川を渡る人のようである。
用心深く、
四方の隣人を恐れる人のようである。
つつしみ深く、
客として人の家にいるようである。
ほどけていくようで、
氷がまさに溶けようとするようである。
厚みがあり、
まだ削られていない木のようである。
広々として、
谷のようである。
混じり合って、
濁った水のようである。
誰が、
濁った水を静かにして、
ゆっくり澄ませることができるだろうか。
誰が、
安らぎの中に長く動きを保ち、
ゆっくり生じさせることができるだろうか。
この道を守る者は、
満ちることを望まない。
満ちることを望まないから、
古びたままでいて、
無理に新しく完成した姿を見せない。
プチ解説
士(し)
ここでは、道を学び身を修める人を指す。
削られていない木
原文の「樸」。まだ加工されていない、自然のままの木を表す。
濁った水
すぐにかき回さず、静かに置けば自然に澄んでいくもののたとえ。
十六
空しさを極め、
静けさを深く守る。
万物は並んで起こる。
私はそれらが、
また帰っていくのを見る。
ものは盛んに茂る。
けれど、
それぞれ自分の根へ帰っていく。
根へ帰ることを静けさという。
これを、
命に帰るという。
命に帰ることを常という。
常を知ることを明という。
常を知らなければ、
みだりに動いて災いを招く。
常を知れば、
受け入れることができる。
受け入れれば、
公平になる。
公平になれば、
王者のようになる。
王者のようになれば、
天のようになる。
天のようになれば、
道のようになる。
道のようになれば、
久しく続く。
身が終わるまで、
危うくなることはない。
プチ解説
根へ帰る
ものが盛んになったあと、それぞれのもとの静けさへ戻ること。
命に帰る
原文の「復命」。本来のあり方へ戻ること。
常(じょう)
いつも変わらない根本の働き。
明(めい)
物事の根本を見通す明らかさ。
十七
最上の治め方では、
下の民は、
ただその人がいると知るだけである。
その次は、
親しんでほめる。
その次は、
恐れる。
その次は、
侮る。
信が足りなければ、
人から信じられない。
ゆったりとしていて、
言葉をむやみにしない。
功が成り、
物事が遂げられると、
百姓はみな言う。
「私たちは、
自然にこうなったのだ」と。
プチ解説
信が足りない
治める者のまことが足りないこと。上に信がなければ、下も信じなくなる。
自然(しぜん)
ここでは「おのずからそうなる」という意味。人が無理に作ったのではない状態。
十八
大道がすたれると、
仁義が現れる。
知恵が現れると、
大きな偽りが生まれる。
六親が和らがなくなると、
孝や慈しみが現れる。
国家が暗く乱れると、
忠臣が現れる。
プチ解説
大道(たいどう)
大きな道。根本の道が世に行き渡っている状態を指す。
仁義(じんぎ)
人を思いやる仁と、正しい筋道である義。
六親(りくしん)
父・母・兄・弟・妻・子など、近い親族を指す言葉。
忠臣(ちゅうしん)
主君や国に忠義を尽くす臣下。
十九
聖人だ賢者だという飾りを断ち、
知恵を捨てれば、
民の利は百倍になる。
仁だ義だという飾りを断ち、
捨てれば、
民は孝と慈しみに戻る。
巧みさを断ち、
利益を捨てれば、
盗賊はいなくなる。
この三つを、
言葉で飾るだけでは足りない。
だから、
身を置くところを示す。
飾りのない白さを見て、
自然のままの木を抱く。
私心を少なくし、
欲を少なくする。
プチ解説
聖だ賢いだというもの
人が作った立派さや賢さの看板を指す。
巧みさ
人為的な技術や計算高さ。
飾りのない白さ
原文の「素」。染められていない、飾りのないあり方。
私心(ししん)
自分だけを利しようとする心。
二十
学ぶことを断てば、
憂いはなくなる。
「はい」と「ええ」は、
どれほど違うのか。
善と悪は、
どれほど離れているのか。
人が恐れるものは、
恐れずにはいられない。
だが、
その広がりはあまりに果てしない。
多くの人は、
にぎやかに楽しんでいる。
大きな供え物の宴を受けるように。
春の日に高台へ登るように。
私だけは、
静かで、
まだ何のきざしもない。
まだ笑わない赤子のようである。
疲れたようにさまよい、
帰る家がないようである。
多くの人は、
みな余りあるものを持っている。
私だけは、
何かを失ったようである。
私の心は、
愚かな人の心なのだろう。
ぼんやりとしている。
世の人は明るくはっきりしている。
私だけは、
暗いようである。
世の人は細かく見分けている。
私だけは、
ぼんやりしている。
広々として、
海のようである。
風に吹かれるように、
止まるところがない。
多くの人は、
みな役立つところを持っている。
私だけは、
無骨な田舎者のようである。
私だけが人と異なり、
養いの母を貴ぶ。
プチ解説
「はい」と「ええ」
原文の「唯」と「阿」。どちらも返事の言葉で、わずかな違いを問う表現。
大きな供え物の宴
原文の「太牢」。牛・羊・豚をそろえた、非常に重い祭りの供え物。
まだ笑わない赤子
世の欲や楽しみにまだ反応していない、素朴な状態のたとえ。
田舎者
原文の「鄙」。洗練されていない者という意味。
養いの母
原文の「食母」。万物を養う母なる根源を指す。

二十一
大きな徳の姿は、
ただ道に従う。
道というものは、
ぼんやりとして、
つかみどころがない。
ぼんやりとして、
かすかな中に、
そこには形のきざしがある。
かすかで、
ぼんやりした中に、
そこには何かがある。
奥深く暗い中に、
そこには精(せい)がある。
その精は、
とても真実であり、
そこには確かなものがある。
古から今に至るまで、
その名は去らない。
それによって、
あらゆる始まりを見てきた。
私はどうして、
あらゆる始まりのありさまを知るのか。
これによってである。
プチ解説
大きな徳
原文の「孔徳」。道に従って現れる、大きく深い働きを指す。
精(せい)
ものの奥にある、きわめて細かく本質的な働き。
あらゆる始まり
原文の「衆甫」。さまざまなものが生まれ出る始まりを指す。
二十二
曲がっていれば、
かえって全うされる。
身をかがめれば、
かえってまっすぐになる。
くぼんでいれば、
かえって満たされる。
古びていれば、
かえって新しくなる。
少なければ、
かえって得る。
多ければ、
かえって迷う。
だから聖人は、
一つを抱いて、
天下の手本となる。
自分を見せびらかさない。
だから明らかになる。
自分を正しいと言い張らない。
だから輝きが現れる。
自分を誇らない。
だから功がある。
自分を高ぶらせない。
だから長く続く。
ただ争わない。
だから天下の誰も、
その人と争うことができない。
古の人が言った、
「曲がっていれば全うされる」という言葉は、
どうして空しい言葉であろうか。
まことに全うされて、
そこへ帰っていくのだ。
プチ解説
一つを抱く
原文の「抱一」。道の根本から離れず、一つの中心を保つこと。
天下の手本
原文の「天下式」。世の中がよりどころにできる型や姿。
二十三
言葉を少なくするのが、
自然である。
つむじ風は、
朝じゅう吹き続けることはない。
にわか雨は、
一日じゅう降り続けることはない。
それを起こしているのは誰か。
天地である。
天地でさえ、
長く続けることはできない。
まして人なら、
なおさらである。
だから、
道に従って物事を行う者は、
道にある者とは、道にかなって応じ、
徳にある者とは、徳にかなって応じ、
失った者とは、その失いに応じる。
道に同じくする者には、
道もまた喜んで応じる。
徳に同じくする者には、
徳もまた喜んで応じる。
失いに同じくする者には、
失いもまた、その人に応じる。
信が足りなければ、
人から信じられない。
プチ解説
つむじ風
急に強く吹く風。勢いはあっても長く続かないもののたとえ。
にわか雨
急に降る激しい雨。激しさは長続きしないものとして出る。
二十四
つま先立ちをする者は、
しっかり立てない。
大股で歩く者は、
長く歩けない。
自分を見せる者は、
明らかにならない。
自分を正しいと言い張る者は、
輝きが現れない。
自分を誇る者は、
功を認められない。
自分を高ぶらせる者は、
長く続かない。
これらを道から見れば、
食べ残しや、
余計なこぶのようなものである。
人はそれを嫌う。
だから道ある者は、
そこに身を置かない。
プチ解説
つま先立ち
無理に高く見せようとする姿のたとえ。
食べ残しや余計なこぶ
原文の「餘食贅行」。身につけても益にならず、かえって嫌われるもののたとえ。
二十五
混じり合って成ったものがある。
天地よりも先に生まれた。
静かで、
広々としている。
ひとり立って変わらず、
あまねく巡って危うくならない。
それは、
天下の母とすることができる。
私はその名を知らない。
そこで、
字(あざな)として道と呼ぶ。
無理に名づけて、
大という。
大であるものは、
どこまでも進んでいく。
どこまでも進むものは、
遠くへ行く。
遠くへ行くものは、
また帰ってくる。
だから道は大きい。
天も大きい。
地も大きい。
王もまた大きい。
この世界には四つの大きなものがあり、
王はその一つにいる。
人は地にのっとる。
地は天にのっとる。
天は道にのっとる。
道は自然にのっとる。
プチ解説
混じり合って成ったもの
原文の「有物混成」。名前をつける前からある、根源的なものを指す。
字(あざな)
本名とは別につける呼び名。ここでは、名づけがたいものを仮に呼ぶ名。
王(おう)
ここでは、道にかなって天下を治める理想の王を指す。
四つの大きなもの
道・天・地・王の四つを指す。
二十六
重いものは、
軽いものの根である。
静かなものは、
騒がしいものの主である。
だから聖人は、
一日じゅう旅をしても、
荷を積んだ車から離れない。
たとえ美しい眺めがあっても、
静かに落ち着いて、
そこを超えている。
それなのに、
万乗の主が、
どうして自分の身を軽くして、
天下に臨んでよいだろうか。
軽くすれば、
根本を失う。
騒がしく動けば、
主であることを失う。
プチ解説
荷を積んだ車
原文の「輜重」。旅や軍行に必要な荷を積んだ車。根本を離れないことのたとえ。
万乗の主
一万台の戦車を持つほどの大国の君主。
二十七
よく歩く者は、
車の跡や足跡を残さない。
よく語る者は、
責められるすきのある言葉を残さない。
よく数える者は、
札や道具を使わない。
よく閉じる者は、
かんぬきも鍵も使わないのに、
開くことができない。
よく結ぶ者は、
縄や結び目を使わないのに、
解くことができない。
だから聖人は、
いつも人をよく救う。
そのため、
捨てられる人がいない。
いつも物をよく救う。
そのため、
捨てられる物がない。
これを、
明を受け継ぐという。
だからよい人は、
よくない人の師である。
よくない人は、
よい人の支えである。
その師を貴ばず、
その支えを大切にしなければ、
たとえ知恵があっても、
大きく迷う。
これを、
奥深い要点という。
プチ解説
札や道具
原文の「籌策」。数を数えたり計算したりするための道具。
かんぬき
門や戸を閉ざすための横木。
明を受け継ぐ
原文の「襲明」。物事を見通す明らかさを、自然に受け継いで働かせること。
支え
助けになるもの。ここでは、よくない人もよい人を成り立たせる材料になるという意味。
二十八
雄の強さを知りながら、
雌の弱さを守れば、
天下の谷川となる。
天下の谷川となれば、
変わらない徳は離れず、
また赤子へ帰る。
白さを知りながら、
黒さを守れば、
天下の型となる。
天下の型となれば、
変わらない徳はたがわず、
また果てのないところへ帰る。
栄えを知りながら、
辱めを守れば、
天下の谷となる。
天下の谷となれば、
変わらない徳は満ち足り、
また自然のままの木へ帰る。
自然のままの木が分かれると、
器となる。
聖人がこれを用いれば、
官の長となる。
だから、
大きな治め方は、
切り分けない。
プチ解説
雄と雌
強さと弱さ、前に出る力と受ける力の対比。
黒さを守る
目立つ白さを知りながら、あえて低く目立たないところにいること。
果てのないところ
原文の「無極」。限りがなく、まだ分かれる前の状態。
官の長
役人たちをまとめる長。
切り分けない
細かく割って支配するのではなく、大きな全体のまま治めること。
二十九
天下を取ろうとして、
作為によってどうにかしようとする者がいる。
私は、
それでは得られないと見る。
天下は神妙な器であり、
作為でどうにかできるものではない。
作為で動かそうとする者は、
これを壊す。
握りしめようとする者は、
これを失う。
ものには、
前に行くものもあれば、
後に従うものもある。
息を吹くものもあれば、
息を吸うものもある。
強いものもあれば、
弱いものもある。
折れるものもあれば、
崩れるものもある。
だから聖人は、
行き過ぎを捨て、
ぜいたくを捨て、
おごりを捨てる。
プチ解説
神妙な器
原文の「神器」。人の作為で乱暴に扱えない、尊く微妙なもの。
作為(さくい)
自然な流れに任せず、無理に手を加えようとすること。
行き過ぎ・ぜいたく・おごり
原文の「甚・奢・泰」。どれも度を越してふくらむあり方を指す。
三十
道によって人の主を助ける者は、
兵の力で天下に強さを示そうとはしない。
そのようなことは、
必ずめぐって返ってくる。
軍がとどまったところには、
いばらや棘が生える。
大軍のあとには、
必ず凶作の年が来る。
戦いに巧みな者は、
目的を果たせばそこで止まる。
あえて力ずくで強さを取ろうとはしない。
目的を果たしても、
誇らない。
目的を果たしても、
自慢しない。
目的を果たしても、
驕らない。
目的を果たすのは、
やむを得ないからである。
目的を果たしても、
強さを押し通さない。
ものは盛んになれば、
やがて老いる。
これを、
道にかなわないという。
道にかなわないものは、
早く終わる。
プチ解説
人の主
君主のこと。
兵
軍隊や武力を指す。
いばらや棘が生える
戦によって土地が荒れ、人の暮らしが損なわれることのたとえ。
凶作の年
作物がよく実らない年。戦争のあとに起こる荒廃を表す。

三十一
立派に見える兵器であっても、
それは不吉な道具である。
万物はそれを嫌う。
だから道ある者は、
そこに身を置かない。
君子はふだん、
左を尊ぶ。
けれど兵を用いるときは、
右を尊ぶ。
兵器は不吉な道具であり、
君子の道具ではない。
やむを得ず用いるときも、
静かで淡々としていることを上とする。
勝っても、
それを美しいこととはしない。
勝利を美しいと思う者は、
人を殺すことを楽しんでいるのである。
人を殺すことを楽しむ者は、
天下で志を遂げることはできない。
めでたいことでは左を尊び、
凶事では右を尊ぶ。
副将軍は左におり、
上将軍は右にいる。
つまり、
戦を喪礼の作法で扱うのである。
多くの人を殺したなら、
哀しみ悲しんで泣く。
戦に勝っても、
喪礼の作法でこれに臨む。
プチ解説
兵器(へいき)
戦に使う武器や道具。
不吉な道具
原文の「不祥之器」。人の命を奪い、災いを招く道具という意味。
左を尊ぶ・右を尊ぶ
古代中国の礼では、場面によって左右の意味が変わった。ここでは戦を祝いではなく、凶事として扱うことを示す。
副将軍(ふくしょうぐん)
軍の副官にあたる将軍。
上将軍(じょうしょうぐん)
軍を率いる最高位の将軍。
喪礼(そうれい)
死者を弔うための礼。
三十二
道はいつも名を持たない。
自然のままの木は小さく見えても、
天下の誰も、
それを従わせることはできない。
侯王(こうおう)がこれを守ることができれば、
万物はおのずから従う。
天地は互いに合わさり、
甘露(かんろ)を降らせる。
民は誰かに命じられなくても、
おのずから等しく潤う。
制度が始まると、
名が生まれる。
名がすでに生まれたなら、
また止まることを知らなければならない。
止まることを知るから、
危うくならない。
道が天下にあるさまをたとえるなら、
谷川が大河や海へ注ぐようなものである。
プチ解説
侯王(こうおう)
諸侯や王。国を治める者を指す。
甘露(かんろ)
天から降る甘い露。よい政治や天の恵みのたとえ。
谷川(たにがわ)
谷を流れる小さな川。大きな川や海へ自然に集まるものとして出る。
三十三
人を知る者は、
知恵がある。
自分を知る者は、
明らかである。
人に勝つ者は、
力がある。
自分に勝つ者は、
強い。
足ることを知る者は、
富んでいる。
つとめて行う者には、
志がある。
自分のいるべきところを失わない者は、
長く続く。
死んでも失われない者は、
寿(いのち)が長い。
プチ解説
自分に勝つ
他人を負かすことではなく、自分の欲や迷いに振り回されないこと。
足ることを知る
十分なところを知り、むやみに求めすぎないこと。
死んでも失われない
身体が死んでも、その人のあり方や徳が残ること。
三十四
大いなる道は、
広く行きわたり、
左にも右にもある。
万物はこれに頼って生まれるが、
道はそれを断らない。
功を成しても、
自分の名とはしない。
万物を包み養いながら、
その主になろうとはしない。
いつも欲を持たない。
だから、
小さいものとも名づけられる。
万物はそこへ帰っていくが、
道はその主になろうとはしない。
だから、
大きいものとも名づけられる。
最後まで、
自分を大きいものとしない。
だからこそ、
その大きさを成すことができる。
三十五
大きな象(かたち)を持つ者のもとへ、
天下は向かっていく。
そこへ向かっても害はなく、
安らかで、
平らかで、
大きい。
音楽とごちそうがあれば、
道行く人も足を止める。
けれど、
道が口から出るときは、
淡くて味がない。
見ようとしても、
見ても見きれない。
聞こうとしても、
聞いても聞き尽くせない。
しかし用いれば、
尽きることがない。
プチ解説
大きな象(かたち)
原文の「大象」。目に見える形ではなく、大きな道のすがたを指す。
淡くて味がない
強い刺激や華やかさはないが、深く用いて尽きないこと。
三十六
縮めようとするなら、
まずしばらく広げる。
弱めようとするなら、
まずしばらく強める。
廃れさせようとするなら、
まずしばらく盛んにする。
奪おうとするなら、
まずしばらく与える。
これを、
かすかな明らかさという。
柔らかく弱いものは、
固く強いものに勝つ。
魚は淵から出してはならない。
国の鋭い道具は、
人に見せてはならない。
プチ解説
かすかな明らかさ
原文の「微明」。はっきり見せつける知恵ではなく、深く静かに物事の流れを知ること。
魚は淵から出してはならない
生きる場所から離せば危うくなる、というたとえ。
国の鋭い道具
国を動かす力や武力、重要な手段を指す。
三十七
道はいつも無為でありながら、
なさないことがない。
侯王がこれを守ることができれば、
万物はおのずから変わっていく。
変わっていく中で、
欲が起ころうとするなら、
私は名のない自然のままの木によって、
これを鎮める。
名のない自然のままの木は、
また欲を持たなくさせる。
欲を持たずに静かであれば、
天下はおのずから定まる。
プチ解説
おのずから変わる
人が無理に変えるのではなく、自然に整っていくこと。
鎮める
ここでは、欲や作為がふくらみすぎないように静めること。
三十八
上の徳は、
徳を徳として意識しない。
だから徳がある。
下の徳は、
徳を失うまいとする。
だから徳がない。
上の徳は無為であり、
何かをしようとする心がない。
下の徳は行い、
しかも何かをしようとする心がある。
上の仁は行うが、
何かをしようとする心がない。
上の義は行い、
しかも何かをしようとする心がある。
上の礼は行うが、
人が応じなければ、
腕をまくって無理に引き寄せようとする。
だから、
道が失われて、
その後に徳が現れる。
徳が失われて、
その後に仁が現れる。
仁が失われて、
その後に義が現れる。
義が失われて、
その後に礼が現れる。
礼というものは、
まことと信の薄くなったものであり、
乱れの始まりである。
先を読む知恵は、
道の花にすぎず、
愚かさの始まりである。
だから大いなる人は、
厚いところに身を置き、
薄いところにはいない。
実のあるところに身を置き、
花のところにはいない。
だから、
あちらを捨てて、
こちらを取る。
プチ解説
上の徳・下の徳
自然ににじみ出る徳と、徳を意識して守ろうとする徳の違い。
礼(れい)
人のふるまいを整える作法や制度。
腕をまくる
相手が従わないとき、力ずくで従わせようとする様子。
大いなる人
道にかなった大きな人物を指す。
花
見た目は美しいが、根本ではないもののたとえ。
三十九
昔から、
一を得たものがある。
天は一を得て清くなり、
地は一を得て安らかになり、
神は一を得て霊妙になり、
谷は一を得て満ち、
万物は一を得て生まれ、
侯王は一を得て、天下を正しく保った。
もしその一を失えば、
天は清さを失えば、
裂けるおそれがある。
地は安らかさを失えば、
崩れるおそれがある。
神は霊妙さを失えば、
働きをやめるおそれがある。
谷は満ちることを失えば、
枯れるおそれがある。
万物は生まれる力を失えば、
滅びるおそれがある。
侯王は貴く高いだけで根を失えば、
倒れるおそれがある。
だから、
貴いものは賤しいものを根とし、
高いものは低いものを土台とする。
そのため侯王は、
自分を孤(こ)、
寡(か)、
不穀(ふこく)と呼ぶ。
これは、
賤しいものを根としているのではないか。
そうではないだろうか。
だから、
多くの誉れを数え立てれば、
かえって誉れはなくなる。
玉のようにきらきらしようとはせず、
石のようにごつごつしているほうがよい。
プチ解説
一(いつ)
万物を成り立たせる根本の一つ。ここでは道に通じる働き。
神(しん)
霊妙な働きを持つ存在や力。
孤・寡・不穀(こ・か・ふこく)
王や諸侯が自分を低く言うときの呼び名。
玉
貴く美しいもののたとえ。
石
飾り気はないが、素朴でしっかりしたもののたとえ。
四十
返(かえ)ることは、
道の動きである。
弱いことは、
道の働きである。
天下の万物は有から生まれ、
有は無から生まれる。
プチ解説
返る
原文の「反」。ものごとが行きつくと、また根本へ戻っていくこと。
弱いこと
力で押さず、柔らかく受ける道の働き。
有から生まれ、有は無から生まれる
形あるものは、形のない根源から生まれるという老子の考え。

四十一
すぐれた士が道を聞くと、
つとめてこれを行う。
中ほどの士が道を聞くと、
あるようでもあり、
ないようでもある。
下の士が道を聞くと、
大いに笑う。
笑われないようなら、
道とするには足りない。
だから昔から言われている。
明るい道は、
暗いように見える。
進む道は、
退くように見える。
平らかな道は、
でこぼこしているように見える。
上の徳は、
谷のように低い。
大いなる白さは、
辱められたように見える。
広い徳は、
足りないように見える。
しっかり立つ徳は、
怠けているように見える。
まことの質は、
変わっていくように見える。
大きな方形には、
角がない。
大きな器は、
ゆっくり成る。
大きな音は、
かすかにしか聞こえない。
大きな形は、
形がない。
道は隠れていて、
名がない。
ただ道だけが、
よく与え、
よく成し遂げる。
プチ解説
すぐれた士・中ほどの士・下の士
道を聞いたときの受け止め方によって、人のあり方を分けた表現。
大きな方形には、角がない
本当に大きな形は、目に見える角や境目ではとらえきれないというたとえ。
大きな器は、遅く成る
大きな人物や大きな働きは、すぐには完成しないという意味。
大きな音は、かすかにしか聞こえない
本当に大きな働きは、派手な音としては現れないという表現。
四十二
道は一を生む。
一は二を生む。
二は三を生む。
三は万物を生む。
万物は陰を背負い、
陽を抱き、
空ろな気がまじり合って調和する。
人が嫌うものは、
孤、
寡、
不穀である。
しかし王や公は、
それを自分の呼び名にする。
だからものは、
減らすことで増えることがあり、
増やすことで減ることがある。
人が教えることは、
私もまた教える。
強く荒々しい者は、
自然な死に方をしない。
私はこれを、
教えの父としよう。
プチ解説
二
ここでは陰と陽の二つの働きとして読むことができる。
三
陰と陽がまじり合い、万物が生まれる働きへ進む段階。
陰(いん)
暗さ、静けさ、受ける働きなどを表す古代中国の考え方。
陽(よう)
明るさ、動き、外へ出る働きなどを表す古代中国の考え方。
空ろな気
原文の「沖氣」。満ちきらない空きのある気が、陰陽を和らげる働き。
教えの父
自分の教えの根本にするもの、という意味。
四十三
天下で最も柔らかいものが、
天下で最も固いものを走り抜ける。
形のないものが、
すき間のないところへ入っていく。
私はそれによって、
無為に益があることを知る。
言葉によらない教え。
無為の益。
天下でこれに及ぶ者は少ない。
プチ解説
最も柔らかいもの
水や気のように、形を変えながら通っていくものを思わせる表現。
すき間のないところへ入る
形にとらわれないものは、固く閉じたところにも入り込むというたとえ。
言葉によらない教え
言葉で説き伏せるのではなく、あり方そのもので伝わる教え。
四十四
名と身とでは、
どちらが親しいだろうか。
身と財貨とでは、
どちらが重いだろうか。
得ることと失うことでは、
どちらが苦しみを大きくするだろうか。
だから、
執着が深すぎれば、
必ず大きく費やす。
多く蓄えれば、
必ず厚く失う。
足ることを知れば、
辱められない。
止まることを知れば、
危うくならない。
そうすれば、
長く続く。
プチ解説
名
名声や評判のこと。
財貨(ざいか)
財産や宝物。
止まることを知る
欲や行動が行き過ぎる前に、自分で退くべきところを知ること。
四十五
大きく成し遂げたものは、
欠けているように見える。
しかし、
その働きは衰えない。
大きく満ちたものは、
空っぽのように見える。
しかし、
その働きは尽きない。
大きくまっすぐなものは、
曲がっているように見える。
大きな巧みさは、
拙いように見える。
大きな弁舌は、
口下手なように見える。
動けば寒さに勝ち、
静けさは暑さに勝つ。
清らかで静かなことが、
天下の正しさとなる。
プチ解説
大きく成し遂げたものは、欠けているように見える
本当に完成したものは、かえって完全さを見せびらかさないという意味。
大きな巧みさは、拙いように見える
本当の巧みさは、技巧を誇らず自然に見えるという表現。
清らかで静かなこと
原文の「清静」。濁りや騒がしさから離れた、落ち着いたあり方。
四十六
天下に道があれば、
速い馬も退けられ、
畑の肥やしを運ぶために使われる。
天下に道がなければ、
軍馬が郊外で子を産む。
足ることを知らないことより、
大きな災いはない。
得ようと欲することより、
大きな過ちはない。
だから、
足ることを知って足りるなら、
いつも足りている。
プチ解説
速い馬
原文の「走馬」。戦や急用に使われるようなよく走る馬。
畑の肥やし
戦の馬が、平和な世では農作業に用いられることを示す。
軍馬(ぐんば)
戦に使う馬。
郊外(こうがい)
町や都の外側。ここでは戦乱が身近に迫っている様子を表す。
四十七
戸口を出なくても、
天下を知る。
窓からのぞかなくても、
天の道を見る。
遠くへ出て行けば行くほど、
その知はますます少なくなる。
だから聖人は、
出歩かなくても知り、
見なくても名を知り、
作為しなくても成し遂げる。
プチ解説
戸口を出ない
外へ探し回らず、内側から道理を知ることのたとえ。
窓
原文の「牖」。外を見るための小さな窓。
天の道
自然の根本的な働きや流れ。
四十八
学問をする者は、
日に日に増やしていく。
道を行う者は、
日に日に減らしていく。
減らして、
また減らして、
無為に至る。
無為であれば、
なさないことはない。
天下を取るには、
いつも事を増やさないことによる。
事を増やすようでは、
天下を取るには足りない。
プチ解説
学問をする者
知識や技術を積み増していく人。
道を行う者
余計な作為や欲を減らし、道に近づこうとする人。
事を増やさない
余計な政策や干渉を増やさないこと。
四十九
聖人には、
いつも決まった心がない。
百姓の心を、
自分の心とする。
よい人には、
私はよく接する。
よくない人にも、
私はまたよく接する。
そうして、
徳はよいものとなる。
信ある人には、
私は信を置く。
信のない人にも、
私はまた信を置く。
そうして、
徳は信あるものとなる。
聖人は天下にあって、
心をひそめるようにして、
天下のためにその心を混ぜ合わせる。
百姓はみな、
耳目を聖人に注ぐ。
聖人はみなを、
幼子のように扱う。
プチ解説
決まった心がない
自分だけの考えに固定されず、人々の心に応じること。
心をひそめる
原文の「歙歙」。自分を前に出さず、心を収めているさま。
耳目を注ぐ
人々が注意を向けること。
五十
人は生へ出て、
死へ帰る。
生に属する者は、
十のうち三。
死に属する者も、
十のうち三。
人が生きようとして動きながら、
死の場所へ向かう者も、
十のうち三。
それはなぜか。
生を厚くしすぎるからである。
私は聞いたことがある。
よく生を保つ者は、
陸を行っても犀(さい)や虎に出会わず、
軍の中に入っても、
よろいや刃に傷つけられない。
犀には、
その角を突き立てる場所がない。
虎には、
その爪をかける場所がない。
兵には、
その刃を入れる場所がない。
それはなぜか。
その人には、
死の場所がないからである。
プチ解説
生へ出て、死へ帰る
人がこの世に生まれ、やがて死へ帰っていくこと。
十のうち三
全体を十として、その中の三割ほどを表す言い方。
生を厚くしすぎる
命を保とうとしすぎて、かえって危ういところへ向かうこと。
犀(さい)
大きな角を持つ獣。原文の「兕」にあたる。
よろいや刃
原文の「甲兵」。防具と武器を指す。
死の場所
死が入り込むすきや場所。ここでは、危うさを招く執着の場所として読める。

五十一
道は万物を生み、
徳はこれを養う。
物はそれぞれ形を持ち、
勢いによって成り立つ。
だから万物は、
道を尊び、
徳を貴ばないものがない。
道が尊ばれ、
徳が貴ばれるのは、
誰かに命じられたからではない。
いつも、
おのずからそうなのである。
だから道はこれを生み、
徳はこれを養う。
育て、
成長させ、
整え、
熟させ、
養い、
覆う。
生んでも、
自分のものにしない。
働いても、
その働きを誇らない。
長じさせても、
支配しない。
これを玄徳という。
五十二
天下には始まりがある。
それを天下の母とする。
その母を得れば、
その子を知ることができる。
その子を知ったうえで、
またその母を守れば、
身が終わるまで危うくならない。
口をふさぎ、
門を閉じれば、
一生疲れ果てることはない。
口を開き、
事を成そうと走り回れば、
一生救われることはない。
小さいものを見ることを、
明らかさという。
柔らかさを守ることを、
強さという。
その光を用いながら、
また明らかさへ帰っていく。
そうすれば、
身に災いを残すことはない。
これを、
常を習うという。
プチ解説
天下の母
万物が生まれてくる根源。ここでは道を母にたとえている。
子
母から生まれたもの。ここでは万物を指す。
口をふさぎ、門を閉じる
余計な言葉や欲の出入りを抑えるたとえ。
常を習う
変わらない根本の働きに、くり返し立ち返ること。
五十三
もし私に、
ほんの少しでも知があるなら、
大道を歩むとき、
ただ脇道へそれることを恐れる。
大道はとても平らである。
それなのに民は、
脇道を好む。
朝廷はきれいに整えられているのに、
田畑はひどく荒れている。
倉はひどく空になっている。
美しい模様の衣を着て、
鋭い剣を帯び、
飲み食いに飽きるほど満ち、
財貨は余っている。
これを、
盗人の見せびらかしという。
道ではない。
プチ解説
脇道
原文の「施」。大道からそれた小道。正しい道から外れることのたとえ。
朝廷
政治を行う場所。ここでは支配者側の暮らしを表す。
盗人の誇り
原文の「盜夸」。民を苦しめて得た富や飾りを誇ること。
五十四
よく建てられたものは、
抜かれることがない。
よく抱かれたものは、
離れることがない。
子孫はそれによって、
祭りを絶やさない。
これを身に修めれば、
その徳は真実になる。
これを家に修めれば、
その徳は余りあるものになる。
これを郷に修めれば、
その徳は長く続く。
これを国に修めれば、
その徳は豊かになる。
これを天下に修めれば、
その徳はあまねく広がる。
だから、
身をもって身を観る。
家をもって家を観る。
郷をもって郷を観る。
国をもって国を観る。
天下をもって天下を観る。
私はどうして、
天下がこのようであると知るのか。
これによってである。
プチ解説
祭りを絶やさない
祖先をまつる祭祀が、子孫に受け継がれていくこと。
郷(きょう)
村里や地域のまとまり。
身をもって身を観る
自分自身に現れた働きから、自分自身を見直すこと。
五十五
徳を厚く含む者は、
赤子にたとえられる。
蜂、さそり、毒蛇も刺さず、
猛獣も襲わず、
猛禽もつかまない。
骨は弱く、
筋は柔らかい。
それでも握る力はしっかりしている。
まだ男女の交わりを知らないのに、
生命の力は自然に満ちている。
これは精が満ちきっているからである。
一日じゅう泣いても、
声がかれない。
これは和が極まっているからである。
和を知ることを常という。
常を知ることを明という。
命を伸ばそうとしすぎることを、
不吉という。
心で気を無理に動かそうとすることを、
強がりという。
ものは盛んになれば、
やがて老いる。
これを、
道にかなわないという。
道にかなわないものは、
早く終わる。
プチ解説
蜂、さそり、毒蛇
原文の「蜂蠆虺蛇」。人を刺したり噛んだりする毒を持つ虫や蛇。
猛禽(もうきん)
獲物をつかまえる強い鳥。原文の「攫鳥」にあたる。
男女の交わり
原文の「牝牡之合」。雌雄の交わりを指す表現。
和(わ)
生命の働きが無理なく調っている状態。
強がり
ここでは、心で気を無理に使って強く見せようとすること。
五十六
知る者は語らない。
語る者は知らない。
その口をふさぎ、
その門を閉じる。
鋭さをやわらげ、
もつれをほどき、
光を和らげ、
塵と同じところにいる。
これを玄同(げんどう)という。
だから、
親しもうとしても親しみきれず、
遠ざけようとしても遠ざけきれない。
利を与えようとしても、特別に利することはできず、
害そうとしても害することができない。
貴いものにしようとしてもできず、
低いものにしようとしてもできない。
だから天下の貴いものとなる。
プチ解説
玄同(げんどう)
奥深いところで、すべてと同じになること。区別や対立を超えたあり方。
五十七
正しさによって国を治め、
奇(き)によって兵を用い、
事を増やさないことによって天下を取る。
私はどうして、
それがそうだと知るのか。
これによってである。
天下に禁じごとが多ければ、
民はいっそう貧しくなる。
民に便利な道具が多ければ、
国家はいっそう暗く乱れる。
人に技巧が多ければ、
奇妙な物がますます起こる。
法令が細かく明らかになれば、
盗賊はいっそう多くなる。
だから聖人は言う。
「私は無為でいる。
すると民はおのずから変わる。
私は静けさを好む。
すると民はおのずから正しくなる。
私は事を増やさない。
すると民はおのずから富む。
私は欲を持たない。
すると民はおのずから素朴になる」
プチ解説
奇(き)
正面からではない、変化や工夫を用いること。ここでは兵法上の奇策を指す。
禁じごと
原文の「忌諱」。細かな禁止や避けるべき決まり。
法令
国が定める法律や命令。
五十八
その政治がおおらかであれば、
民は素朴で厚くなる。
その政治が細かく目を光らせれば、
民は欠け、心が薄くなる。
災いよ、
福はそのそばに寄り添っている。
福よ、
災いはその中にひそんでいる。
誰がその行き着くところを知るだろうか。
そこには、
絶対の正しさなどない。
正しさはまた奇妙なものへ変わり、
善さはまた妖しいものへ変わる。
人の迷いは、
まことに長いあいだ続いている。
だから聖人は、
方正であっても人を切らない。
廉直であっても人を傷つけない。
まっすぐであっても押し通さない。
光があっても照りつけない。
プチ解説
ぼんやりした政治
細かく干渉しすぎず、民が自然に暮らせる政治。
廉直(れんちょく)
清く正しく、曲がったところがないこと。
方正であっても人を切らない
正しくても、その正しさで人を傷つけないという意味。
五十九
人を治め、
天に仕えるには、
嗇(しょく)にまさるものはない。
ただ嗇であるから、
早く道に従うことができる。
早く道に従うことを、
徳を重ね積むという。
徳を重ね積めば、
克服できないものはない。
克服できないものがなければ、
その極みを知る者はいない。
その極みを知る者がいなければ、
国を保つことができる。
国の母を保てば、
長く久しく続くことができる。
これを、
根を深くし、
もとを固くするという。
長く生き、
久しく見る道である。
プチ解説
嗇(しょく)
むやみに使い尽くさず、内に蓄えて慎むこと。
天に仕える
天の働きに従い、自然の道理を守ること。
早く道に従う
早く道に従い、自分を整えること。
国の母
国を保つ根本となる働き。
長く生き、久しく見る
身も国も、長く保たれることを表す言葉。
六十
大きな国を治めるのは、
小さな魚を煮るようなものである。
道によって天下に臨めば、
鬼(き)は神妙な力をふるわない。
鬼に神妙な力がないのではない。
その神妙な力が、
人を傷つけないのである。
その神妙な力が人を傷つけないだけではない。
聖人もまた、
人を傷つけない。
この二つが互いに傷つけない。
だから徳は交わり、
そこに帰っていく。
プチ解説
小さな魚を煮る
細かくいじりすぎると崩れる、という政治のたとえ。
鬼(き)
死者の霊や、人に災いを及ぼす見えない存在。
神妙な力
原文の「神」。人には見えにくい霊的な働き。
二つ
鬼の力と聖人の働き。どちらも人を傷つけない状態を指す。

六十一
大きな国は、
下へ流れる川のようなものである。
天下が交わるところであり、
天下の牝(めす)である。
牝はいつも、
静けさによって牡(おす)に勝つ。
静かであるから、
下にいる。
だから大きな国が、
小さな国にへりくだれば、
小さな国を得る。
小さな国が、
大きな国にへりくだれば、
大きな国に受け入れられる。
だから、
へりくだることで取る場合もあり、
へりくだることで受け入れられる場合もある。
大きな国は、
人々を合わせて養いたいだけである。
小さな国は、
入って仕えたいだけである。
この二つは、
それぞれ望むところを得る。
だから大きなものこそ、
下にいるのがよい。
プチ解説
下へ流れる川
低いところにいるから、多くの流れを受け入れられるというたとえ。
牝(めす)
雌のこと。ここでは、静かに受け入れる働きを表す。
牡(おす)
雄のこと。ここでは、前へ出る強い働きを表す。
大きな国・小さな国
国の大小だけでなく、強い立場と弱い立場の関係としても読める。
六十二
道は、
万物の奥にある。
よい人の宝であり、
よくない人をも守るところである。
美しい言葉は、
人に受け入れられる。
尊い行いは、
人を高めることができる。
人がよくないからといって、
どうして捨ててよいだろうか。
だから天子を立て、
三公を置くとき、
両手で抱えるほどの玉を先に差し出し、
四頭立ての馬車を贈るとしても、
座してこの道を差し出すことには及ばない。
古の人は、
なぜこの道を貴んだのか。
求めれば得ることができ、
罪ある者も、
それによって免れることができるからではないか。
だから天下の貴いものとなる。
プチ解説
よくない人をも守る
道は善人だけでなく、過ちのある人にも帰る場所を与えるという意味。
天子(てんし)
天下を治める最高位の君主。
三公(さんこう)
天子を補佐する最高位の大臣たち。
両手で抱えるほどの玉
原文の「拱璧」。非常に貴い玉を指す。
四頭立ての馬車
原文の「駟馬」。四頭の馬に引かせる立派な車。
六十三
無為を行い、
事のないことを事とし、
味のないものを味わう。
小さいものを大きいものとし、
少ないものを多いものとする。
怨みに報いるには、
徳をもってする。
難しいことは、
それがまだ易しいうちに手をつける。
大きなことは、
それがまだ細かなうちに行う。
天下の難しいことは、
必ず易しいところから起こる。
天下の大きなことは、
必ず細かなところから起こる。
だから聖人は、
最後まで大きなことをしようとはしない。
だからこそ、
大きなことを成し遂げることができる。
軽々しく約束する者は、
必ず信が少ない。
あまりに易しいと思う者は、
必ず難しいことに出会う。
だから聖人は、
なお難しいものとして向き合う。
そのため、
最後まで難しいことがない。
プチ解説
味のないものを味わう
強い刺激ではなく、淡いものの中にある働きを受け取ること。
怨みに報いるには、徳をもってする
恨みに恨みで返すのではなく、道にかなったあり方で返すこと。
軽々しく約束する
簡単に引き受けること。老子では、かえって信を失うものとして語られる。
六十四
安定しているものは、
保ちやすい。
まだきざしのないものは、
はかりやすい。
もろいものは、
解きやすい。
かすかなものは、
散らしやすい。
まだ現れないうちに手を打ち、
まだ乱れないうちに治める。
両腕で抱えるほどの大木も、
細い芽から生まれる。
九層の高台も、
土を積むところから始まる。
千里の道も、
足もとから始まる。
作為で行う者は、
これを壊す。
握りしめる者は、
これを失う。
だから聖人は、
無為であるから敗れない。
握りしめないから、
失わない。
民が物事に取り組むとき、
いつも成りそうなところで敗ってしまう。
終わりを慎むこと、
始まりのようにすれば、
敗れることはない。
だから聖人は、
欲しないことを欲し、
得がたい宝を貴ばない。
学ばないことを学び、
多くの人が通り過ぎたところへ戻る。
そうして万物の自然を助ける。
あえて作為しない。
プチ解説
きざし
物事が表に現れる前の小さな兆し。
九層の高台
非常に高い建物や台。大きなものも小さな積み重ねから始まることのたとえ。
千里の道
はるかな長旅。どんな大きな行いも一歩から始まることを表す。
終わりを慎む
もう少しで終わる時ほど、始まりと同じように丁寧にすること。
六十五
古の、
よく道を行った者は、
民を明るく賢くしようとはしなかった。
むしろ、
素朴にしようとした。
民を治めるのが難しいのは、
民に知が多いからである。
だから、
知によって国を治める者は、
国の害となる。
知によって国を治めない者は、
国の福となる。
この二つを知ることもまた、
古くからの型である。
いつもこの型を知ること。
これを玄徳という。
玄徳は深く、
遠い。
万物とは反対へ向かうようでありながら、
その後に大きな調和へ至る。
プチ解説
素朴にする
民を愚かにするというより、余計な欲や小賢しさに振り回されない状態にすること。
国の害
国を損なうもの。ここでは、知恵を使いすぎる政治を指す。
古くからの型
原文の「稽式」。昔からの手本や基準。
六十六
江や海が、
多くの谷川の王となることができるのは、
よくその下にいるからである。
だから、
多くの谷川の王となることができる。
そのため聖人は、
民の上に立とうとするなら、
必ず言葉で自分を下に置く。
民の先に立とうとするなら、
必ずその身を後ろに置く。
だから聖人は、
上にいても、
民は重く感じない。
前にいても、
民は害だと思わない。
そのため天下は、
喜んでその人を押し上げ、
嫌がることがない。
争わないから、
天下の誰も、
その人と争うことができない。
プチ解説
江や海
大きな川や海。低いところにあるから多くの水を集めるものとして出る。
言葉で自分を下に置く
上から命じるのではなく、へりくだった言葉で人に接すること。
身を後ろに置く
自分を先に立てず、人々を前に出すこと。
六十七
天下の人はみな、
私の道は大きいが、
何にも似ていないと言う。
ただ大きいからこそ、
何にも似ていないように見えるのだ。
もし何かに似ているなら、
ずっと前から、
小さいものになっていただろう。
私には三つの宝がある。
これを持ち、
これを守る。
一つめは慈しみ。
二つめはつつましさ。
三つめは、
あえて天下の先に立たないこと。
慈しみがあるから、
勇ましくなれる。
つつましさがあるから、
広く行き渡る。
あえて天下の先に立たないから、
器の長となることができる。
今の人は、
慈しみを捨てて勇ましくなろうとする。
つつましさを捨てて広げようとする。
後ろにいることを捨てて先に立とうとする。
それでは死ぬ。
慈しみによって戦えば、
勝つ。
慈しみによって守れば、
固い。
天がこれを救おうとするときは、
慈しみによって守る。
プチ解説
三つの宝
老子が大切にする三つのあり方。慈しみ、つつましさ、先に立たないこと。
慈しみ
人やものを傷つけず、守ろうとする心。
つつましさ
むだに使わず、つつましく保つこと。
器の長
人々や物事をまとめる長。先に立たないことで、かえって長となる。
六十八
よい士は、
武を誇らない。
戦いに巧みな者は、
怒らない。
敵に勝つことに巧みな者は、
敵と争わない。
人を用いることに巧みな者は、
人の下にいる。
これを、
争わない徳という。
これを、
人の力を用いるという。
これを、
天に配する古の極みという。
プチ解説
武を誇らない
武力や強さを見せびらかさないこと。
人を用いる
人を支配するのではなく、その力が自然に働くようにすること。
天に配する
天の働きにかなうこと。
古の極み
古くからある最高のあり方。
六十九
兵を用いる言葉に、
こうある。
「私はあえて主とならず、
客となる。
あえて一寸進まず、
一尺退く」
これを、
行列がないのに行くという。
腕がないのにまくるという。
敵がないのに向かうという。
兵器がないのに取るという。
災いは、
敵を軽んじることより大きなものはない。
敵を軽んじれば、
私の宝をほとんど失う。
だから、
兵を挙げて互いに向かうとき、
哀しむ者が勝つ。
プチ解説
主とならず、客となる
自分から仕掛けず、受ける側に回ること。
一寸・一尺
長さの単位。一尺は一寸より長い。
敵を軽んじる
相手を見下し、油断すること。
私の宝
前章までに出た三つの宝、特に慈しみを指す。
七十
私の言葉は、
とても知りやすく、
とても行いやすい。
それなのに天下には、
知ることができる者もなく、
行うことができる者もない。
言葉には根本があり、
事には主がある。
ただ人々はこれを知らない。
だから私を知らない。
私を知る者は少ない。
だからこそ、
私は貴い。
そのため聖人は、
粗末な衣を着て、
胸に玉を抱く。
プチ解説
言葉には根本がある
老子の言葉は、ただの思いつきではなく、道という根本につながっているという意味。
事には主がある
物事には、それを動かす中心があるという意味。
粗末な衣
原文の「被褐」。粗い布の衣をまとうこと。
胸に玉を抱く
外見は粗末でも、内側に貴いものを持っているというたとえ。

七十一
知っていながら、
知らないと思うのが上である。
知らないのに、
知っていると思うのは病である。
ただ、
この病を病だと知るから、
病にならずにすむ。
聖人は病にならない。
その病を病だと知っている。
だから病にならない。
プチ解説
病(やまい)
ここでは体の病気ではなく、知らないのに知っていると思いこむ心の病を指す。
七十二
民が威を恐れなくなると、
大きな威がやって来る。
その住むところを狭めてはならない。
その生きるもとを圧迫してはならない。
ただ圧迫しないから、
民も嫌がらない。
だから聖人は、
自分を知っても、
自分を見せびらかさない。
自分を愛しても、
自分を貴いものとして押し出さない。
だから、
あちらを捨てて、
こちらを取る。
プチ解説
威(い)
人を恐れさせる力や権威。
大きな威
人の小さな権威ではなく、避けがたい大きな災いや天の働きとして読むことができる。
生きるもと
原文の「所生」。人が暮らし、命を保つための土台。
七十三
あえてする勇気に傾けば、
殺される。
あえてしない勇気にとどまれば、
生きる。
この二つは、
あるいは利となり、
あるいは害となる。
天が何を憎むのか、
誰がその理由を知るだろうか。
だから聖人でさえ、
これを難しいものとする。
天の道は、
争わずによく勝つ。
語らずによく応じる。
呼ばなくても、
おのずから来る。
ゆるやかでありながら、
よくはかる。
天の網は広々としている。
目は粗いが、
取り逃がすことはない。
プチ解説
あえてする勇気
危険をかえりみず、強引に進む勇気。
あえてしない勇気
あえて踏みとどまり、無理に動かない勇気。
天の網
原文の「天網」。天の働きは大きくゆるやかに見えても、物事を逃さないというたとえ。
七十四
民が死を恐れないなら、
どうして死をもって脅せるだろうか。
もし民がいつも死を恐れ、
道に外れたことをする者を、
私が捕らえて殺せるとしても、
誰があえてするだろうか。
いつも、
殺すことを司る者がいて、
殺すのである。
そもそも殺すことを司る者の代わりに殺すのは、
大工の名人に代わって木を削るようなものだ。
大工の名人に代わって木を削る者で、
自分の手を傷つけない者は少ない。
プチ解説
道に外れたこと
ここでは、道に外れた不正な行いを指す。
殺すことを司る者
原文の「司殺者」。人間を超えて、生死を司る働きとして語られる。
大工の名人
原文の「大匠」。木を削ることに熟達した職人。ここでは、人が勝手に生死を裁く危うさのたとえ。
七十五
民が飢えるのは、
上に立つ者が多く税を食い取るからである。
だから飢える。
民が治めにくいのは、
上に立つ者が余計なことをするからである。
だから治めにくい。
民が死を軽く見るのは、
生きることを求める負担が重すぎるからである。
だから死を軽く見る。
ただ、
生きることを無理に求めない者は、
生きることに執着する者よりもすぐれている。
プチ解説
税(ぜい)
民から取り立てる穀物や財。ここでは、重すぎる取り立てとして語られる。
死を軽く見る
生きることが苦しすぎて、死を恐れなくなること。
七十六
人は生きているとき、
柔らかく弱い。
死ぬと、
固く強ばる。
草木も生きているときは、
柔らかくもろい。
死ぬと、
枯れて固くなる。
だから、
固く強いものは、
死に属する仲間である。
柔らかく弱いものは、
生に属する仲間である。
そのため、
兵が強すぎれば勝てない。
木が強くなりすぎれば、
切られる。
固く大きなものは下に置かれ、
柔らかく弱いものは上に置かれる。
プチ解説
固く強ばる
命の柔らかさが失われ、死に近づいた状態。
木が強くなりすぎる
太く固く目立つ木ほど、切られやすくなるというたとえ。
七十七
天の道は、
弓を張ることに似ているのではないか。
高いところは押さえ、
低いところは持ち上げる。
余りあるところを減らし、
足りないところを補う。
天の道は、
余りあるものを減らし、
足りないものを補う。
人の道は、
そうではない。
足りないものから取り上げて、
余りあるものに差し出す。
誰が、
余りあるものをもって、
天下に差し出すことができるだろうか。
ただ道ある者だけである。
だから聖人は、
働いても頼らない。
功を成しても、
そこにとどまらない。
自分の賢さを見せようとしない。
プチ解説
弓を張る
弓の上下を調整するように、余ったところを抑え、足りないところを補うたとえ。
余りあるものを減らし、足りないものを補う
自然の働きは、偏りをならす方向へ動くという考え。
七十八
天下に、
水より柔らかく弱いものはない。
けれど、
固く強いものを攻めるには、
これに勝るものはない。
水に代えられるものはない。
弱いものが強いものに勝ち、
柔らかいものが硬いものに勝つ。
天下の誰もがそれを知っている。
それなのに、
誰も行うことができない。
だから聖人は言う。
国の汚れを受ける者を、
社稷(しゃしょく)の主という。
国の不吉を受ける者を、
天下の王という。
正しい言葉は、
反対のように聞こえる。
プチ解説
硬いもの
原文の「剛」。固く強いもの。
国の汚れを受ける
国の恥や責めを、自分の身に引き受けること。
社稷(しゃしょく)
土地の神と穀物の神。転じて、国家そのものを指す。
天下の王
天下を治める王。ここでは、災いや不吉を引き受ける者として語られる。
正しい言葉は、反対のように聞こえる
老子の言葉は世間の常識と逆に聞こえるが、深いところでは正しいという意味。
七十九
大きな怨みを和らげても、
必ず残りの怨みがある。
どうして、
それをよいこととできるだろうか。
だから聖人は、
割符の左側を持っていても、
人に取り立てようとはしない。
徳ある者は、
割符を司る。
徳のない者は、
取り立てを司る。
天の道には、
えこひいきがない。
いつもよい人に与する。
プチ解説
割符(わりふ)
契約のしるしとして左右に分けて持つ札。あとで合わせて証拠にする。
左側
原文の「左契」。債権を持つ側のしるしとされる。
取り立て
原文の「司徹」。相手に責任や支払いを迫ること。
えこひいき
特定の相手だけを不公平に助けること。
八十
小さな国に、
少ない民。
十人百人分の働きをする道具があっても、
使わせない。
民に死を重く思わせ、
遠くへ移り住ませない。
舟や車があっても、
乗って行くところがない。
よろいや兵器があっても、
並べて用いるところがない。
民を、
また縄を結んで使う暮らしへ戻らせる。
その食べ物を甘いと思い、
その衣服を美しいと思い、
その住まいに安らぎ、
その習わしを楽しむ。
隣の国が見え、
鶏や犬の声が聞こえても、
民は年老いて死ぬまで、
互いに行き来しない。
プチ解説
十人百人分の働きをする道具
原文の「什伯之器」。便利で強力な道具や技術を指す。
縄を結んで使う暮らし
文字の代わりに縄の結び目で記録したとされる古い暮らし。
鶏や犬の声が聞こえる
隣国が近くにあるほど近い距離を表す。
八十一
信ある言葉は、
美しく飾らない。
美しい言葉は、
信がない。
よい者は弁じない。
弁じる者はよくない。
知る者は博くない。
広く知るだけの者は知らない。
聖人は蓄えない。
人のために尽くすほど、
自分はますます豊かになる。
人に与えるほど、
自分はますます多く持つ。
天の道は、
利して害しない。
聖人の道は、
働いて争わない。
プチ解説
信ある言葉
まことのある言葉。飾らなくても信頼できる言葉。
弁じる
議論で言い立てること。
広く知るだけの者
知識を広く多く持つ者。ここでは、広く知っているだけでは道を知ることにならないという意味。
蓄えない
自分のためにため込まないこと。
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古い言葉を、今の人にも届く形で残していきたいと思っています。
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