笑いは人を傷つけるという言葉にあぐらをかきたくない

 「人を傷つけない笑い」という概念が出てきてから数年は経つ。

 その「人を傷つけない笑い」が良いことなのか?悪いことなのか?まぁ正直な話、分からない。そりゃあ傷つける行為なんかしない方が良い。人を傷つけることはノイズになりえるし、そのノイズは笑いを妨げる。

 ただ、人を傷つけない笑いなんかはない。というか、人とコミュニケーションを取る事自体が加害行為になりえる。そんな中で「人を傷つけない笑いが良いよね」なんて言うのは、笑いに対する考えの放棄だと思う。人は誰かを傷つけながら生きているし、面白い事や笑いというのは暴力だと言える。それと、ブラックな笑いはとても面白い。底意地の悪い人の笑いというのは、本当に面白いのだ。

 だから私は「人を傷つけない笑い……最高〜!」とかは全然思わない。笑いは人を傷つけます。


 ただ、ここで私が思うのはその逆に対して……「笑いの本質は暴力」という言葉に対してだ。その言葉にめちゃくちゃ言いたい事がある。

 「笑いの本質は暴力」というのはその通りだと思う。思うのだが、我々はその言葉にあぐらをかいてはいないか?

 あぐら……かいてませんか!?!?

 笑いの本質は暴力だと思うのだが、それを間違えて学習して「じゃあ暴力的な事をしてればOK!」と、面白くない事をする人が世の中には多い。インターネットを見ていると、そういう奴らがたくさんいる。有名人や芸能人にクソリプを送り、ブロックされた事を誇らしげに語るような奴らがいる。

 そういう人たちは、「笑いの本質は暴力なら、ラインスレスレのところを踊っていれば面白いのでは?」と、ただ単にアウトなことをやっているだけの人たちだ。全然面白くない!

 私は、そういう人たち……「笑いの本質は暴力」という言葉を誤学習して、単純に暴力的な事をしている人たちがまぁ嫌いである。それならば、「人を傷つけない笑い……良いよね!」と言っている人たちの方がまだ良い。無害だからだ。誤学習している奴らは害がある上に面白くともなんともない。挙句、本人たちは「ラインギリギリで踊ってやったぜ!オレっておもしれ〜!www」と得意げな顔でいるのだ。つまんないし、ダサいですよマジで。

 私は「ひとを傷つけない笑い」も「笑いの本質は暴力」もどちらも嫌いだ。

 人を傷つけない笑いは欺瞞だし、笑いの本質は暴力という言葉にあぐらをかいて危険な事をただただやってる芸のない人には反吐が出る。私は両方に中指をおっ立ててやりたい。そんなもんクソくらえだ。欺瞞を言うな。あぐらをかくな。常に面白くあろうとする努力をしろ。面白さに真摯であってくれ。オレは面白さに真摯でありたい。


 さて、じゃあどうしたら良いのか?笑いの本質は暴力だ。ただ、その暴力性を笑いに変換するにはどうしたら良いのだろう?

 笑いとか面白さって色んな種類あるから、多分色々な方法がある。ここでは笑いの暴力性を「笑いって誰かを馬鹿にすることや加害することで成り立っている」と定義したい。何かを笑ったり面白がったりする時、誰かを加害しているものだし、一切誰も加害しないというのは無理な話だ。

 その加害性をノイズにしない方法とは何か?だが……、それは難しい。色々な方法がある。愛のある弄りだったり、自虐だったり。それでも「愛さえあれば良いのか?」とか「お前よりも下の人間がお前の自虐聞いて嫌な気持ちになるだろ」というものがある。難しいね。

 それを防ぐためには「雑さを無くすこと」が挙げられるのではないだろうか?

 面白さの本質は暴力だ。人はコミュニケーションを取る時に、人を笑わせる時に暴力性を孕んでしまう。それはどうしても避けられない。避けられないならば、加害してしまう対象と向き合うべきなんじゃないか?その向き合うという理由も「傷つけない為」ではなく「面白さを担保する為」だ。雑な笑いは面白くない。面白くない上に嫌な気持ちになる。

 私は『純情戦隊ヴァージニアス』という漫画を連載していた。童貞処女じゃないと変身出来ない人たちがラブコメするといった、まぁ割とどこにでもありそうな内容だ。

 私は非モテ弄りや童貞弄りが凄く苦手だ。人のセクシャルな劣等感を刺激すれば面白いと思っている浅はかな態度は本当に苦手。これが面白いのなら、道行く人達をひたすら雑に馬鹿にし続けたら成立する。しかし、世の中そんな風に出来ていない。そういうのは面白くない。

 私の連載は「童貞処女を馬鹿にする」という加害性を孕んでいる。しかし、手前味噌だがそういった面で炎上しなかった。いや、炎上するほど有名ではなかっただけかもしれないが、否定的な意見はなかった。

 それは私が「童貞処女の非モテを馬鹿にする描写をなくす」という事をしたこと、それと「非モテや恋愛に奥手な人の感情をしっかりと乗せようとした」という事の2つがあるのではないだろうか?私は読者じゃないのではっきりと言いにくいですが!!

 少なくとも私は童貞や処女などという非モテと言われる人を雑に扱うことはしませんでした。まぁ私が非モテではあるので、そういう気持ちをしっかりと描いたつもりではあります。

 別に「どうだ?加害性を含む内容だったが炎上しなかっただろ?」と言いたいわけではなくて、「一生懸命描きました!雑に非モテを弄ることは絶対しませんでした!」と云いたいのです。

 ここで雑に「非モテが怒らないギリギリのラインを探ろう」とか「非モテを怒らせるギリギリのラインを攻めたら面白い!」とやっていたら、読者は少なかっただろう。一応、週刊連載で2年近く続いたのでね……。良い作品だったのではないでしょうか?


 「笑いの本質は暴力」という言葉にあぐらをかいていたら、その暴力性を見過ごしてしまい、ただただ暴力性がノイズになってしまう。しかも周りから諌められた時に「いや!笑いは暴力なのでこれで良い!」となってしまったら、ラインギリギリを攻めることが面白い事だという勘違いをしてしまうのではないだろうか?

 私は「笑いの本質は暴力」という言葉にも中指を立てたい。それは人を傷つけたくないからではなく、単純に面白くないからだ。暴力性を笑いに変えることのほうが良い。


ここから先は

2,408字

メンバーシップ ¥ 300 /月

Twitterやnoteの無料部分では言いにくいことや、言ってると恥ずかしいこと、福岡太朗の好きなも…

総て

¥300 / 月

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?