【想像力の死】満員電車で「ドアを背にして」真正面を向く女。他者の痛みに鈍感なエゴイズムが、人間の顔をここまで醜くする
朝の通勤ラッシュ。東京の地下深くを這うように進む満員電車は、現代のサラリーマンにとって、逃げ場のない「巨大な拷問室」です。
四方八方から容赦無く加えられる物理的な圧力に耐え、私たちは皆、じっと息を潜めることで、なんとかこの狂気の空間を成立させています。
しかし、そんな息も絶え絶えの車内で、私がどうしても我慢ならない、殺意に近いほどの激しい怒りを覚える瞬間があります。
それは、電車の「ドアを背もたれにして」ぴったりとくっつき、こちら側に真正面から顔を向けて立っている人間の姿を見たときです。
私は背後から凄まじい圧力で押し潰されそうになりながら、必死に吊り革にしがみつき、足を踏ん張って己の空間を死守しています。しかし、私の目の前でドアに背中を預けているその女は、自分だけが「背中の平らなガラス」という特等席の安全地帯を確保し、周囲の阿鼻叫喚などまるで別世界の出来事であるかのように、平然とスマートフォンの画面をスクロールし続けているのです。
心の底から、怒鳴りつけたくなります。
「なぜ、くるりと反転して、ドアの方を向いて立たないのか」と。
満員電車という極限状態において、見知らぬ他人に真正面から顔を向けられることは、もはや暴力に等しい苦痛です。ただでさえ息苦しい至近距離なのです。せめてドアの方(外の景色)を向いて背中を見せてくれれば、視線がぶつかる不快感も、顔を突き合わせる圧迫感も劇的に軽減されます。
百歩譲って、絶世の美女が「混んでいてごめんなさいね」と、申し訳なさそうに視線を伏せて立っているのなら、オヤジの勝手な度量で我慢できる部分もあるかもしれません。しかし、現実はいつだって残酷です。こちらへ向けて醜悪な顔を晒しているのは大概、周囲への配慮など1ミリも持ち合わせていない、図々しく、スタイルも崩れ果てた人間たちなのです。
イヤホンで耳を塞ぎ、スマホの青白い光に照らされたその顔には、圧倒的な「想像力の欠如」が刻み込まれています。
自分がドアを背にしてこちらを向くことで、目の前の人間にどれほどの心理的圧迫感を与えているか。自分がその図体で、どれほど他人の視界を不快に占拠しているか。彼らの脳は、他者の痛みを推し量る機能が完全に停止しています。
人間の顔つきや佇まいというものは、不思議なもので、その内面にある「他者への配慮のなさ」や「醜いエゴイズム」を残酷なまでに浮き彫りにします。
周囲の苦痛を顧みず、ただ己の快適さだけを追求してスマホを見つめるそのだらしない姿勢と無表情。それは、物理的な造作の美醜を完全に飛び越えて、人間としてひどく「醜悪な怪物」に見えるのです。美しい心を持たない人間は、どう取り繕っても最終的には醜い顔つきへと変貌していくという真理を、私は満員電車の中で幾度となく確認してきました。
ドアを背にして、ただ己の殻に閉じこもる怪物たち。
それは、かつて日本人が持っていた「互いに譲り合い、空間を分け合う」というささやかな美徳が完全に死に絶え、自分さえ良ければいいというエゴが蔓延する、この冷え切った現代社会が生み出した「社会悪」そのものです。
今日も私は、後ろから押し潰される背中の痛みに耐えながら、目の前に立ちはだかる無機質で醜悪な顔から目を逸らし、ただひたすらに目的地に着くのを待つのです。
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