NBAシーズンオフの話題
選手のトレードとマジックジョンソンの記憶
八村塁さんが、契約満期に伴い、レイカーズからクリッパーズに移籍となった。理由の一つとして、LAからは離れたくないと報じられている。LAでの暮らしを愛し、レイカーズオンリーのライフを選んだアスリートには、マジック・ジョンソンという方がいる。身体の動かし方にとても特徴があり、2メートルを超える身長からは、当然、スモールフォワード的な役割を求められるが、彼が選んだのは、ガードというポジションであった。身長2メートルを超えるガードプレーヤーの先駆けだった。
マジック・ジョンソン氏のプレイスタイル、特に**「思いもかけないコースに非常に早いパスを繰り出す」**という点に関しては、まさに仰る通りで、当時のNBAの常識を覆した彼の代名詞です。ノールックパスや、走っている味方の胸元にドンピシャで届く弾丸パスは、今見ても色褪せない芸術品ですよね。
ただ、彼が**「ガードを選んだ理由(背景)」**については、当時の歴史を振り返ると、少し異なるドラマや彼のユニークな特徴が見えてきます。
少しディープなNBAの歴史になりますが、彼のポジションにまつわる背景を2つのポイントで紐解いてみましょう。
### 1. 怪我対策ではなく「天性の才能とこだわり」
マジック・ジョンソン氏がポイントガード(PG)を務めたのは、怪我を避けるためというよりは、**「彼自身が若い頃からパスを配給する司令塔のポジションを熱望し、それが天才的に上手かったから」**でした。
実は、彼は**206cm(6フィート9インチ)**という、本来ならインサイド(ゴール下)でリバウンドを競り合うセンターやパワーフォワードを務めるべき巨体の持ち主です。
* **当時の常識:** 「背が高い選手はゴール下、小柄で素早い選手がガード」
* **マジックの革新:** 巨体でありながら、誰よりも広い視野と抜群のハンドリング技術、そして卓越したパスセンスを持っていました。
彼は高校・大学時代から「自分がボールを持ってゲームを組み立てる」ことに強いこだわりを持っており、プロ(レイカーズ)入りしてからも、その巨体でポイントガードを務めるという、NBA史上でも前例のない**「大型ポイントガードの先駆け」**となったのです。
### 2. 「怪我を避ける」ではなく「怪我との戦い」だった現役時代
プレイスタイルという点で見ると、彼のいたレイカーズは「ショータイム」と呼ばれた超高速の速攻(ファストブレイク)を最大の武器にしていました。
マジック自身が先頭を切って走り、コートを激しく駆け回るスタイルだったため、実は**キャリアを通じて怪我とは常に隣り合わせ**でした。
* 1980-81シーズン(プロ2年目)には、膝の軟骨を痛めてシーズンの大半(45試合)を欠場する大怪我を負っています。
* その後も、プレイテイスト自体は引退まで激しいプレイスタイルを貫きました。
「巨体の選手がガードをやる」という意味では、後にペニー・ハーダウェイやレブロン・ジェームズ、現代のルカ・ドンチッチといった「大型のゲームメイカー」たちへ続く道を切り拓いた、文字通りの先駆けです。
あの巨体から繰り出される、ノーバウンドやワンバウンドの目にも留まらぬ高速パス。相手ディフェンスが「え、そっち?」とパニックになるようなクリエイティブな配給は、まさに彼がコート上の支配者(マジック)と呼ばれた所以ですね。
彼は、LAの奔放な暮らしを愛し、エイズに罹患してしまったが、アスリートを引退してからは、エイズと戦うシンボルのような存在になった。
ご記憶の通り、まさにそれが**HIV感染の直接の原因**です。ジョンソン氏本人もこの事実を隠すことなく、公に認めています。
1980年代のロサンゼルス(LA)は、レイカーズの「ショータイム」と呼ばれる華やかなプレースタイルとともに、スター選手たちが夜の街でも派手で奔放な生活を送っていた時代でした。
彼がどのように自身の私生活と感染原因について語ってきたか、ポイントを3つにまとめました。
### 1. 本人による「奔放な私生活」の告白
1991年の感染公表の直後、ジョンソン氏自身がスポーツ・イラストレイテッド誌やテレビのインタビューで、当時のLAでの非常に乱れた性生活を率直に告白しました。
* 遠征先やLAのパーティーなどで、きわめて多数の女性と**「避妊具(コンドーム)をつけずに性交渉(異性間交渉)を持っていたこと」**が感染の理由であると明確に認めています。
* 後年のインタビューでも、当時の生活について「多くの男性と同じようにファンタジーを追い求めていたし、楽しかった。だが、その代償を支払うことになった」と、自らの過ちを率直に語っています。
### 2. 当時の「誤解」を解くきっかけに
彼がこの事実をあえて赤裸々に告白したことには、当時の社会に対して非常に重要な意味がありました。
1991年当時、世間には**「エイズは同性愛者や薬物中毒者だけの病気である」**という強い偏見と誤解が根強くありました。そのため、異性愛者(ヘテロセクシャル)の誰もが憧れるスーパースターであるマジック・ジョンソンが「複数の女性との無防備な性交渉で感染した」と公表したことは、世界中に激震を与えました。
> 「普通の男女間の性交渉でも、安全対策を怠れば誰でも感染する」
>
という当たり前の事実を、彼の告白が身をもって証明することになり、世界中で避妊具の使用(セーフセックス)や正しい性教育の重要性が叫ばれる大転換点となったのです。
### 3. 「誰から感染したか」は不明
ジョンソン氏は自著などで、「自分がHIVに感染した原因は完全に分かっている(無防備な性交渉)。しかし、あまりに多くの女性と関係を持っていたため、**具体的にどの女性からウイルスを移されたのか、その時期や相手を特定することは不可能だった**」と明かしています。感染を知った後、彼は過去に関係を持った多くの女性たちに連絡を取り、検査を勧めたそうです。
華やかなLAの生活、そしてスターとしての慢心が生んだ無防備な暮らしが感染の背景にあったことは間違いありません。しかし、彼はその過ちから逃げずに公表し、その後の人生を「同じ過ちを若者にさせないための啓発活動」に捧げたことで、社会的には大きなリスペクトを集めることとなりました。
当時の彼の奔放なライフスタイルや、インタビューでの生々しい本人の言葉、そしてチームメイトたちが当時感じていた衝撃の裏側については、こちらのNBA解説動画で詳しく振り返ることができます。
エイズウィルスは彼の身体の中にいて罹患した状態だが、症状としては現れていない。ウィルスの活動を抑えることに成功しているという理解で良いですか?
はい、**まさにその通りのご理解で完全に間違いありません。**
専門的な医学用語を使わずに、現在の彼の状態を正確に表現すると、まさに**「ウイルスは体内に潜んでいる(罹患している)が、薬の力で完全に活動を封じ込めているため、症状が一切出ず、健康な人と全く変わらない生活ができている状態」**です。
この状態について、もう少しだけ補足すると、現代の医療では以下のような極めて重要な意味を持っています。
### 「U=U」という現代医療の常識
現在のジョンソン氏のように、薬でウイルスの活動を抑え込み、血液中のウイルス量が測定できないほど少なくなった状態(検出限界値未満)が6ヶ月以上続くと、**「他の人に性交渉でウイルスを感染させるリスクもゼロになる」**ことが科学的に証明されています。
これを医療の世界では **「U=U(Undetectable = Untransmittable:検出限界値未満=感染させない)」** と呼びます。
### 潜伏しているウイルスとの戦い
なぜ薬を止められないかというと、HIVは人間の免疫細胞の遺伝子(DNA)の中に深く隠れて眠る性質があるためです。
* **薬を飲んでいる間:** 新しくコピーを作って活動しようとするウイルスを、薬が完全にブロックします。
* **薬を止めてしまうと:** 隠れていたウイルスが再び目を覚まし、急速に増殖を始めてしまいます。
そのため、ジョンソン氏は今でも毎日1回(現代の薬は非常に進化しており、1日1錠の服用で済むものが大半です)の服薬を欠かさず続けています。
当時(1991年)の「不治の病」「死の病」という絶望的なイメージから、現在は**「毎日きちんと薬を飲み続ければ、ウイルスの活動をコントロールして天寿を全うできる慢性疾患」**へと劇的な進化を遂げました。その生きた証であり、パイオニアがまさにマジック・ジョンソン氏と言えます。
八村塁さんが、どのようにLAの暮らしを楽しんでいるのかは知らないが、彼は独身である。偉大な先人であるマジックの過ちは繰り返さず、教えは守って人生を楽しんで欲しいと思う。
また、プレイスタイルもマジックとは異なり、得点を決めるフィニッシャーであると共に、地味に激しくディフェンスするプレーヤーである。後者の負担は少なからず大きいが、高く評価されていると思う。
成績が残せなければチームメンバーを変えるマネージメントは、NBAでは徹底されている。それができないチームは低迷する。チーム経営層の思惑に振り回され、あの広いUSAを東へ西へと試合のみならず、所属チームも変えねばならないのは、選手にとっては大きな負担だろう。しかし、その報酬も選ばれし者のみの金額である。
怪我に悩まされることなく、長くその世界で活躍して欲しいと思う。
(了)
