😂じっちゃん、聞いてや!エコバッグが汚れていて触るのがツラい ― スーパーのレジ係・安田さん編
四月の縁側。葉桜がすっかり緑を深めて、風に揺れるたびに青い匂いがする。
じっちゃんがスーパーの袋を縁側に置いた。レジ袋。
「じっちゃん、エコバッグ持って行かへんかったん?」諒太が袋を見て言う。
「持って行ったばい。忘れて帰ってきたばい」
「それ、持って行ってないのと同じやろ」
免ちゃんがカラシ色のリネンジャケットで現れる。肩に巨大なトートバッグ。
「わしは毎回ちゃんと持っていくで。見てみ、このバッグ」
「免ちゃん、それ買い物用にしてはデカすぎひん?」
「大は小を兼ねるんや」
じっちゃんがレジ袋の中からみかんを取り出して剥き始めたところで、門の方から声がした。
「あの、すみません。こちらに喜三郎さんという方が……」
エプロン姿にスニーカー。四十代くらいの女性で、手首にバーコードリーダーの跡がうっすら残っている。スーパーのレジ係、安田さん。じっちゃんがいつも行くスーパーの人で、この前レジでじっちゃんが「何か困っとることないか」と聞いたら、安田さんの方が「実は……」と話し始めたらしい。
「おう、安田さん。こっち来なさい。みかん食うか」じっちゃんが手招きする。
安田さんが少し照れながら縁側に座る。みかんを一房受け取って、口に入れた。
「エコバッグのことなんですけど」
免ちゃんが自分のトートバッグを抱え直す。「エコバッグがどうしたん」
「……汚れてるお客様が多くて」
一瞬、縁側が静かになる。
「底に魚の汁が乾いたまま持ってこられたり、カビが生えてたり。夏場は匂いがするのもあって。そこにお会計した食品を入れるんですけど……」
安田さんが手首をさする。
「触るのが正直ツラいんです。でも、お客様に『バッグが汚れてますよ』なんて言えないじゃないですか。失礼やし、怒られるかもしれんし」
諒太が腕を組む。「それはきついな。毎日やろ?」
「毎日です。手袋してますけど、気持ちの問題というか。でもお客様は悪気ないんです。ただ洗ってないだけで。それを分かってるから余計に言えなくて」
免ちゃんが自分のトートバッグの底をこっそり確認している。大丈夫やったんか、ほっとした顔。
じっちゃんがみかんの皮を丁寧に畳みながら、口を開いた。
「安田さん。わしな、昔、煉瓦を積む仕事をしとったんや」
「煉瓦ですか」
「現場でな、手が汚れるのは当たり前やった。モルタルまみれ、泥まみれ。でもな、道具だけは全員ピカピカにしとった。なんでか分かるか」
安田さんが首をかしげる。
「親方が毎朝、現場に着いたら一番に自分の道具を拭いたんや。コテも、バケツも、水平器も。何も言わん。ただ毎朝、黙って拭く」
「それで?」免ちゃんが聞く。
「最初は誰も気にせんかった。でもな、親方の道具だけいつもきれいに光っとるのを毎日見とると、自分の道具が気になり始めるんや。ある日、若い衆が一人、朝来たら道具を拭き始めた。次の日、もう一人。一週間もしたら全員が朝一番に道具を拭くようになっとった」
じっちゃんがみかんの皮を横に置く。
「人に『汚い』と言うたら、喧嘩になる。でもな、きれいにしとる姿を見せたら、人は勝手に気づくんたい。言葉で正すな、姿で気づかせろ。それが一番やさしい伝え方ばい」
安田さんが「でも、レジの私がどうやって……」と少し困った顔をする。
「簡単たい。レジの横にな、きれいに畳んだエコバッグの見本を一つ置いとけ。『ご自由にお使いください』やなくてええ。ただ、きれいなのが目に入ればええんや」
諒太が「あっ」と声を出す。「きれいなのが横にあったら、自分のバッグの汚れ気になるわ」
免ちゃんが深くうなずく。「わし、今日帰ったらトートバッグ洗うわ」
「免ちゃん、やっぱり汚かったんか」
「予防や! 予防!」
縁側に笑い声が広がる。安田さんも、声を出して笑った。
じっちゃんが飴ちゃんを一つ、安田さんの手のひらに乗せる。
「安田さん。あんたが気にしとるっちゅうことは、あんたがお客さんの食べ物を大事に思っとる証拠たい。それは誇ってええ仕事ばい」
安田さんが飴ちゃんを握って、ぺこりと頭を下げた。「……ありがとうございます。明日、きれいなバッグ一つ持っていきます」
「おう。わしもエコバッグ忘れんように持っていくばい」
「じっちゃん、そっちの方が大事やろ」諒太がツッコむ。
葉桜の風が、縁側を気持ちよく抜けていく。
「おもろかったら『スキ』押しとき。押した後は手ぇ洗うてな。衛生第一ばい」
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