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🔖琴音先生の"四字熟語 ひもとき塾" 第124回『安貧楽道』

『安貧楽道』(あんぴんらくどう)
―― 持たへん豊かさが、心を満たすこともあるんえ

◆ ある日の放課後、教室で

男子生徒が、机に突っ伏したまま呟いた。

「先生…友だちはみんな、いいもん持ってるんです。新しいスマホ、ブランドの服、最新のゲーム機。うちは、そういうの買えなくて。バイトしても全然足りひんし、なんか…惨めで」

琴音先生は、その背中にそっと視線を向けた。

「"持ってない自分"が、恥ずかしいんやね」

「はい。周りと比べると、自分だけ取り残されてる気がして。お金がないと、幸せになられへんのかなって思うんです」

先生は静かに微笑んだ。

「そうかぁ…せやったらね、"持たへんこと"を誇りにした人の話、聞いてくれはるかな。『安貧楽道』いう言葉があるんえ」

◆ 「安貧楽道」の意味とは

「安貧」は貧しい暮らしに安んじること、「楽道」は自分の信じる道を楽しむこと。

四つの文字が合わさって、「物質的には豊かでなくても、自分の生き方に誇りを持って、心穏やかに暮らす」という意味になるんやわぁ。

大切なのは、何を持ってるかやなくて、何を大事にして生きてるか——そんな、昔の人の静かな誇りが込められた言葉なんえ。

◆ 出典・背景

この言葉は、中国の儒教の教えから生まれたんやわぁ。

特に『論語』の中で、孔子の弟子の一人、顔回(がんかい)という人物が、粗末な食事と貧しい住まいで暮らしながらも、いつも心穏やかで学問に励んでいた姿が語られているんえ。

孔子は顔回を深く尊敬し、「彼は貧しさに負けず、道を楽しんでいる」と讃えたんやわぁ。

◆ 一つの物語──竹林に生きた学者

唐の時代、都の郊外に一人の学者が住んでおった。名を李清(りせい)といった。

李清は若い頃、科挙の試験に挑んだが、何度も不合格やった。友人たちは次々と官職に就き、立派な屋敷を構え、豪華な服をまとった。けれど李清は、小さな竹林の庵で、古びた書物を読む日々を送っていた。

ある日、昔の友人が訪ねてきた。

「李清、お前まだこんなところにおるんか。見ろ、わしはこんなに出世したぞ」

友人は金糸の服を広げて見せた。李清の着物は、継ぎ接ぎだらけやった。

「お前も、もっと現実を見たらどうや。学問ばっかりやって、何になる?金も地位もないやないか」

李清は静かに微笑んだ。

「そうやね。でも、わしには竹の音が聞こえる」

「は?」

「朝、目が覚めると、竹林を風が通る音がするんや。それがな、何とも心地ええんよ。本を読んで、ふと顔を上げると、竹の葉の影が障子に揺れとる。夕暮れには鳥が鳴いて、夜には月が昇る」

友人は呆れた顔をした。

「そんなもんで腹は膨れへんやろ」

「そやね」李清は笑った。「でも、心は満たされるんえ」

友人は首を振って帰っていった。

それから数年後、友人は権力争いに巻き込まれて失脚した。財産も地位も失い、李清の庵を再び訪ねてきた。

「…すまん、泊めてくれへんか」

李清は黙って迎え入れた。その夜、二人は粗末な食事を分け合った。

友人は震える声で言った。

「わしは…何もかも失ってしもうた。これから、どう生きていけばええんや」

李清は、静かに友の肩に手を置いた。

「聞こえるか?竹の音が」

友人は耳を澄ませた。風が竹林を渡る、さらさらという音。

「これはな、誰も奪えへんのや。金も地位も失っても、この音は、わしらの隣にある」

友人の目から、涙がこぼれた。

「わしは…間違うてたんやな」

李清は優しく微笑んだ。

「間違いやない。ただ、違う道や。あんたはあんたの道を歩いた。これからは、また新しい道を探せばええ」

友人はその後、李清の庵で暮らしながら、書を学んだ。地位も財産もない日々やったが、彼の顔には、かつてない穏やかさが宿っていた。

◆ 今につながるまなざし

琴音先生は、生徒の顔をそっと見た。

「昔の人はね、"持たへんこと"を恥やと思わんかったんえ。大事なのは、何を持ってるかやなくて、何に心を満たされるか——それを知ってはったんやわぁ」

生徒は、じっと先生の言葉を聞いていた。

「あんたが"惨め"やと思うてる自分はね、実は、もっと大切なもんを見つけるチャンスの真ん中におるんかもしれへんよ。物がなくても、心が豊かやったら、それは本当の幸せに繋がるんえ」

◆ ──心に、静かな変化が訪れて

生徒はゆっくりと顔を上げた。窓の外で、夕日が校庭の木々を照らしている。

「……先生、僕、"持ってないこと"ばっかり見てました。でも、今あるものに目を向けたら…友だちとか、家族とか、学校とか…ちゃんとあるんですよね」

琴音先生は静かに頷いた。

「そうやね。それに気づけたら、もう十分豊かやわぁ」

生徒は小さく微笑んだ。

「なんか…ちょっと楽になりました。明日からは、"ないもの"やなくて、"あるもの"数えてみます」

カバンを背負って立ち上がる背中が、少しだけ軽くなった気がした。

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