📺昭和のトリビア:『赤線跡の街並み』!戦後の影が残したアングラ風景(repost)
赤提灯と路地の奥に
夕暮れ時、細い路地を歩くと、赤提灯の明かりがぼんやりと浮かぶ。
どこか甘い香水と煙草の煙がまざりあい、石畳を踏む靴音が響く。
そこは、かつて「赤線」と呼ばれた街の名残。昭和の後期まで残り、普通の町並みとは違う、独特の気配を漂わせていた。
「赤線」とは何だったのか
戦後、売春を合法的に行える「赤線区域」と呼ばれる特殊飲食街が、全国に設けられた。
赤い線で地図に囲んで示されたことから「赤線」と呼ばれたのだ。
ところが1958年の「売春防止法」施行で赤線は廃止に。表向きは姿を消したものの、実際には「トルコ風呂(のちのソープランド)」などに形を変え、昭和の後期まで独特の空気を残した。
👉 トリビア:赤線が廃止されたあとの街を「青線」と呼び、建前上は「飲食店」だが実態は変わらない場所も多かった。
子どもたちの目に映った“不思議な大人の町”
昼間は静かな通りなのに、夜になると派手なネオンが灯る。
子どもにとっては「行っちゃいけない場所」だったが、通りすがりに聞こえてくる笑い声や、着飾った女性の姿に妙な大人の世界を感じた。
近くに住む人々にとっては、どこか後ろめたさと生活感が入り混じる、不思議な日常風景だったのだ。
跡地に残る“独特の匂い”
今では再開発が進み、マンションや飲食店街に姿を変えた場所も多い。
けれども路地の造りや独特の家並み、残された赤提灯に「赤線跡」の影がのぞく。
現代から見ればアングラで退廃的に見えるが、そこには戦後日本の経済や人々の欲望を支えた現実が刻まれていた。
昭和の風景を懐かしく掘り起こすシリーズ。
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