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第40回:琴音先生の“四字熟語 ひもとき塾”燈火可親(とうかかしん)『燈火親しむ』(とうかしたしむ)

―― 小さな灯りの下で、心が育つ夜がある


◆ ある日の放課後、教室で

夏休みの終わりが近づくころ。
窓の外はすでに薄暗く、部活帰りの生徒が教室で参考書を開いていました。

「先生、最近ぜんぜん集中できひんのです。スマホ見てまうし……。でも昔の人は、どうやって勉強してたんやろ」

琴音先生はそっと微笑み、窓際の夕闇を見ながら言いました。

「そうやねぇ。昔の人も、夜は誘惑がいっぱいやったんよ。せやけどな、油の灯りの下で“勉強の友”とされた言葉があるんえ」


◆ 「燈火親しむ」の意味とは

「燈火(とうか)」は灯りのこと。昔は行灯(あんどん)や油皿の小さな炎のことを指しました。
「親しむ」は“なじむ・楽しく打ち込む”という意味。

つまり「燈火親しむ」とは――
夜の灯りの下で、本を読むのに親しむという情景を表す言葉です。

現代なら、デスクライトやスタンドの下で集中して本を読むこと。
涼しくなった秋の夜、静かなひとときにぴったりの熟語です。


◆ 出典・背景

この言葉は、中国の詩人・杜牧(とぼく)の詩に由来します。
「秋は夜が長うて、涼しい風が心地ええ。だから灯火の下で読書に親しむんや」という趣旨の句。

当時の人にとって灯火は貴重で、油も高価でした。
それでも“知を求める心”が、炎の明かりを支えていたんやね。


◆ 一つの物語──ある寒村の少年

時は唐の時代。山あいの小さな村に、一人の少年がいました。
名を「陳(ちん)」といい、学問を志しても家は貧しく、油を買うことすらままなりません。

昼間は畑を手伝い、夜は薪を割り……。
それでも「文字を知りたい。世の中の仕組みを知りたい」という思いが胸を焦がしていました。

ある夜、母がつぶやきます。
「陳や……、油はもう残りわずかや。これ以上は買えん」

少年は一瞬、拳を握りしめました。
――夢をあきらめねばならぬのか。

しかし、ふと窓から差す月明かりに気づきます。
「母上、油が尽きても、まだ灯りはあります。月と星と、そして心の炎が」

母は涙を浮かべながら、そっと頷きました。

それからの陳は、月夜には外で読書をし、曇ればわずかな油を分け合いながら机に向かいました。
小さな灯火を「友」と呼び、言葉に親しむその姿は、やがて村人の心にも火を灯しました。

後年、陳は科挙に及第し、学者として国に仕えることになります。
彼の机には、いつもあの小さな油皿が置かれていたと伝えられています。


◆ 今につながるまなざし

琴音先生は、生徒の机の上に置かれた小さなペンライトを見つめました。

「君のスマホも、ほんまは“灯火”やと思うよ。
遊ぶための光にもなるけど、知識を開く光にもなる。
要は、どう使うか――やね」

生徒ははっとして、スマホを伏せ、ペンを手に取りました。


──心に、静かな変化が訪れて

ノートの上に走る文字。
小さな明かりの下で、彼の目は穏やかに輝いていました。


ことばの奥に物語がある。
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