【自己紹介】ドラマをろくに観たことがなかったのに、なぜか1年で脚本家になってしまった者です。
はじめまして。だんごぶっく と申します!
ドラマ・映画・漫画原作などを手がけている、専業の脚本家です。
この note では、脚本の書き方やシナリオコンクールの攻略法など、私が現場で学んできたことを、出し惜しみせずに書いていきます。
正直に打ち明けると、私は「絶対に脚本家になる」と燃えてこの道に入ったタイプではありません。
偶然が重なって、気づいたらなってしまった口です。
はじめは生活のために書いていただけでしたが、続けるうちに本気で楽しくなって、たくさんの人に支えられ、8年あまり……気づけば今日まで来ました。
本当に人に恵まれました。
だからこそ、この幸運と学びを独り占めするのは、もったいない。
脚本の世界は、いまだに私が「若手」でいられるくらい、新しい書き手が入りにくい場所です。
これからの日本のドラマのためにも、知っていることは全部ここに置いていきます。
読んでくれた誰か一人でも「脚本、書いてみようかな」と思ってくれたら、それだけで大成功です。
顔と名前は伏せています。
半分はただのビビリで、もう半分は作品を“私の印象”抜きで受け取ってほしいから。
そのぶん、中身はオープンにいきます。
聞きたいことがあれば、匿名の気軽さで、どうかフランクに質問を投げてください。
……と、真面目な話はこのくらいで。
ここから下は、私がどうやってこの道にたどり着いたのかを、少し短編小説っぽく書いてみました。
自己紹介がわりの、いわば“おまけ”です。
お時間のある方は、よければ読んでみてください。
陸上競技に、すべてを懸けていた若者がいた。
その道が足元から崩れたのは、大学二年の春だった。高校時代に痛めた腰の古傷が再発し、無念のうちに、競技を退くことになる。
来る日も来る日もトラックを走り、汗を流してきた日々。それが突然に途切れ、ぽっかりと空いた時間を、どう扱えばいいのかも分からなかった。
その戸惑いを持て余していた、ある日の午後のこと。ふらりと足が向いたのは、一軒の古本屋だった。
倉庫のように本が積み上げられた店内は、どこか埃っぽく、少しソワソワするような独特の空気を漂わせている。棚のあいだをあてもなく歩いていると、一冊の本が、ふと目に留まった。
表紙は色褪せ、まるで他の本の陰に隠れるようにして置かれている。小説だろうと思って手に取ったその一冊は、予想を裏切るものだった。
野島伸司さん脚本のドラマ『ラブシャッフル』のシナリオ本。
小説ではなく、脚本。 ページをめくるうちに、ふいに、ある記憶がよみがえってきた。そういえば、この「脚本」という言葉を、少し前にも一度、どこかで耳にしなかっただろうか。
思い当たったのは、大学の授業で使うプレゼンの練習をしていたときのことだ。友人と二人、橋本の小さなファミレスで、あれこれと言葉を組み立てていた。すると、隣の席にいた見知らぬ紳士が、ふいに声をかけてきたのだった。
「君の話は、構成も、言葉の使い方も面白い。脚本家にでもなればいい」
そのときは、ただ聞き流していた。スポーツひと筋で生きてきた身にとって、ドラマや映画は、あまりに遠い世界の出来事だ。そもそもドラマがどう作られるのかも知らず、「脚本家」という職業があること自体、そこで初めて知ったくらいだった。
右の耳から左の耳へと、あっさり抜けていったはずのひとこと。それがいま、色褪せた一冊となって、手のなかに戻ってきた。
ふたつの偶然が、静かに重なる。その夜には、吸い寄せられるようにして、シナリオの世界を調べ始めていた。知らなかった扉が、目の前でひとつ、開いていくようだった。
翌日には、もう動いていた。偶然見かけた「シナリオ教室 無料講座」の広告に、好奇心のまま飛び込んでいく。
狭い教室での講座は、基礎をひととおり習ったあと、簡単なテーマで数行のシナリオを書いてみる、という内容だった。試しに書いてみると、信じられないくらい褒められる。自分には才能があるのかもしれない。そう勘違いさせられてしまうほどに。
結局、営業トークにまんまと乗せられ、学生割引にも背中を押されて、その場で入会を決めてしまった。我ながら単純なものだ。けれど、これこそが、脚本の世界へ本格的に足を踏み入れる最初の一歩になった。
通い始めてみると、生徒はお兄様、お姉様ばかり。そのなかで、自分は圧倒的に若かった。 それでも、不思議なものだ。大学の講義ではいつも一番後ろの席を選んでいたのに、この教室では勝手が違った。新しい世界があまりに面白くて、始まるずっと前から誰よりも早く着いては、一番前の席を陣取るようになっていた。
その熱心さを買われたのだろう。ある日、教室の代表として、若手の作家志望者が集まる座談会に出ることになる。
ところが、そこで思い知らされたのは、自分の知識のなさだった。 顔をそろえていたのは、大学でドラマや脚本を専門に学ぶ者、本気で脚本家を志す者ばかり。飛び交う話にはまるでついていけず、見当違いな発言ばかりを重ねてしまう。 そして翌月。その座談会の記録に目を通したという、とある著名な脚本家から、容赦のない言葉が飛んできた。 「こんな奴が脚本家を目指しているなんて」 ありったけの、罵詈雑言だった。
とはいえ、当の本人は、どうしても脚本家になりたかったわけではない。だから、その言葉自体は、さほどこたえなかった。 こたえたのは、むしろ別のことだ。事情を知った教室のスタッフたちが、本当に申し訳なさそうに、何度も頭を下げてくる。その姿を前にすると、かえってこちらのほうが、いたたまれなくなってしまった。 何かしら、結果を出さないといけない。謝るというより、きちんと結果を残して恩を返さなければ、示しがつかない。いつしか、そう思うようになっていた。
もちろん、その頃にはもう、シナリオの面白さにすっかりのめり込んでいる。ただ、脚本を書くという行為は、「夢を追う」というより、「申し訳ないから贖罪をする」という感覚に、どこか近かったのかもしれない。
やがて、就職活動の波が押し寄せてくる。それでも、この道をもう少しだけ信じてみたかった。半ば贖罪のように、半ば本気で。両親に頭を下げて、こう頼み込む。
「一年だけ、チャンスをくれないか」
そして、その一年で、 大手コンクールでW受賞を射止めてみせた。大賞の授賞式が開かれるより前に、デビューはもう決まっていた。それも、地上波ゴールデン帯のドラマでの、脚本家デビューである。
そこから先は、あっという間だった。 仕事は次から次へと舞い込み、いまさら新しい仕事を一から探すのもなんだかなあ、と思ってしまうほど、脚本を生業とするようになっていた。
もちろん、順風満帆というわけではない。途中にはコロナ禍もあり、思うようにいかず、もがいた時期も正直あった。それでも、結果として今も、こうして物語を書き続けている。
現在は、老舗番組で、全体構成とチーフライターを務めている。ともに作るのは経験豊富な先輩脚本家ばかりだが、そのなかで責任を持って、一本一本のシナリオに向き合う日々だ。
そして最近は、新たな挑戦として、自ら手がけた作品のコピーライティングにも取り組んだ。作品の世界観を、たった一行に凝縮する。その面白さを改めて味わい、大きな刺激をもらった。もっと、いろんなことに挑戦してみたい。そう思わせてくれる、忘れられない経験だった。
汗まみれで走っていたあの頃には、想像もできなかった今がある。
次は、どんな世界へ飛び込めるのだろう。その予感だけで、いまも胸が高鳴る。
……と、物語のように書いてきましたが、これが私自身が歩いてきた道のりです。
私の好きな映画『祭りの準備』に、こんなセリフがあります。
「誰でも一本は傑作が書けるってね……それは、自分の周囲の世界を描くことじゃ」
特別な才能も、華やかな経歴もいりません。
あなたが見てきた景色、出会った人、忘れられないあの一日。
それを言葉にするだけで、物語は始まります。
かつての私が、古本屋の片隅で一冊の本と出会ったところから始まったように。
次は、あなたの番かもしれません。

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だんごぶっく
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