人は「傷つきたくない」生き物です
仕事も恋愛もうまくいかない!
もう、こんな人生やだ!
そうやって自暴自棄になっていない?
仕事も恋愛もうまくいかないことを周りのせいにして、
そんな自分にも嫌気がさして、
自分責めの繰り返し。
そんなことやっていない?
こんなことを書いているわたしも、
仕事はそんなでもなかったけれど、
恋愛においては
「そもそも人を好きになれない」
「人に興味がない」
なんてことを口にしていた人。
けれど、それって実は
「自分を守っていた」だけだった。
人を好きになって傷つくのが怖いから、
自分から好きにならないようにしていた。
「好き」と言って、同じ思いを返してもらえないと傷つくから。
「好き」と言って、うざがられるのがいやだから。
「好き」と言って、「重たい」とか言われるのがいやだから。
そうやって、傷つかないように自分を守っていた、ずっと。
振り返ると、わたしは幼少期から家族が大好きだった。
けれど、年子で、弟とは双子という環境だったから、
母の手はいつも弟に取られていた。
わたしが「泣かない子」だったから、らしいけれど。
いつも、母に抱っこしてもらいたい、そう思っていた。
父は姉だけをかわいがっていたから、
そこはすでに諦めていたような気がする。
いつも、わたしの手を引いて、
抱っこしてくれるのは祖母だった。
嬉しかったけれど、母に抱っこしてもらいたかった。
それが当時のわたしの素直な気持ち。
アルバムを見てみると、
赤ちゃんのときは抱っこしてもらっていた。
ただ、わたしの記憶にない、
物心ついてからはない、というだけ。
けれど、覚えている記憶にないからこそ、
「愛してもらえなかった」というイメージが残ってしまった。
姉と弟のことも大好きで、よく二人の自慢をしていた。
姉は顔が小さくて綺麗なんだ、
弟は目鼻立ちがはっきりしていてイケメンなんだ。
そうやって。
大好きだからこそ、中学に入ったときも、
二人について回っていた。
わたしは人見知りで、新しい環境が怖かったから、
というのは大いにある。
けれど、邪険に扱われるようになって傷ついた。
もちろん、どちらも傷つけるつもりなんてなかったのは、
今ならわかる。
ただ、それぞれに友達がいたから、
いつまでも付き纏ってほしくなかっただけ、なのだろう。
けれど、そういった小さな一つひとつが「傷」として残ってしまった。
中学や高校でも、
同性の先輩が好きだったし憧れていたからこそ、
「大好きです」と手紙を書いたりした。
告白の手紙ではなく、お世話になったお礼の手紙に、だ。
けれど、同じように言ってもらえることは少なかった。
先輩が後輩に「大好き」と返すのは稀なのだろうことは、
大人になった今ならわかる。
もちろん、当時も「大好き」を返してほしかったわけではない。
けれど、そんなわたしを見た何人かが、
「あんなことしててウザっ」と言っていたのだ。
そして、それを親切な友達が教えてくれた。
挨拶をしてもあからさまに無視をする先輩もいた。
そんな一つひとつの出来事で傷ついたから、
わたしは「自分を守る」ために、
「人を好きにならない」という選択をしたのだ。
それに気づいて愕然とした。
だって、過去の出来事で傷ついた自覚はあっても、
それがこんなにも尾を引いているなんて思っていなかったから。
傷つくのは、自分が勝手にしていること。
そんなことはわかっていて、
けれど、そうやって傷ついたわたしは、
わたし自身を守ることで傷つかないようにしたのだ。
守る。
それがつまりは、人を好きにならないこと、だった。
異性も同性も含めて。
誰かを好きにならなければ傷つくこともないから。
そうやって、わたしは自分自身を守ってきたのだ。
人は傷つきたくない生き物だ。
だからこそ、自分を守るために防御する。
悲しかった。
つらかった。
苦しかった。
寂しかった。
惨めだった。
そんなネガティブな思いを感じた経験をもうしないように、
自分の意識や体が勝手に動いてくれるのだ。
勝手に動いてくれちゃうからこそ、
自分自身ではなかなか気づくことができない。
わたしは、ただ、家族や周りの人が好きなだけだった。
好きだからこそ同じように好きでいてほしかった。
ただ、それだけだった。
人の想いというのは、
必ずしも双方向にはならないのだとわかっていても。
そして、一方通行な想いは価値の低いもの、
そうやって思い込んでしまったのもわたし自身だった。
けれど、そこに気づいたら、
人というのはなんてかわいらしい生き物なんだろうと思えた。
誰しもが自分自身を守るために必死なのだ。
たとえ意識していなくても。
それを、とてもかわいいと思うし、
そんな人間という生き物をとても愛しいと思うのだ。
そして、そう思ったら、
わたしは人を純粋に好きになれるような気がした。
誰かを好きになる気持ちを、もう抑えなくていいんだ。
そう思ったら、自分が解放されたようで心が少し軽くなった。
こんな自分がいやとか、
こんな人生がいやとか、
そう思って否定して批判しまくってきたけれど、
誰しもが持っている『自分』はけして敵ではない。
ただ、あなた自身を守ってくれているだけ。
今日を生きていてくれてありがとう。
これを読んでくれたあなたに、ありがとう。
いいなと思ったら応援しよう!
チップいただけたら嬉しいです♩
いつもありがとうございます。
あなたの身の上に、たっくさんの豊かさが降り注ぎますように♡