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2019.10.26 北海道コンサドーレ札幌 3-3 川崎フロンターレ(PK4-5)|初めてカップを掲げた日——4度届かなかったリーグカップ。90+5分、延長の絶望、そして新井章太の両手まで

2019年10月26日、埼玉スタジアム2002。

秋の決勝である。だが、公式記録に残る気温は25.4度。湿度は70%。天候は晴れ、風は弱く、ピッチは水を含んでいた。

川崎フロンターレが初めてルヴァンカップを掲げた日を振り返るとき、まず思い出すのは、歓喜の瞬間かもしれない。新井章太が進藤亮佑のPKを止め、青黒の選手たちが一斉に駆け出していく。GKのもとへ向かう輪。抱きつく選手たち。ようやく届いたカップ。

ただ、この試合を「初優勝」とだけ書いてしまうと、少し足りない。

川崎は、この日きれいに勝ったわけではない。

10分に先制され、45+3分に追いついた。88分に逆転し、90+5分に追いつかれた。延長で谷口彰悟が退場し、直後の直接FKで再び勝ち越された。それでも109分、小林悠がもう一度押し込んだ。PK戦では車屋紳太郎が失敗し、札幌に優勝決定の機会が訪れた。

そこで、新井が止めた。

そして、もう一度止めた。

川崎フロンターレ 3-3 北海道コンサドーレ札幌。PK戦は川崎5-4。公式記録としては、そう残る。

しかし、あの日の実感は少し違う。

川崎は勝ったというより、何度も負けかけながら、最後まで持っていかれなかった。過去に何度も手のひらからこぼれ落ちたカップを、今度だけは離さなかった。

あの日、川崎は初めてカップを掲げた。

その重さは、120分とPK戦だけでできていたわけではない。2000年、2007年、2009年、2017年。リーグカップ決勝で届かなかった年号がある。2016年度天皇杯決勝の延長戦もある。J1を連覇し、すでに「タイトルを獲るクラブ」になっていたはずの川崎が、それでもまだ背負っていたものがあった。

2019年ルヴァンカップ決勝は、それを抱えたまま勝った試合である。

忘れるためではない。

忘れていないから、あのカップは重かった。



王者の2019年。だが、余裕のある一年ではなかった

2019年の川崎フロンターレは、J1リーグ2連覇中のチームとしてシーズンを迎えた。

2017年、クラブ初のリーグ優勝。2018年、連覇。鬼木達監督のもとで、川崎は長く追い続けたリーグタイトルをついに自分たちのものにした。中村憲剛、大島僚太、小林悠、谷口彰悟、車屋紳太郎、登里享平。そこに家長昭博、阿部浩之、田中碧、脇坂泰斗らが加わり、2019年にはレアンドロ・ダミアン、山村和也、マギーニョもいる。

顔ぶれだけを見れば、堂々たる王者だった。

だが、2019年の川崎は、絶対王者の余裕の中にいたわけではない。リーグ3連覇には届かず、天皇杯もラウンド16でヴィッセル神戸に敗れた。アジアを戦い、国内では追われる立場になり、チームは勝ちながらも、どこかで新しい証明を求めていた。

その年のルヴァンカップで、川崎はACL出場チームとしてグループステージとプレーオフステージを免除され、プライムステージから登場した。

準々決勝は名古屋グランパス。第1戦を2-0で取り、第2戦は2-2。2試合合計4-2で勝ち上がった。準決勝は鹿島アントラーズ。第1戦を3-1、第2戦を0-0で終え、合計3-1で決勝へ進んだ。

この道のりは、派手な連勝の記録というより、カップ戦を勝ち抜くための成熟を示していた。

名古屋戦では第1戦のリードを持ち帰り、準決勝の鹿島戦では、2戦合計で勝つために0-0を受け入れた。リーグ戦のように毎節勝点を積み上げる戦いとは違う。カップ戦では、進むための90分がある。勝つために、勝ち切らない時間を選ぶこともある。

そういう強さを、2019年の川崎は身につけていた。

それでも、決勝は別物だった。

相手が札幌だからではない。舞台が埼玉だからでもない。

川崎にとって、リーグカップ決勝という場所そのものが、特別に重かった。


年号だけで胸がざわつくカップ戦

川崎フロンターレにとって、2019年のルヴァンカップ決勝は5度目のリーグカップ決勝だった。

2000年。

2007年。

2009年。

2017年。

年号だけで思い出す人がいるはずだ。

国立の空気。届かなかった表彰台。試合後の静けさ。悔しさをどう扱えばいいのかわからなかった時間。クラブが強くなっていく過程で、決勝という場所だけが、何度も川崎の前に立ちはだかった。

もちろん、準優勝は恥ではない。決勝まで進まなければ、銀メダルすら手にできない。だが、同じ場所で何度も止まると、銀色はただの勲章ではなくなる。

触れるたびに、少し痛む。

川崎は、長く「シルバーコレクター」と言われてきた。登里享平は決勝前、その言葉に触れている。大島僚太も、負ければまた勝負弱いと言われることを受け止めていた。田中碧は、過去を優勝に変えられるチャンスだと語った。

この言葉が重いのは、彼らが過去をなかったことにしていないからだ。

2017年にリーグを獲ったから、過去の準優勝が消えたわけではない。2018年に連覇したから、カップ戦決勝の記憶が上書きされたわけでもない。勝利は敗戦を消さない。別の棚に置き直すだけである。

2016年度の天皇杯決勝も、そこに重なる。鹿島アントラーズを相手に延長戦まで戦い、クラブ初の天皇杯タイトルには届かなかった。あの試合を見ていた人にとって、「決勝」「延長」「鹿島」「あと一歩」という言葉は、単なる説明では済まない響きを持っていたはずだ。

だから、2019年ルヴァンカップ決勝は、ただの一冠ではない。

川崎が、過去の銀色の記憶を抱いたまま、もう一度決勝へ戻ってきた試合だった。


決勝の先発に映っていた、2019年のチーム事情

決勝の川崎は、4-2-3-1を基調に入った。

GKは新井章太。

最終ラインは登里享平、谷口彰悟、山村和也、車屋紳太郎。ボランチは大島僚太と田中碧。2列目は左に阿部浩之、中央に脇坂泰斗、右に家長昭博。1トップはレアンドロ・ダミアンである。

小林悠はベンチスタートだった。決勝前の練習試合で右足首を捻挫していたためである。一方で、大島と登里は負傷から戻って先発に名を連ねた。新井は9月以降に出場機会をつかみ、ルヴァンカップでゴールを守って決勝まで来ていた。

つまり、この決勝の先発は、単純な「ベストメンバー」の再現ではない。

コンディションがあり、役割があり、ここまでの大会で積み上げた流れがある。誰を先に使い、誰を後から使うのか。どの時間帯に、どの質を足すのか。鬼木達監督の設計が、メンバー表の時点から見えていた。

ダミアンは前線の基準点だった。空中戦、ポストプレー、相手最終ラインへの圧力。川崎がボールを保持するだけでなく、相手を押し下げるための重さを前線にもたらした。

阿部は左サイドに入りながら、単なるワイドプレーヤーではなかった。ゴール前へ入るタイミング、味方を使う判断、そして守備に戻る献身。川崎の攻撃が左から中央へ移るとき、阿部の立ち位置は何度も効いていた。

脇坂はトップ下で出入りしながら、セットプレーのキッカーも担った。2019年の脇坂泰斗は、川崎の中で少しずつ責任を引き受けていく時期にあった。あの決勝では、単に若い選手が出ていたのではない。前半終了間際の同点弾を呼び込むCKを蹴った選手として、試合の呼吸を変えた。

大島は、大島だった。

この言い方で伝わるものがある。ボールを持ち、相手を引きつけ、角度を変え、縦へ刺す。声を張り上げるタイプではない。だが、川崎のリズムは彼の足元から変わる。88分の小林の逆転弾につながる縦パスは、その象徴だった。

田中碧は、隣で強度を担った。回収、対人、セカンドボール、広い範囲のカバー。川崎のアカデミーで育ち、クラブの過去も見てきた選手が、決勝のボランチにいたことにも意味がある。田中にとってこの決勝は、単にプロキャリアの一試合ではなく、クラブの古い宿題に触れる舞台でもあった。

家長は右にいた。

ボールを持てば、時間が一度止まる。急がない。寄せられても、体の向きと間合いで相手をずらす。家長昭博のプレーは、ときに試合の速度を落とす。だが、それは停滞ではない。川崎にとっては、呼吸を整える時間でもある。そして最後、PK戦の5人目で、その静けさが必要になる。

最終ラインでは、谷口が中央で守備を統率し、山村が対人と空中戦を担い、登里と車屋が左右で攻守の接続を支えた。登里は川崎の長い時間を知る選手であり、車屋はクラブの左サイド、時にセンターを背負ってきた選手である。

そして新井章太。

この時点では、まだ試合後にMVPとして語られる未来は来ていない。だが、新井の存在はすでに重要だった。控えの時間が長かったGKが、カップ戦でチャンスをつかみ、決勝のゴール前に立っている。川崎というチームの中で、声を出し続け、準備し続けた選手が、最後の舞台にいた。

この決勝のメンバー表には、2019年の川崎がそのまま映っている。

主力だけではない。復帰組がいる。負傷を抱えたキャプテンがベンチにいる。若手がいる。ベテランがいる。途中から入るべき切り札がいる。大会を通じてチャンスをつかんだGKがいる。

全員でここまで来た。

その言葉が、きれいごとではなく、実際の布陣として存在していた。


10分。先に失うことから始まった

試合の入りは、川崎が悪かったわけではない。

7分、登里が右サイドからシュートを放つ。札幌GKク・ソンユンがセーブした。9分には阿部が左から中央へ入ってシュート。川崎は前へ出ていた。

だが10分、先にスコアを動かしたのは札幌だった。

右サイドを破られ、折り返しの流れから菅大輝が合わせる。0-1。

決勝で先に失点する。

この事実だけで、スタンドの奥に眠っていた記憶が少しざわついたのではないか。2017年のルヴァンカップ決勝も、川崎は開始早々に失点している。もちろん、試合も相手も状況も違う。安易に重ねるべきではない。

それでも、決勝という場所では、過去が余計な速さで戻ってくる。

だが、この日の川崎は崩れなかった。

15分、ダミアンの突破から脇坂がシュート。20分には阿部の折り返しにダミアンが合わせるが、ボールはポストに当たる。24分には大島がミドルシュート。44分には家長の折り返しから脇坂がヘディングで狙ったが、これもポストに嫌われた。

入らない。

ただ、届いてはいた。

川崎は失点後も、自分たちのゲームを手放していなかった。札幌のカウンターを受けながらも、押し込み、奪い返し、再び押し込む。家長が右で時間を作り、大島が中央でテンポを変え、阿部が左から入り込む。脇坂はセットプレーと間受けで次の一手を探した。

前半の終わり際、ようやく報われる。

45+3分。左CK。キッカーは脇坂。中央でダミアンが競り、流れたボールを阿部浩之が左足で蹴り込んだ。

1-1。

あのゴールは、単なる同点弾ではない。

0-1のままハーフタイムに入れば、決勝の空気は重くなる。過去の年号が、また顔を出す。前半のうちに追いついたことで、川崎は試合をいったん現在へ戻した。

阿部の左足は、スコアだけでなく、空気を救った。

川崎らしい細かいパスワークから崩し切ったゴールではない。CKの流れから、こぼれた場所に入り、仕留めたゴールだった。だが、決勝ではそういう一点がいる。

美しいだけでは足りない。

届いた場所で、蹴り込む選手が必要だった。


憲剛と悠。鬼木達が足した、最後の質

後半に入っても、川崎は押し込む時間を作った。

58分には家長のクロスから阿部が戻し、脇坂が決定機を迎える。得点にはならなかったが、川崎の攻撃は札幌ゴールに近づいていた。

64分、鬼木監督は脇坂泰斗に代えて中村憲剛を投入する。

ここでピッチに入ったのは、単なるベテランではない。

川崎の決勝を知る選手だった。届かなかったリーグカップ決勝を知り、2016年度天皇杯決勝も知り、2017年のリーグ初優勝も知っている。中村憲剛がピッチに入るということは、技術やパス精度だけでなく、川崎の時間そのものが入ってくるということでもあった。

試合の流れが粗くなり、終盤へ向かうなかで、川崎には整理する選手が必要だった。どこで急ぎ、どこで落ち着かせるか。どのサイドへ逃がし、どこで前を向くか。中村は、その呼吸を持っていた。

73分には、レアンドロ・ダミアンに代えて小林悠が入る。

右足首を痛めていたキャプテン。先発ではなく、途中投入の切り札。川崎のサポーターにとって、小林悠という名前には説明のいらない役割がある。

最後に決める人。

2017年のリーグ初優勝を思い出すまでもない。小林は、川崎の攻撃が積み上げたものを最後にゴールへ変える選手だった。裏へ抜ける。ニアへ入る。少し遅れて現れる。相手の視界から消え、ボールの来る場所へ入る。派手に試合を支配するタイプではない。だが、最後の一歩にいる。

この日もそうだった。

88分。田中碧から大島僚太へ。大島が縦へ浮かせる。小林が胸で収め、左足を振る。

2-1。

キャプテンが決めた。

この瞬間、埼玉スタジアムの青黒い側は、一度カップに触れたはずだ。87分には、鈴木武蔵の抜け出しを新井が止めていた。その直後の逆転弾である。流れとしては、川崎が勝利へ手を伸ばしたように見えた。

しかも、小林だった。

ベンチスタートだったキャプテンが、終盤に入り、決勝点を決める。あまりにもできすぎた筋書きである。本人は試合後、「ヒーローになることだけしか考えていなかった」と語っている。

その言葉に、誇張はない。

小林悠は、本当にそのためにピッチへ入っていた。

ただし、この決勝は、そこで終わってくれなかった。


90+5分。もっとも残酷な「あと少し」

後半アディショナルタイム。

90+5分。札幌のCK。福森晃斗のボールに深井一希が合わせる。

2-2。

時計はほとんど尽きていた。

あと少しだった。あと一つ跳ね返せばよかった。あと一度、時計を進めればよかった。そういう時間帯の失点ほど、サポーターの胸に残るものはない。

川崎にとって、これは単なる同点弾ではなかった。

88分に小林が決めた。勝てる形が見えた。そこから、90+5分に引き戻された。決勝で、また何かがこぼれ落ちたように見えた。

この試合が忘れられないのは、川崎が劇的に勝ったからだけではない。

一度、勝ったと思ったからだ。

そして、その勝利が手の中から滑り落ちたからである。

ここで試合は延長へ進む。

普通なら、精神的な流れは札幌へ傾く。土壇場で追いついた側と、土壇場で追いつかれた側。しかも川崎は、過去に何度も決勝で届かなかった記憶を持つチームである。

この時点で、試合は技術や戦術だけでは測れないものになっていた。

持ち直せるか。

それが問われた。


延長戦。判定が反転し、試合の重心も反転した

延長前半、試合はさらに揺れる。

チャナティップの抜け出しを止めた谷口彰悟に、当初は警告が出された。その後、VAR確認を経て退場に変更される。公式記録上は96分、退場理由はS5、得点機会阻止で記録されている。

ここでは判定の是非に踏み込まない。

ただ、事実として、川崎は10人になった。

決勝の延長戦。90+5分に追いつかれた直後。センターバックが退場。さらに、そこから直接FKを与える。

99分、福森晃斗。

左足から放たれたボールがゴールへ向かう。2-3。

川崎は、再び追い込まれた。

この流れは、あまりにも厳しい。試合の物語が札幌へ傾き切ったように見えた。川崎から見れば、負ける理由が並びすぎていた。後半終了間際の失点、延長の退場、直接FKでの勝ち越し。普通なら、そのまま飲み込まれる。

だが、鬼木監督はすぐに組み替える。

100分、大島を下げてマギーニョを投入。車屋をセンターバックへ回し、登里を左サイドバックへ。中村がボランチに入り、10人で追うための形を整えた。

ここは、この試合の中でも非常に川崎らしい局面だった。

感情だけで前へ行かない。崩れたまま突っ込まない。まず配置を戻す。中央を閉じる。サイドの推進力を残す。10人でも、ボールを持てる形を探す。

中村憲剛は後に、10人になってもいけると思っていたと振り返っている。長谷川竜也とマギーニョのサイドの推進力にも触れていた。数的不利で、しかもスコアも不利。それでも川崎は、まだ試合を諦める配置にはしなかった。

107分、中村のFKから家長がヘディングで狙う。

入らない。

だが、まだゴールへ向かっていた。

そして109分。

中村のCK。山村が反応し、小林悠が左足で押し込む。

3-3。

このゴールを、ただの同点弾と呼ぶには足りない。

川崎は、90+5分に一度壊れかけた。延長で退場し、直接FKで勝ち越された。それでも、10人でまた追いついた。決めたのは小林悠。しかも、この日2点目である。

88分のゴールは、勝利へ近づくゴールだった。

109分のゴールは、敗戦から戻ってくるゴールだった。

同じ小林の左足でも、意味が違う。

前者はキャプテンがカップに手を伸ばした一撃。後者は、手から離れかけたカップをもう一度引き寄せた一撃だった。


この決勝を支えた名前たち

2019年ルヴァンカップ決勝は、新井章太のPKストップで決まった試合として記録される。それは正しい。MVPも新井だった。

ただ、この試合を新井だけの物語にしてしまうと、川崎の文脈は少し薄くなる。

阿部浩之がいなければ、前半は0-1のまま終わっていた。左サイドに置かれながら、ゴール前へ入り、45+3分に蹴り込んだ。阿部のプレーには、派手さよりも合理性がある。味方の動きに合わせ、空いた場所へ入り、必要なところで足を振る。この決勝では、その職人的な感覚が空気を変えた。

脇坂泰斗のCKも大きかった。2019年の脇坂は、川崎の中盤と前線をつなぐ新しい選択肢になりつつあった。トップ下で出入りし、セットプレーを任される。前半の同点弾は、彼が蹴ったボールから始まっている。後に川崎の中心になっていく選手の、決勝での足跡として記録しておきたい場面だ。

大島僚太は、88分の逆転弾を演出した。長い距離を走って目立つというより、ボールの置き所とパスの角度で試合を変える選手である。あの縦パスは、小林の胸トラップとセットで記憶されるべき一本だった。川崎の攻撃が最後にゴールへ向かうとき、やはり大島の足元から線が引かれていた。

田中碧は、クラブの過去を背負う若さだった。アカデミーから育った選手が、J1連覇後の川崎でボランチに入り、カップ決勝の中心に立つ。決勝前に「過去を優勝に変えられるチャンス」と語ったことも含め、この試合の田中には、世代の接続点としての意味があった。過去を知るベテランと、これからの川崎を担う選手が同じ中盤にいた。

家長昭博は、5人目のPKを決めた。

ここはもっと語られていい。

車屋が4人目で失敗し、札幌が4人目を成功させたあと、川崎の5人目として家長が立った。外せば、その時点で札幌の優勝が決まる可能性があった。そこで、家長は決めた。

感情を大きく表に出す選手ではない。試合中も、慌てているようには見えない。右サイドで相手を背負い、時間を作り、ボールを失わない。そういう家長の静けさが、PK戦の崖っぷちでそのまま出た。あの一蹴がなければ、新井の5人目のセーブは生まれない。

長谷川竜也もそうだ。

6人目。家長がつなぎ、新井が止め、もう一度川崎に蹴る機会が来た。そのキックを長谷川が決めた。サイドで推進力を出し、延長の苦しい時間帯にも前へ運ぶ役割を担った選手が、最後にPKを沈める。これもまた、決勝の大事な継ぎ目だった。

谷口彰悟と車屋紳太郎も、この試合の中で簡単に整理できない名前である。

谷口は退場した。車屋はPKを外した。記録上は、そう残る。

だが、川崎の初戴冠は、そういう出来事を含めて成立している。完璧な選手だけでカップを掲げたわけではない。誰かのミスを、別の誰かが拾った。誰かの退場後に、全員で配置を直した。誰かが外したあとに、家長が決め、新井が止め、長谷川が決めた。

だから、この決勝はチームの試合だった。

失敗のない試合ではない。

失敗したあと、誰がどうつないだかの試合である。


PK戦。ストーリーは、まだ完成していなかった

120分では決着がつかなかった。

PK戦に入る。

川崎の1人目は小林悠。決める。札幌の1人目、アンデルソン・ロペスも決める。

2人目、山村和也。成功。札幌の鈴木武蔵も成功。

3人目、中村憲剛。成功。札幌の深井一希も成功。

4人目、車屋紳太郎。失敗。札幌のルーカス・フェルナンデスは決める。

ここで、川崎は追い込まれた。

5人目は家長昭博。決める。

札幌の5人目は石川直樹。決めれば、札幌の優勝。

新井章太が止める。

まだ終わらない。

川崎の6人目は長谷川竜也。決める。

札幌の6人目は進藤亮佑。

新井が、また止める。

この瞬間、川崎フロンターレの初優勝が決まった。

Jリーグ公式の新井特集では、PK戦前に登里が新井へ「ここで止めたらストーリー完成やで」と声をかけたことが紹介されている。あまりにも出来すぎた言葉である。だが、実際にその言葉は、この試合の核心を突いていた。

ストーリーは、まだ完成していなかった。

88分の小林弾では、完成しなかった。90分でも完成しなかった。109分の同点弾でも、まだ終わらなかった。車屋が外した瞬間、ストーリーはまた崩れかけた。家長がつなぎ、新井が止め、長谷川が決め、もう一度新井が止める。

そこで、ようやく完成した。

新井は試合後、「勝たなきゃいけない」ではなく「勝ちたい」と思おうとチームに伝えたと振り返っている。

この言葉は、2019年の川崎にとって大きい。

「勝たなければならない」は、過去に縛られた言葉である。

「勝ちたい」は、未来へ向かう言葉だ。

川崎はこの日、過去を背負っていた。だが、最後に勝敗を分けたのは、過去への恐れではなく、未来を取りにいく意思だったのかもしれない。

新井章太は、PKを2本止めた。

だが、あの日止めたものは、それだけではなかった。

川崎がまた銀色の記憶へ戻ってしまう流れを、最後の最後で止めたのである。


数字で見ると、より荒々しい決勝だった

主要スタッツは、川崎フロンターレ公式の試合データに準拠する。

120分を通じたシュート数は、川崎23本、札幌15本。CKは川崎10本、札幌6本。GKは川崎13、札幌11。直接FKは川崎16、札幌6。オフサイドは両チーム3ずつ。退場は川崎の谷口が1。

数字だけ見れば、川崎はシュート数でもCK数でも上回っている。押し込む時間は確かにあった。特に前半、ダミアンのポスト直撃、脇坂のヘディングなど、得点になっていてもおかしくない場面は複数あった。

ただ、この試合の勝敗線は、単なるシュート総量では語れない。

川崎の3得点のうち、45+3分の阿部のゴールと109分の小林のゴールはCKの流れから生まれた。札幌の90+5分の同点弾もCKから。99分の福森の勝ち越し弾は直接FKである。

つまり、この決勝はセットプレーが何度も試合の輪郭を変えた。

流れの中でボールを保持し、相手を押し込むことは、川崎の強みだった。だが、決勝でカップを獲るには、それだけでは足りない。止まったボール、こぼれ球、1本のキック、1回のセーブ。そうした細部が、タイトルの行方を決める。

2019年の川崎は、この試合で完璧な強さを見せたわけではない。

むしろ逆だ。

失点した。決定機を逃した。終了間際に追いつかれた。退場者を出した。延長で勝ち越された。PKも外した。

それでも勝った。

この「それでも」が、2019年ルヴァンカップ決勝の核である。

なお、ポゼッションやxGについては、確認できる公式記録の公開範囲では明示されていないため、本稿では扱わない。ここで見たいのは、確認できる数字と、記録に残ったプレーである。

その範囲で言えることは一つ。

この試合の川崎は、強く勝ったのではない。

粘り強く、こぼさず、最後まで残った。


埼玉スタジアムを、ホームのようにした人たち

この決勝は、等々力ではなかった。

会場は埼玉スタジアム2002。中立地のファイナルである。入場者数は48,119人。札幌にとっても初のルヴァンカップ決勝であり、両クラブにとって特別な一日だった。

それでも鬼木達監督は試合後、埼玉スタジアムをホームのような雰囲気にしてくれたサポーターへの感謝を語っている。

この言葉は、川崎側から見た2019年決勝を考えるうえで欠かせない。

川崎のサポーターは、何度も決勝を見てきた。何度も届かない瞬間を見てきた。リーグ初優勝の歓喜も知っているが、その前に積み上がった時間も知っている。等々力で、国立で、アウェイで、勝てなかった試合を見続けてきた人たちがいる。

2019年10月26日、その人たちはまた決勝にいた。

10分に失点したとき、何を思ったか。45+3分に阿部が決めたとき、どれだけ息を吐いたか。88分に小林が決めた瞬間、どこまでカップを信じたか。90+5分に追いつかれたとき、身体の中のどこが冷えたか。延長で退場し、福森にFKを決められたとき、どれだけ過去が戻ってきたか。

それでも、スタンドの声は切れなかった。

この試合を「サポーターが勝たせた」と断定するのは、少し簡単すぎる。ピッチで戦ったのは選手であり、采配を振るったのは監督である。

だが、決勝の最後の局面で、選手が「まだいける」と思える環境を作るのは、スタンドの役割でもある。鬼木監督の言葉は、その事実を示している。

埼玉スタジアムは、等々力ではなかった。

それでも、あの日の青黒い側には、等々力から持ち込まれた時間があった。


この試合が今も意味を持つ理由

川崎フロンターレは、2017年にリーグを獲った。2018年に連覇した。だから2019年のルヴァンカップ初優勝は、単に「クラブ初タイトル」ではない。

むしろ逆である。

すでにタイトルを獲ったクラブが、なお残していた宿題を片づけた試合だった。

リーグ戦は、積み上げの強さを問う。長いシーズンを通して、勝点を重ね、順位表の一番上に立つ。2017年と2018年の川崎は、その強さを証明した。

一方で、カップ戦の決勝は、違う強さを求める。

一試合で勝つ。流れが悪くても戻す。先に失点しても崩れない。終了間際に追いつかれても、延長で失点しても、10人になっても、まだ次のプレーへ向かう。PK戦で外しても、誰かが止める。

2019年ルヴァンカップ決勝は、川崎がその強さを手に入れた日だった。

ただし、完全に克服した、という言い方は少し違うかもしれない。

過去の敗戦は消えていない。2000年も、2007年も、2009年も、2017年も、2016年度天皇杯決勝も、なくなったわけではない。むしろ、それらがあったから、2019年のカップは重くなった。

クラブ史は、勝った試合だけでできていない。

負けた試合がある。届かなかった決勝がある。その悔しさを、何年も抱えてきた選手がいる。見続けてきたサポーターがいる。クラブの中で声を出し続け、出番を待ち、最後の最後に主役になったGKがいる。

だから、この試合は単なる名勝負ではない。

川崎フロンターレが、自分たちの過去を別の意味へ置き直した試合だった。

「決勝で届かない川崎」から、「決勝で何度落ちても戻ってくる川崎」へ。

その変化が、あの日の120分とPK戦に刻まれている。


初めてカップを掲げた日

PK戦が終わり、新井章太のもとへ選手たちが走った。

あの光景を、何度見ても不思議な気持ちになる。120分を戦った選手たちが、最後の力で一人のGKへ向かっていく。止めた新井も走る。仲間が追いかける。抱きつく。倒れ込む。青黒が一つの塊になる。

そこには、多くの名前があった。

前半の空気を救った阿部浩之。

セットプレーで同点弾を呼び込んだ脇坂泰斗。

試合のテンポを整え、88分の縦パスを通した大島僚太。

クラブの過去を背負う若さとして中盤に立った田中碧。

右サイドで時間を作り、崖っぷちのPKを沈めた家長昭博。

終盤に精度と経験を持ち込んだ中村憲剛。

数的不利後の再編で役割を変えた車屋紳太郎と登里享平。

延長109分の同点弾に絡んだ山村和也。

6人目のPKを決めた長谷川竜也。

そして、2ゴールを決めた小林悠。

最後に止めた、新井章太。

誰か一人の物語にしてしまうには、あまりにも多くの時間が重なっている。

それでも、最後の絵は一つだ。

川崎フロンターレが、初めてルヴァンカップを掲げた。

完璧な勝利ではなかった。だからこそ、忘れがたい。何度も手放しかけた。何度も引き戻した。勝ったと思い、追いつかれ、退場し、勝ち越され、また追いつき、PKで崖っぷちに立ち、最後に止めた。

あの日のカップは、ただの優勝トロフィーではない。

過去の銀色の記憶を、青黒がようやく自分たちの手で持ち上げた証だった。

あの日、川崎が掲げたのは、初めてのカップであり、そこへたどり着くまで離れなかった人たちの時間そのものだった。


FRONewsは、川崎フロンターレに関する記録と記憶を残すためのアーカイブメディアです。

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参考・引用URL
川崎フロンターレ公式
ゲーム記録・速報 - 2019/YBCルヴァン 決勝 vs.北海道コンサドーレ札幌
https://www.frontale.co.jp/goto_game/2019/levain_cup/05.html 
Jリーグ公式
2019JリーグYBCルヴァンカップ 大会ページ
https://www.jleague.jp/leaguecup/2019/ 
Jリーグ公式
決勝:2019JリーグYBCルヴァンカップ
https://www.jleague.jp/leaguecup/2019/final/ 
Jリーグ公式
プライムステージ 組み合わせが決定!【ルヴァンカップ】
https://www.jleague.jp/sp/news/article/15139/
Jリーグ公式
控えGKからルヴァンカップの主役に!不屈の男「新井章太」の履歴書
https://www.jleague.jp/j-tano/1864
Number Web
ルヴァン杯初優勝に貢献した小林悠の試練と共に歩んだサッカー人生。
https://number.bunshun.jp/articles/-/841307
川崎フロンターレ公式
ゲーム記録・速報 - 2019/天皇杯 ラウンド16 vs.ヴィッセル神戸
https://www.frontale.co.jp/goto_game/2019/emperors_cup/03.html
川崎フロンターレ公式
ゲーム記録・速報 - 2016/天皇杯 決勝 vs.鹿島アントラーズ
https://www.frontale.co.jp/goto_game/2016/emperors_cup/06.html
川崎フロンターレ公式
ゲーム記録・速報 - 2007/ヤマザキナビスコ 決勝 vs.ガンバ大阪
https://www.frontale.co.jp/goto_game/2007/yamazaki_nabisco/05.html
Jリーグ公式YouTube
【公式】ハイライト:北海道コンサドーレ札幌vs川崎フロンターレ 2019JリーグYBCルヴァンカップ決勝
https://www.youtube.com/watch?v=0TmL7EnvURQ

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