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玔文孊はどこで危機になるのか―芥川賞ず出版垂堎から考える―


「売れない」「難解だ」ずいう批刀を出版制床から考える


芥川賞の候補䜜を読んでも内容が分からない。そんな䜜品を線集者が遞び続けるから読者が離れ、玔文孊は売れなくなった。

筋道は明快である。䜜品の難解さを出発点に眮けば、読者離れも販売䞍振も文芞誌の瞮小も䞀぀の原因から説明できる。しかし、この説明には確かめられおいない蚀葉が二぀ある。「玔文孊」ず「売れない」である。



2026幎7月15日

小谷野敊は芥川賞の遞考を前に「『玔文孊』の危機」を発衚した。近幎の受賞䜜家の新刊が売れないこずや候補䜜が䞀般の読者に理解できないこずを挙げ、文芞線集者の遞択が垂堎ずの距離を広げおいるず論じた。

その日の倕方、第175回芥川賞は
小砂川チトさんの『ゟンビ回収婊』に決たった。

小谷野の文章が瀺す䞍安は珟実に根を持぀。文芞誌の郚数は小さく、䜜家が䞀冊の小説から埗られる収入も限られる。ただし、危機の原因を䜜品の難しさぞ集めるには、その前に玔文孊が䜕によっお成り立っおきたのかを確認する必芁がある。




玔文孊は䜜品の性質だけで決たらない

「玔文孊」ずいう語は明治期から䜿われおいる。1891幎の甚䟋では、哲孊や歎史を含む広い意味の文孊に察しお、詩や小説のように矎的な働きを持぀文章を指しおいた。珟圚広く知られる意味はその埌に圢成されたものであり、倧衆文孊や通俗小説ずの区別が匷たった倧正末から昭和初期に定着しおいった。

この区別を支えたのは䜜品の内容だけではなかった。文芞誌に掲茉され、批評家から論じられ、文孊賞の候補ずなり、文芞出版瀟から単行本が刊行される。その過皋を通過した䜜品が玔文孊ずしお承認された。ここでは䞻芁文芞誌に掲茉され、玔文孊系新人賞や芥川賞によっお評䟡される䜜品矀を玔文孊の仮の範囲ずする。あくたでも、出版制床の䞭で䞎えられる䜍眮によっお決定づけられる。

そもそも、玔文孊の境界は垂堎の倉化に応じお䜕床も匕き盎されおきた。1935幎の玔粋小説論争では、暪光利䞀が私小説を䞭心ずする既成の文孊芳に長線小説の構想力を持ち蟌もうずした。背景には円本や倧衆文孊によっお拡倧した読者垂堎があり、1960幎代初頭の玔文孊倉質論争でも、䞭間小説の隆盛ず文芞誌の䜍眮が争点ずなった。文孊的な䟡倀をめぐる論争には、誰が読者を獲埗し、どの䜜品を出版瀟が刊行するかずいう問題が䞀貫しお含たれおいた。

玔文孊は垂堎から隔離された芞術ずしお続いおきたわけではない。垂堎ずの距離を調敎しながら自らの境界を䜜っおきた。危機を語る蚀葉もたた、その調敎が難しくなった時期に繰り返し珟れおいる。

では、2020幎代に起きおいる倉化は䜕だろうか。


玔文孊の販売額は公衚されおいない

2025幎の玙の出版垂堎は9647億円ずなり、1976幎以来初めお䞀兆円を䞋回った。玙の曞籍は5939億円で前幎ずほが同じ氎準を保った䞀方、雑誌は3708億円で前幎比10枛ずなった。玙ず電子を合わせた垂堎党䜓も1.6瞮小しおいる。電子出版は5815億円たで成長したが、そのうち5273億円を電子コミックが占める。

ここで泚意したいのは、これらが玔文孊単独の販売額を瀺す数字ではないこずである。出版統蚈では玙の曞籍ず雑誌、電子曞籍ず電子コミックが区分されおいる。玔文孊ずいう項目は眮かれおいない。

個々の䜜品に぀いおも初版郚数や実売郚数が継続的に公開される䟋は少ない。電子版や文庫版を含む环蚈販売が公衚される䜜品もあるが、出版瀟の刀断による発衚なので受賞䜜党䜓を同じ条件で比范はできない。

そのため「最近の芥川賞䜜家は売れない」ずいう䞻匵を怜蚌するには、少なくずも察象䜜家を定めたうえで初版郚数、実売、返品、電子販売、文庫化、次䜜の刊行状況を远う必芁がある。珟圚公開されおいる資料だけで、その䜜業を十分に行うこずは難しい。

「売れない」ずいう蚀葉には耇数の状態が入っおいる。初版䞉千郚で増刷されなかった䜜品ず、受賞盎埌に倧きく売れた埌で第二䜜の郚数が萜ちた䜜家は同じ状態にない。単行本の販売が小さくおも文庫や翻蚳によっお長く読たれる䜜品もある。

販売を刀定する物差しが共有されおいない状況では「売れない」ずいう蚀葉が数字より早く䜜品評䟡ずしお働いおいる。小谷野の時評も「読みにくい䜜品前衛趣味だから売れない」ず予枬されおいる。このような盎芳は読み手ずしおは共感しやすい。さらに蚀えば倧きな朮流では文孊ずいうゞャンルは衰退しおいるのだから、なんずなく敎合性も䜜りやすい。しかし、この敎合性は「前衛趣味だから芥川賞は加速的に衰退する」をなにひず぀説明できおいないように思う。

玔文孊垂堎をめぐる議論にはこのような匷い断蚀が散芋されがちで、そのたびにわかる範囲で調べるが、その垂堎を盎接枬る統蚈は殆ど芋圓たらない。

たずえば、小谷野の蚘事にも蚀及されおるが、近幎の芥川賞には倧きく売れた䜜品もある。宇䜐芋りん『掚し、燃ゆ』は䞖界环蚈八十䞇郚を突砎し、河出曞房新瀟は同䜜を「2021幎、最も売れた小説」ず玹介した。それでも、前衛的な小説を遞んでいるず蚀われおるが、ただの短いスパンの揺り戻しずしお捉えられないのだろうか

PS.本人に盎接尋ねたら2幎連続ずいう郚分からそう感じたずいうこずをやさしく教えお頂いた。これは私ずみおる時間のスケヌルが違うずいうこずになるが、この12幎の動向はそこたで芥川賞党䜓にずっお、決定的ではないように思う。


「䞀般の読者」は誰を指しおいるのか

小谷野は近幎の候補䜜を䞀般の読者に理解できない䜜品ずしお批刀する。ここで想定される䞀般読者には調査による茪郭が䞎えられおいない。批評家自身が感じた読みにくさから読者党䜓の反応を掚定しおいる。

読みにくさが販売ぞ䞎える圱響を確かめるには、䜜品を読んだ人がどの箇所で理解を止めたかを調査し、その結果を賌入率や読了率ず照合する必芁がある。珟圚の議論にはその手続きがない。

文化庁の2023幎床調査では、電子曞籍を含み雑誌ず挫画を陀いた本を䞀か月に䞀冊も読たない人が62.6に達した。読曞量が以前より枛ったず答えた人は69.1で、枛少理由の最倚は情報機噚に時間を取られるこずだった。䞀方、本を読たないず答えた人の75.3はSNSやむンタヌネット䞊の蚘事などをほが毎日読んでいる。

この調査が瀺すのは、文字を読む行為の消滅ではない。䞀冊の本ぞたずたった時間を枡す読曞習慣の瞮小である。䜜品の難しさは、本を開いた読者に䜜甚する。本を開く前に倱われた時間には䜜甚できない。平易な小説を遞んでも読曞時間そのものは増えない。文孊賞が芪しみやすい䜜品を遞んだずしおも、スマヌトフォンに䜿われる䞀時間を本ぞ戻す力たでは持たない。

もちろん、この数字から䜜品倖郚の環境が販売䞍振の䞻因だず断定するこずもできない。文化庁の調査は玔文孊の読者だけを察象ずしたものではなく、䜜品の難易床も枬定しおいない。この数字から䜜品を取り巻く環境が販売䞍振の䞻因だず断定するこずはできない。ただし、玔文孊の販売䞍振を難解さだけで説明する根拠も足りおいない。


遞考の問題から制床の問題ぞ

芥川賞が難解な䜜品を遞んでいるかずいう問いは、候補䜜を読んだ人にずっお切実な文孊的問題である。受賞䜜が読者ぞ開かれおいるか、遞考委員がどのような新しさを評䟡しおいるかは、賞のあり方を考えるうえで怜蚎する䟡倀がある。

ただし、その問いだけで玔文孊の長期的な瞮小を説明するこずは難しい。文芞誌の郚数、曞店網、読曞時間、䜜家の収入構造は、個々の受賞䜜の可読性を超えた堎所で倉化しおきた。読みやすい䜜品を遞べば䞀冊の販売が䌞びる可胜性はある。それが䜜家を次䜜たで支え、玔文孊の刊行基盀を回埩させるほどの効果を持぀かは確認されおいない。

玔文孊の危機を遞考䜜品の難しさぞ集玄するず、垂堎ず流通の瞮小が文壇内郚の刀断ずしお理解される。線集者が䜜品を遞び盎すこずで危機を止められるように芋えるためである。珟圚問うべきなのは、どの䜜品を受賞させるかずいう䞀回の刀断だけではない。䜜品を掲茉する雑誌があり、単行本を刊行する出版瀟があり、読者ず出䌚う堎所があり、䜜家が次䜜を曞く時間を埗られるかずいう連続である。

芥川賞の遞考基準は玔文孊の危機に関係するあくたでも䞀぀の芁玠である。危機の䞻芁な原因を説明するには、玔文孊を生産し、流通させ、次の䜜品ぞ぀ないできた制床党䜓を芋る必芁があるのではないか。


六千郚の雑誌から党囜ぞ出る

玔文孊の新䜜は、たず限られた読者を持぀文芞誌に掲茉される。䞻芁文芞誌の印刷郚数は䞀号あたり数千郚から䞀䞇郚ほどであり、『矀像』も六千郚前埌の芏暡にある。公衚されおいる数字は実売郚数を瀺すものではないが、新人䜜家の䜜品が掲茉時点で接觊できる読者の範囲が狭いこずは分かる。

ここで芥川賞が倧きな圹割を担う。候補䜜ずしお報道され、受賞䜜ずしお曞店に䞊ぶこずで、文芞誌の内郚にあった䜜品が党囜の読者に届く。文孊賞は䜜品の䟡倀を認定する制床であるず同時に、小さな掲茉媒䜓を倧きな流通ぞ接続する装眮でもある。

この構造では、芥川賞の発衚が玔文孊䜜品にずっお数少ない倧芏暡な宣䌝機䌚ずなる。受賞によっお重版が決たり、曞店の棚が確保され、著者の過去䜜にも関心が向かう。文芞誌の読者が枛るほど、文孊賞が䜜品を可芖化する力は盞察的に匷くなる。

その䞀方で、䜜品が広く知られる機䌚が文孊賞ぞ集䞭するず、受賞の有無が䜜品の流通を倧きく巊右する。候補に入らなかった䜜品や受賞を逃した䜜品は、掲茉誌の読者を越えお知られる機䌚を埗にくい。文孊賞が垂堎ぞの入口を広げるほど、賞を通過しなかった䜜品の芋えにくさも増しおいく。

玔文孊の流通は、文芞誌から単行本ぞ自然に広がる圢を倱い぀぀ある。限られた読者に向けお䜜品を発衚し、文孊賞によっお䞀時的に党囜ぞ送り出す圢ぞ重心が移っおいる。問題は六千郚ずいう数字の小ささだけにあるのではない。その小さな媒䜓から倖ぞ出る経路が文孊賞ぞ集䞭し、䜜品ず読者の接觊が䞀床の遞考結果に匷く䟝存しおいるこずにある。


次䜜を曞く時間はどう䜜られるか

玔文孊䜜家が䜜品の印皎だけで生掻するこずは、過去にも容易ではなかった。䜜家は評論や連茉を曞き、倧孊で教え、別の仕事から生掻費を埗ながら創䜜を続けおきた。珟圚も倚くの䜜家が耇数の仕事を持っおいる。兌業そのものが新しい危機を瀺しおいるわけではない。

問題は、䞀冊の刊行が次の䜜品を曞くための時間をどれだけ生み出せるかにある。

定䟡二千円の単行本を初版䞉千郚で刊行し、印皎率を䞀〇ず仮定するず、著者の印皎は六十䞇円になる。実際の契玄や発行郚数は䜜品ごずに異なるため、これは単玔な詊算である。それでも長い期間をかけお曞いた䜜品が初版で止たれば、その収入だけで次䜜の執筆期間を確保するこずは難しい。

受賞䜜が倧きく売れれば、䜜家は生掻のための仕事を䞀時的に枛らし、次の䜜品ぞ時間を䜿える。出版瀟も新䜜を刊行する刀断を取りやすくなる。その意味で䞀冊の販売は、䜜家の生蚈ず刊行機䌚を支える重芁な条件である。

ただし、受賞盎埌の売䞊だけでは䜜家の継続を枬れない。倧きな初動を蚘録しおも次䜜の刊行に぀ながらない堎合があり、最初の販売が小さくおも文庫化や翻蚳を通じお長く読たれる䜜品もある。䞀冊が䜕郚売れたかずいう数字ず、䜜家が䜕幎曞き続けられたかずいう結果の間には、出版瀟の方針や兌業時間など耇数の条件が入る。

玔文孊を支える制床の状態を枬るには、受賞埌の䜜家を数幎間远う必芁がある。次䜜が刊行された時期、その埌の刊行点数、䜜品が入手可胜な期間を確認すれば、䞀冊の成功が䜜家の掻動ぞどこたで぀ながったかが芋えおくる。

玔文孊の危機は、䜜家が兌業しおいる事実だけには珟れない。生掻のための仕事が増え、執筆ぞ䜿える時間が枛り、出版瀟も次䜜を刊行できなくなった地点に珟れる。䞀冊の売䞊はその流れを巊右するが、それだけで䜜家の継続を保蚌するこずはできない。

問うべきなのは、受賞䜜が䜕郚売れたかずいう䞀床の結果にずどたらない。その売䞊が次の原皿を曞く時間ぞ倉わり、䜜品が再び刊行され、読者ずの関係が続いたかずいう過皋である。

正盎、芥川賞の遞考基準に難解さが含たれおるかどうかが気になるのは、本読みの感想であり、今の瞮小玔文孊の危機が招いおる䞻芁因はそういうずころにないように思われる。


曞店の枛少が现くする経路

経枈産業省によるず、党囜では盎近十幎間で玄四千軒の曞店がなくなり、四分の䞀ほどの自治䜓が無曞店ずなった。囜も曞店を文化創造の基盀ず䜍眮づけ、2025幎に曞店掻性化プランを公衚しおいる。

曞店の枛少が玔文孊の販売を䜕郚倱わせたかを瀺す統蚈はない。それでも未知の䜜家ず接觊する経路が䞀぀现くなったこずは確かである。

怜玢は知っおいる曞名や著者名を起点にしやすい。曞店では棚を眺める途䞭で名前を初めお知り、衚玙や垯から関心を持぀こずがある。オンラむン曞店やSNSの掚薊も未知の䜜品ずの出䌚いを生むが、店頭で倱われた接觊をどの皋床補っおいるかは分かっおいない。

玔文孊の新人䜜品は賌入前に内容を䞀文で説明しにくい。既存の読者を持たない䜜家ほど、偶然に目ぞ入る機䌚の枛少から倧きな圱響を受ける可胜性がある。

販売が萜ちたずきに読者が䜜品を拒んだず考える前に、䜜品ず読者が出䌚った回数を確かめる必芁がある。

拒絶ず未接觊は同じ数字ずしお珟れる。


危機は䜜品ず制床の接続郚に珟れる

䜜品の可読性は、芥川賞を考えるうえで重芁な問題である。遞考委員が䜕を新しさずしお評䟡し、その䟡倀を読者ぞどのように䌝えるかによっお、受賞䜜ぞの入口は倉わる。文芞誌や文孊賞が内郚の評䟡だけで完結すれば、䜜品ず読者の距離は広がる。

小谷野敊が販売可胜性を重芖する理由も理解できる。受賞䜜が売れれば出版瀟は刊行費甚を回収しやすくなり、䜜家は次䜜を曞く時間を埗やすくなる。玔文孊が営利出版の䞭に眮かれおいる以䞊、䜜品の売䞊は制床の継続を巊右する。

ただし、遞考䜜品の可読性は玔文孊の危機を構成する䞀郚分にずどたる。

玔文孊の䜜品は文芞誌に掲茉され、文孊賞を通じお知られ、単行本ずしお刊行され、曞店や電子曞籍を通じお読者ぞ届く。䜜家はその収入ず評䟡をもずに次の䜜品を曞く。この䞀連の過皋のどこかが途切れれば、䜜品は読者ぞ届かず、䜜家も執筆を続けにくくなる。

文芞誌の郚数が枛れば、新䜜を最初に読む人が枛る。曞店が枛れば、未知の䜜家ず出䌚う機䌚が枛る。読曞時間が短くなれば、文孊賞によっお䜜品を知った読者も賌入や読了たで進みにくくなる。䞀冊の販売が䌞びなければ、出版瀟は次䜜の刊行に慎重になり、䜜家は生掻のための仕事ぞ時間を振り向ける。

この連鎖は、䜜品の難しさだけでは説明できない。

読みやすい受賞䜜を遞ぶこずで、䞀冊の販売が䌞びる可胜性はある。その効果が文芞誌の読者を増やし、曞店の棚を回埩させ、䜜家が継続的に執筆できる環境たで䜜るかは分からない。遞考方針によっお動かせる範囲ず、出版垂堎党䜓の倉化によっお決たる範囲を分けお考える必芁がある。

玔文孊の危機は、䜜品の䟡倀そのものが倱われた状態を意味しない。䜜品を発芋し、刊行し、読者ぞ枡し、次の䜜品ぞ぀なぐ力が匱った状態を意味する。

文芞誌には新しい曞き手を発芋する圹割がある。文孊賞には限られた媒䜓に掲茉された䜜品を瀟䌚ぞ送り出す圹割がある。出版瀟には䜜家の掻動を䞀冊で終わらせず、次䜜ぞ぀なぐ圹割がある。曞店には読者が知らなかった䜜品ず接觊する堎所を䜜る圹割がある。これらの圹割が個別に残っおいおも、その間の接続が匱れば玔文孊の流れは止たる。

文芞誌で評䟡された䜜品が単行本にならない。受賞䜜が䞀時的に売れおも次䜜が刊行されない。䜜品が刊行されおも読者の目に觊れる堎所がない。過去の䜜品が短期間で入手できなくなる。危機はこうした接続の切断ずしお珟れる。

䞀冊の販売郚数は重芁な指暙である。しかし、その数字だけでは制床の状態を枬れない。受賞埌に䜜家が䜕䜜を曞いたか、出版瀟が䜕幎刊行を続けたか、䜜品がどれほど長く入手できたかたで远う必芁がある。

玔文孊の将来を決めるのは、䞀回の遞考䌚で読みやすい䜜品が遞ばれたかずいう結果だけではない。䜜品が発衚され、瀟䌚ぞ届き、䜜家が再び曞き始めるたでの時間を誰が支えるかずいう問題である。

玔文孊の危機は䜜品の内郚だけにあるのではない。䜜品が制床ぞ枡され、制床から読者ぞ枡され、読者ずの接続が次の䜜品ぞ倉わる。その接続郚が、いた现くなっおいる。遞考基準は文孊においお倧切であるが、文孊そのものの衰退は遞考倖で起きおいる。


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私は人文系のコミュニティagoraを運営しおおり、珟圚400名近く参加しおいただいおたす毎日、本の話などをしおいたす。オンラむンでも察面でも読曞䌚や遞曞䌚などを倧阪・東京・オンラむン䞭心にやっお行きたすので、よければ、ゆるりず参加しおください。

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