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「一流への道はかくして拓かれた」に学ぶ

先日、仲間内で、月刊誌「致知」3月号を使った読書会を行う機会がありました。

その日は、3月号の中から、ラ・ロシェル 店主 坂井宏行氏と、シャトー ラ・パルム・ドール オーナーシェフ 後藤雅司氏による対談「一流への道はかくして拓かれた」がテーマでした。

お二方の料理人人生を通しての「一流に至るまでの道」が語られているのですが、お二方は20歳の年齢差があり、歩んできた道も同じではないものの、修業時代の姿勢、困難への向き合い方、人との縁を大切にする姿勢などには共通点が感じられます。

読書会では、同記事の読み合わせと内容に関連する意見交換を行いました。

記事を読みながら感じたのは、対話で語られているのが料理人という職業の話でありながら、本質的には「経営者の生き方」であるということです。

個人的に印象に残ったことに関連してここでは3点取り上げてみます。ひとつは、一流と呼ばれる人の背後には、派手な成功物語よりも、むしろ地道で長い努力の積み重ねがあるという点です。

坂井氏は修業時代、鍋磨きや掃除といった裏方の仕事を徹底して行い、深夜まで働いた後も料理の練習を続けていたと言います。後藤氏もまた、鍋磨きや賄いづくりといった目立たない仕事に丹精を込めることで、自分の存在価値を示そうとしていたそうです。

ここから感じるのは、一流とは特別な才能の結果というよりも、日々の姿勢の延長線上にあるということです。これは経営の世界でも同じで、目に見える成果は一朝一夕に生まれるものではなく、日々の小さな改善や積み重ねが長い時間を経て大きな差を生むのだろうというのを、改めて感じる次第です。

成功するまでに加えて、成功した後も日常での地道な取り組み、当たり前の徹底を大切にする、素直に学び続けるということが、以下のことからもうかがえます。(同記事から一部抜粋)

後藤 ムッシュのお店に仲間と一緒にランチを食べに行ったことがあるんです。ムッシュが45歳で、私が25歳の時。(中略)いまでも忘れられないのはムッシュ自ら厨房を案内してくださったこと。20歳下の僕にすごくフランクに接してくれ、その懐の深さに感銘を受けると同時に、料理人の人間性がお皿にも現れることをつくづく感じました。

坂井 僕は上下関係をつくるのがあまり好きじゃなくて、みんな仲間だと思っているので、「どうぞ、どうぞ」って。また、急にお客さんが入ってきても大丈夫なようにきちんと整理整頓して、綺麗にしておく。キッチンを見せられないようではダメだといつも言っているんですよ。それは当時もいまも変わりません。

後藤 「料理の鉄人」で対決したのはまだ独立する前で、当然レベルが違ってボロ負けでしたけど、ムッシュはその時に手長エビのビスクをつくられました。それ以来、「ムッシュよりおいしいビスクをつくらなあかん」と思って試行錯誤を重ね、いまなお当店の定番になっているんです。

それと、対決した翌年の初めにムッシュから直筆の寒中見舞いが届きましてね。ものすごく達筆で「これから料理人として励んでください」という激励のメッセージをいただいて感動しました。

坂井 その後も、半年に1回くらい仕事で三重に行く機会があったので、何度か後藤さんのお店に足を運びましたね。

後藤 ディナーに2回来ていただきました。僕は手書きでメニュー表を書かせてもらっているんですけど、1回目はそれを持って帰られて、2回目はたまたま忘れられたんだと思います。見ると、メニュー表の余白に一つひとつの料理の感想が書かれてあったんです。この姿勢にも心を打たれました。

坂井 僕はどんなお店に行っても余計な観察はしないで素直に食べさせてもらうんですよ。その中で「これはいいな」と感じたことは自分の料理にもどんどん取り入れていく。特に若い人に積極的に投資をして、無の状態で味わうようにしています。

2つ目は、「逆境への向き合い方」です。

坂井氏は大型店舗に移転した直後、バブル崩壊によって客足が途絶えるという危機に直面しています。一日に一組も客が来ない日が続く状況の中で、それでも「やるしかない」と腹を括り、レストラン・ブライダルという新しい事業モデルを打ち出したことで危機を乗り越えたと言います。

好況期よりもむしろ不況期に進化する企業も多いものです。逆境とは単なる困難ではなく、経営の転機となる可能性を秘めています。同記事を読みながら、困難な状況に直面したときこそ、経営者の覚悟と創意が問われるのだと改めて感じた次第です。

読書会では、「料理の鉄人」で浮かれなかったことも話題になりました。

一般的には、専門家として、経営者として大成する背景には、自己顕示欲の高さがそのエネルギー要因となっていることも多いと思います。「料理の鉄人」のような人気番組でスター料理人となれば、それを前面に出したプロモーションや事業に走っても不思議ではありません。バブル崩壊で経営の危機を体験したこともあってのことかもしれませんが、メディアで持ち上げられた後もそこに浮かれなかったことがすごいという意見があがりました。

坂井 後藤さんもおっしゃっていたように、番組のヒットによってどんどん店の人気も高まり、再びこんなに儲かるのかと思うくらい繁盛するようになりました。その時にいつもスタッフに話していたのは、「いつかは番組も終わる。その時に惨めな思いを絶対にしたくない。だから、番組のグッズは店に一切置くな。普段通りやってくれ」と。順調な時には気を引き締めないと梯子を外されたらとんでもないことになりますからね。

後藤 逆境の時に腐らず、順境の時に浮かれず、ちゃんと足元を固めていく。そういう姿勢を貫いてこられたから、半世紀近くも繁盛し続けているのでしょうね。

坂井 コロナ禍の時期も渋谷の駅前でスタッフと一緒に僕もビラを撒いていましたよ。切羽詰まると何でもやるしかない。恥ずかしいだろうが何だろうが、背に腹は代えられない。そういう逆境の時には不思議と力が出るんです。

3つ目は、「人との縁と恩」の重要性です。坂井氏は自分の人生を振り返り、師匠や支援者との出会いがなければ今の自分はないと語っています。また後藤氏も、店の開業時に多くの人の支援を受けた経験から、恩を若いスタッフへと「恩送り」していくことの大切さを語っています。

坂井 いつまでにこれを達成するという明確な目標を持って進んでいかないと、成長しないですよね。繰り返しになりますけど、「夢は見るものではなく、達成するもの」。夢を達成するためには自分を信じて絶対に諦めないことが必要です。

後藤 あと、人との縁や恩を大事にすること。恩を受けた人に直接返すことができなくても、恩送りで若いスタッフに返せたらという思いでいつもやっています。やっぱり縁や恩がないと、その先にある運は掴めないと思うんです。

僕自身、運送会社の社長が無担保でお金を貸してくれなかったら店もできていないですし、「料理の鉄人」でムッシュと出逢っていなければ、店を軌道に乗せることはできなかったかもしれない。ですから、縁と恩を大切にして、その先のチャンスや運を掴み取っていく。そういう生き方を若いスタッフには伝えています。

坂井 僕もきょうお話しした志度藤雄さんや金谷鮮治さんや太田清蔵さんといった先輩方にもし出逢っていなかったら、いまの僕はないと思うんですよ。しかも、一歩先でも一歩後でもダメで、タイミングよく出逢って、そのご縁を本当に大事に繋げていったからこそいまがあります。

金谷さんはがんで63歳の若さで亡くなってしまいましたが、僕は「親父」と呼んでいて、最晩年は毎日コンソメスープをつくって病室に届けていました。そうしたら、看護師さんたちが僕のことを金谷さんの息子だと思っていたようです。亡くなった後も、命日には毎年彼が好きだった白い百合の花束を供えてお墓参りをずっと続けてきました。奥様から「毎年欠かさずに来てくれるのは坂井さんだけよ」と言われましたけど、感謝や恩は何かしらきちんと形にして表現すべきだと思います。

後藤 これまでいろんな人に出逢って、ムッシュが先ほど言われたように、そのタイミングがちょっと先でもちょっと後でもダメで、出逢うべき人と絶妙なタイミングで出逢ったことが、自分の人生をよい方向に導いてくれているような気がするんです。

経営や仕事は、究極的には人の営みです。資本や戦略ももちろん重要ですが、人と人との信頼関係は欠かせません。人の縁によってチャンスが生まれ、そのチャンスをつかむことで新しい道が開ける。同記事からは、経営や仕事において人間関係の質が長期的な成功の重要な一要素であり、お二方がそれを体現されていることを改めて認識させられます。

恩送り」という言葉が印象に残ります。
「恩返し」という言葉は一般的ですが、相手に対して先に恩を送る。「恩送り」という考え方で、ご縁のある方と向き合う。

実践できているか、自戒を込めて振り返ってみようと思います。

<まとめ>
地道な取り組みを積み重ね、その蓄積で得たことを恩送りする。

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