見出し画像

エーデルワイス(1) | 中編小説 [創作大賞/ホラー小説部門]

あらすじ (創作大賞2026 ホラー小説部門)

被虐性の強い高校生コーイチは、日常的に暴力に触れていたいという欲望を満たす為、同じ高校に通う幼馴染のリコに、いじめっ子グループに入って、自分をいじめるように依頼する。

コーイチの望みを叶えたいリコは、同じクラスの少年、観音崎に接近し、コーイチの悪口を吹き込んでいくことにより、コーイチを彼が望んだ通りのいじめられっ子に仕立て上げる事に成功していた。

コーイチの彼女を自認するリコは、はじめはコーイチがいじめられている姿に傷つくものの、次第に嗜虐性に目覚め、自ら進んで愛するコーイチのいじめに参加してゆく。

異常な欲望を持って生まれてしまったのは悪なのか。周囲を巻き込んで、願いを叶えようとする行為は許されるのか。コーイチとリコの歪んだ共依存の関係を描く、ピカレスク恋愛小説。
(全13話)

作品紹介・あらすじ/ネタバレ解説


エーデルワイス

- 1 -

気味の悪い花。そう思った。

白く毛羽けばだった立体的な花びらが広がっていて、その真ん中にいくつかの花芯が、グロテスクなイボみたいにボツボツとくっついている。

アルプスの山奥なんかに咲くこの植物は、遠くから見れば、過酷な環境で身を寄せ合って一生懸命に生きている小さくて可憐な花に見えるだろう。でも、近寄ってみると気色悪い。どこか知らない惑星の、おぞましい環境に生息している、異様で不気味な生き物みたいだ。

エーデルワイス
エーデルワイス
かわいい花よ

ぜんぜん可愛くなんかない。
この歌を作った奴ってアホなんじゃないのか。

普段より近くなった地面を見つめる。呼吸、じっとりとシャツに滲む汗。次に何をされるのかという、首筋に貼りついた恐怖。

観音崎の尖った革靴の爪先が、地面に手を付いている僕の腹に食い込む。「うぼっ」だか「うげっ」だかの音が喉の奥から絞り出される。四つん這いになったような恰好から蹴りあげられて、体が崩れ、地面に頬がつく。土が口に入ってじゃりっとする。腹を手で押さえて痛みに体を丸める。僕の意志じゃない。声をあげたのも、こんな状況なのも僕の意志じゃない。

そう思うほうがいい。

「5万つったじゃん」

観音崎が笑いとため息が混ざったような調子で言う。「5万円とか無理だよ…」僕は言葉を喉から捻り出す。「どうすれば…」

「内臓とか売ればいんじゃね?心臓とか」

「心臓売ったら死ぬべ」

笑い声。4人に囲まれている。

1週間以内に5万円。観音崎たちが要求してきた金額だ。カツアゲ?脅迫?うん。そういう理不尽な何かだ。僕はここ半年くらい、奴らからそういう仕打ちを受けている。お金を払わないと奴らの行動はどんどんエスカレートしていく。廊下でも、教室でも、科学実験室でも。そしてここ、体育館裏が奴らのオリンピックだ。見せ場、ハイライト。今までの集大成。

「ねえ、もうそれくらいにしときなよ」

リコだ。止めに入ってんじゃねえよ、と思う。余計なことすんなよ。リコが続ける。「もういこうよ?つまんないよ」

リコは観音崎の手でも引っ張っているのだろう。奴らはあっさりと引き下がった。

「おい。5万。明日までだぞ」

観音崎たちが去っていく。

***

ひとりになった僕は、立ちあがって制服についた土や埃をはらう。ズレた眼鏡を元の位置にもどす。あいつらめ。この程度かよ、と思う。そしてリコだ。余計なことしやがって。しかし、あいつらは本当に5万円を欲しがっているのだろうか。財布を取り出し、その中身を確認する。10万円。普通、カツアゲつったら、財布のチェックくらいするだろ。

やっぱりあいつらアホだ。

ゆっくりと、ゆっくりと歩く。少し足を痛めたみたいだ。いつもの2拍子じゃなくって、3拍子の歩き方になる。

ずんたったーずんたったー。

エーデルワイス
エーデルワイス
かわいい花よ

3拍子に合わせて頭の中でリフレイン。遠くから見れば、密集して一生懸命に咲く、可憐で白い花。でも近くで見れば、毛羽立った花びらに、グロテスクなイボが密集する不気味な花。1輪の花のイボにはいろんな顔がある。悲しみ、笑顔、侮蔑、同情、蔑み、情欲。密集して咲く可憐に見える花の中に、さらに密集して存在している何か。気味が悪い。きっとあいつらの歪んだ顔も、あいつらのイボのひとつだ。遠くから見れば勉強とか部活とか頑張っている、可憐な白い花に見えるんだろうか。

なんだか楽しくなってきた。暴力から解放された直後で、脳内麻薬が脳ミソに残ってんのかな。愉快だ。愉快な気持ち。開放感。財布の中の10万。リコの声、観音崎の蹴り。

気持ちいい。

ゲロの快感。掻きむしる愉悦。

ずんたったーずんたったー。

***

今は使われていない旧校舎にあるトイレに入る。大をするときに入る個室。新校舎の綺麗なトイレで大をするとからかわれたりイタズラされたりするから、いつも誰もいないこの旧校舎で排泄をしている。

シャツのボタンを外す。腕と腹が痛む。きっとアザになるんだろうな。

上半身裸になる。古いアザ、ちょっと古いアザ。さっきできた傷。治りかけの傷。虐げられてきた自分を見る。ちゃんと形が、その証と証拠が残っている。

体がうずく。

抑えられないし、抑えるつもりもない。その為にわざわざ旧校舎のトイレに来たのだ。

と、建具が軋み、トイレのドアが歪んだ音を立てながら開く気配がした。僕は僕の内側に埋没しかけていた精神を外側に向ける。

「ねえ、こーちゃん。いるの?」

リコの声だ。こいつ、何しに来たんだよ。

「いない」僕は答える。

「いるじゃん」リコが個室のドアの前に来る。「で、今日のはどーだった?興奮できた?めっちゃ蹴られてたけど」

「お前が邪魔したから台無し」

僕は答える。だが悪くない。実際は悪くなかった。でも、もう少し。もう少しだけ暴力に触れていたかった。あと1、2発だけ観音崎の蹴りを喰らいたかった。リコが中途半端な所で止めたから、そこまで興奮できていない。あまり欲情できていない。

「観音崎くんにあれ以上されたらさ、こーちゃん死んじゃわない?」

「死ぬわけないだろ」しかし、いやでも、わからない。僕の中では屈辱と恐怖と興奮は同義だ。このままエスカレートしていったらどうなるんだろう。死ぬかもしれないな。でも、ワクワクしてしまう。死ぬかもしれないという考えにゾクゾクしてしまう。「とにかく、余計なことすんなって」

「ねぇねぇ、手伝ってあげよっか?」

「は?なにを?」

「これからこーちゃんがすること」

ああもう、うっさいな。オナニーくらいひとりでさせろよ。

「いい。帰ってよ」僕はリコに吐き捨てる。

「…わかった」

リコが去って行く。トイレのドアがバタンと閉まる。僕は観音崎の暴力と痛みと屈辱を思い出す。胃袋を抉られるような蹴り。這いつくばって地面を舐めた屈辱。土を噛んだじゃりっとした感触。嘲りの言葉、嘲笑、屈服。恥辱。恥辱。そしてまた恥辱。

背筋が震え、血が集まる。硬く、そして高く反り返る。行為をはじめる。

エーデルワイス。誰も近くで観察しないキモくて白いアルプスの花。三拍子、ずんたったー。三拍子。そうだ三拍子のリズムで。

ずんたったーずんたったー。


- 2 -

はじめは、こーちゃんにやれ、って言われたことをやっているだけだった。

今ではいじめの首謀者のひとり。

ひとに知られたらそう言われるだろう。

私が、観音崎くんたちをけしかけて、こーちゃんからお金を巻き上げさせてるんじゃないかって。でも、私じゃない。こーちゃんだ。こーちゃんがそうしろって、私に言ったんだ。

中学までは普通だった。普通に家が近所で、普通に仲が良かった。こっそりと、でも自然な雰囲気で付き合うようになった。こーちゃんは私の彼氏。バレンタインデーには毎年チョコをあげているし、おでかけとかも一緒にしていた。

私は今でもこーちゃんが大好きだ。

「あいつなんかムカつくよね」

私は観音崎くんに言った。こーちゃんは高校に入学してから、なぜか眼鏡をかけて猫背で歩くようになっていた。ボソボソとしたヘンな喋り方をして髪の毛はボサボサでフケも溜まっているみたいな感じだったから、みんなに少し避けられ始めていた。そんな中での私の一言。

こーちゃんが私に言えって指示した一言。

彼らはじめ、何の興味も示さなかったけど、私がずっとこーちゃんのネガティブワードを吐き続けていたら、こーちゃんを弄るようになっていった。小突いたり、授業中に揚げ足を取ったり、軽くパシらせたりといったような事にはじまって、それが本格的ないじめにエスカレートするのにはそんなに時間はかからなかった。

こーちゃんはいつもニヤニヤしていた。それがクラスメートたちの嗜虐性をさらに刺激した。

あるとき、体育館の裏で喧嘩だ、って男子が騒いでいたから見に行った。クラスの男子数人がこーちゃんを取り囲んで足蹴にしたり殴ったりしていた。ひどい。ちょっと、私の彼氏にそんなことしないで!やめて。やめてよ!

でも、これが彼の望み。

私は殴られるこーちゃんを見た。私が殴ってるみたいなもんだと思った。こーちゃんは身を硬くして地面にうずくまり、じっと耐えていた。彼がクロールの息継ぎみたいな感じで顔を横にする。水中から新鮮な空気を求めるみたいに。苦しみの中から誰かに手を伸ばすみたいに。

笑っていた。ニヤニヤとかじゃない。満面の笑みだ。彼は私の顔を見つめながら気持ちよさそうに笑っていた。私と目が合う。私を蔑んでいるみたいな満面の笑顔がさらに破顔する。

私は小石を拾ってこーちゃんに投げた。笑ってんじゃねえよ。こっち見てんじゃねえよ。私がこーちゃんの悪口言っていじめさせてるって、先生とかにバレたらどーすんだよ。

小石が、こーちゃんの背中にあたる。彼が笑顔のまま顔を伏せる。

私の彼氏。ずっと知っている大好きな彼氏。

ぞくぞくした。

信じられないくらいゾクゾクした。

誰かの蹴りがこーちゃんの顔面に炸裂する。口から血が弾け飛ぶ。笑う、笑う。たぶん、こーちゃんは勃起しているだろう。顔面にもう一発。さらにもう一発。

加えてもう一発。

さらに。

もっと。

もっとやれよ。


【次のエピソードを読む】