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🟩 木曜連載|精麻とむすびの物語🌾第一章総括|暮らしに戻すということ



ここまで、

撚ること。

結ぶこと。

境界。

そして手仕事について書いてきました。


けれど、

精麻はもともと特別な場所だけにあったものではありません。


むしろ、

人々の暮らしの中に自然に存在していた素材でした。


昔の時代劇や歴史ドラマを見ていると、

出産の場面で縄を握っている姿を見ることがあります。


そうした産縄には、

麻が使われていました。


子どもの健やかな成長を願う麻の葉模様も、

今に残る身近な文化のひとつです。


麻の葉模様。



江戸の火消しは、

麻を藍で染めた火消し装束を身につけていました。


火に飛び込む仕事です。


丈夫で、

軽く、

乾きやすい。


そうした特徴が、

日々の仕事を支えていました。


横綱が締める大きな綱にも、

今でも麻が使われています。


神社のしめ縄。

鈴緒。

祭りの飾り。

獅子舞など。


色々なところで麻を見かけます。




気づけば、

麻は暮らしのあちこちに残っています。


もちろん、

そこには実用的な理由もあったと思います。



けれど、

それだけでは説明しきれないようにも感じます。


縄を握る。

服を着る。

結ぶ。

祈る。


そうした行為は、

特別な修行ではなく、

日常の中にありました。


整えるということも、

本来はそういうものだったのかもしれません。


神社に行くときだけではなく、

祭りのときだけでもなく、

暮らしの中にあるもの。


私が精麻を扱い続けているのも、

どこかその感覚と関係しているように思います。


精麻に出会う前と比べると、

少しずつ生活が変わりました。


手を動かす時間が増え、

自然に触れる時間が増え、

日本の歴史や文化に興味を持つようになりました。




気づけば、

体も心も以前より整っていました。


もちろん、

それが精麻だけの力だとは思いません。


けれど、

精麻がそのきっかけのひとつだったことは確かです。


結ぶこと。

通すこと。

整えること。


それらは特別な場所にあるのではなく、

昔の人々の暮らしの中に自然にありました。


そして今でも、

形を変えながら残っています。


この章では、

精麻を通して

「整える」ということを見てきました。


次の章では、

少し視点を変えてみたいと思います。


整える前に、

育っているものがある。


土。

種。

季節。


人が完全にはコントロールできないものについて、

少しずつ見ていきます。


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