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7-③【教科書が教えない朝鮮半島『三・一運動』の真実】両班の利権と33名の民族主義者「独立物語」の嘘

「全民族が日本の過酷な統治に耐えかねて、自発的に立ち上がった」
韓国の教科書が教える三・一運動のストーリーは、一見すると美しく、筋が通っているように見えます。しかし、ここで一つの疑問が浮かびます。
一体9年過ごして「我慢の限界」とは何なんでしょうか?

激しい不満を募らせ、我慢の限界を迎えていたのは、実は一般の民衆ではありませんでした。本当に怒っていたのは、日本によって「支配者」の座を追われ、自ら働かなければならなくなった特権階級の両班(ヤンバン)や宗教家達のだったのです。1919年の三・一独立運動に至るまでの約9年間、朝鮮半島や国内外では暗殺テロ、秘密結社の結成、偽情報の流布といった「不穏な動き」が絶え間なく続いていました。今回の大規模な爆発的暴動になった両班たちの焦りと逆恨み、33名の民族主義者の裏側に迫ります。

両班の残党(没落した旧特権階級・保守派)

▶思惑:失った既得権益の奪還

・身分制度の廃止
(奴隷を自由にこき使えなくなった)
近代的な税制の導入(民衆から勝手に財産を巻き上げられなくなった)
「働かざる者食うべからず」の現実(特権を失い、ただの平民になった)

民衆を奴隷(奴婢)として搾取し、免税されていた「絶対的特権」を完全に奪われていました。彼らにとっての「独立」とは、民衆の解放ではなく、「自分たちが再び民衆を搾取できた、李氏朝鮮時代の特権構造(既得権益)に戻すこと」でした。

現実:民衆への脅迫と暴動への変貌
首謀者(33名)が自首して不在となったデモの現場を、不満分子である両班の残党や過激派学生が乗っ取りました。彼らは33名の「平和的理想」には全く共感しておらず、混乱を利用して日本を追い出すため、文字の読めない一般民衆を「参加しなければ家を焼く」「裏切り者は殺す」と脅迫して暴徒化させ、公的機関への襲撃を先導しました。

 〖補足〗
文字が読めないのに、なぜチラシで脅迫できたのか?
文字が読めない民衆に対して、この脅迫チラシや回状(まわしぶみ)がどのように機能し、暴動へと発展していったのか、当時の一次史料(裁判記録など)から分かっている生々しい実態は以下の通りです。

当時、朝鮮半島の識字率は非常に低かったですが、「村に数人は文字が読める人(旧両班や地主、知識人など)」がいました。
過激派や両班の残党は、この仕組みを利用しました。

  • 拡声器としての文字が読める者:過激派が村に「デモに参加しなければ家を焼き殺す」というチラシを持ち込むと、村の有力者や文字が読める者がそれを大声で読み上げ、文字の読めない一般農民たちに伝えました。

  • 恐怖の伝播(口コミ):文字が読めない民衆にとって、文字が読める支配層から「ここに『参加しない奴は殺す』と書いてあるぞ」と脅されることは、凄まじい恐怖でした。内容は一瞬で口コミとして村中に広まり、農民たちは「行かなければ本当に殺される」と思い詰め、現場へ赴くことになりました。


日韓併合以前の李氏朝鮮は、人口のわずか数パーセントの両班が、残りの全民衆を奴隷(賤民など)として合法的に搾取する社会でした。両班にとって「労働」は最大の恥であり、彼らにとっての9年間とは、「日本に虐げられた苦難の9年」と言うより「働かなければ生きていけないという、屈辱に耐え続けた9年」だったのです。

②新時代の知識人・宗教家33名の民族主義者

彼らは近代教育を受け、海外の思想に触れた「新しいエリート」たちです。

▶思惑:国際世論の誤認と綺麗事
アメリカのウィルソン大統領が唱えた「民族自決」を、自分たちにも適用されると都合よく勘違いしました。「世界に向けて平和的に独立をアピールすれば、アメリカや国際社会が味方して日本を非難し、無血で独立できるはずだ」という、甘すぎる国際政治の誤認が彼らの動機でした。

現実:敵前逃亡と国際社会の無視
彼らが企画したのは「パフォーマンスとしての平和デモ」でした。そのため、早々に警察に自首(敵前逃亡)しました。さらに、アメリカや国際社会からは「日本の領土問題」として完全に無視され、その思惑は完全に瓦解しました。

現代の韓国が最も隠したい、33人の民族代表の結末。
日本政府による裁判の結果、死刑や無期懲役はゼロ。最高でも懲役3年という政治犯としての寛大な処遇。出所後、国際社会に無視された現実を知ったメンバー(実務トップの崔麟など)は、次々と日本統治を認め、総督府の諮問機関「中枢院」などの要職に就く「親日派」へ大量転向しまた。




【①②③まとめ】
美化された「独立物語」の嘘と責任転嫁


「終戦によって、朝鮮半島は念願の『独立』を果たしたと一般には教えられます。しかし、その根底にあるのは、あまりにも欺瞞に満ちた歴史のすり替えでした。

そもそも彼らが建国の神話とする『三・一運動』の正体は、一部の両班(ヤンバン)階級が自らの失った特権を取り戻すために画策し、33名の民族主義者が捏造した『独立物語』に過ぎません。当時の一般民衆は、ただの『見物人』であったか、あるいは扇動者たちに『参加しなければ家を焼く』と『脅迫』されて巻き込まれたのが実態でした。

現在でも韓国は、その憲法前文に『三・一運動の精神の継承』を明記し、自国が日本に抵抗して自力で独立を勝ち取ったかのような虚飾を掲げ続けています。戦後、彼らはこの欺瞞を正当化するため、サンフランシスコ平和条約の調印式に『戦勝国』として署名しようと猛烈に押し掛けました。しかし、米国をはじめとする連合国は『朝鮮人は日本国民として戦っていた』という国際法上の冷徹な事実を突きつけ、彼らの要求を完全に拒絶したのです。

戦勝国になり損ね、美化された独立の理想から見放された彼らを待っていた現実は、凄惨なものでした。李承晩政権による自国民の大虐殺、そして間もなく勃発した朝鮮戦争の戦火。荒廃した祖国で若者たちが過酷な徴兵の危機に瀕したとき、多くの人々が選択したのは、かつての統治国であり、敗戦から急速に復興しつつあった日本への『命がけの密航』でした。

終戦後の日本を縛ったGHQの徹底した言論統制(プレスコード)は、米国が自らの戦争犯罪を隠蔽し、朝鮮人が自らの戦争責任を隠蔽するための絶好の空白地帯となりました。

彼らが今なお叫び続ける『日本に強制連行された』『日本に酷い目に合った』という被害者叙事詩は、プレスコードによって歪められた言論空間を利用し、欺瞞に満ちた三・一運動の嘘と、戦後の徴兵逃れ・密航という不都合な自国の現実から目を背けるための『責任転嫁の大義名分』に過ぎません。

朝鮮人は被害者ではありません。(この辺について追々・・)
彼らは日本人は事実を知らないと思っています。
そして、若い朝鮮人は反日教育で嘘を事実だと思っています。

教科書が教えない歴史の真実を紐解くとき、私たちは美化された『独立物語』の裏にある、戦後秩序の欺瞞と現代に直面する在日問題の本質を直視する必要があるのです。

これは、戦後引かれた心理戦なのです。

 ご覧頂き有難うございました。

▶動画 
⇩統治時代を生きた朝鮮人のお話を聞いてみましょう。


⇩朝鮮人が統治時代の”朝鮮人の抗日運動”を史料を元に語ってくれます。


 







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