落人1~配属ガチャへのメンタルヘルス~

●役所勤めは「職ガチャ」だ

 令和7年、2025年の5月の連休半ばのある夜。日本海側の田舎町に昔からある結婚式披露宴会場を借り切っての中学校同級会は、お互い無事にこの日を迎えられたなどと、遠く離れた各々の戦場を生き抜いてきたことを喜び合うような笑みを浮かべる還暦の面々50人弱で大いに賑わっていた。
 かつての我々の親世代においては、60歳といえば本格的なリタイヤとなり、余生をいかに穏やかに楽しく過ごせるかと考えられる向きはまだ良い方で、仕事漬けで無趣味だった昭和の男衆などは、これからどう暮らしていけば良いかと、もてあましそうな膨大な自由時間を前に半ば途方に暮れる御仁も少なくなかったものだ。
 ところが、令和7年の我々60歳は、公的年金支給が65歳からへと繰り延べされる一方で、国の役人に準じて大方の職場が取り組む定年延長化の過渡期へ巡り合わせ、62歳が定年となるも、人事の新陳代謝圧力により職場を押し出される有様であり、「役職定年」などという言い方の下で、降格して居残り続けるか転職して食いつなぐかを迫られる状況になった。
 奇しくも大方がその選択をしたばかりのタイミングでの同級会となったことが影響したのか。10年おきに開催されてきたこの会合これまでにおいては、子供時代の馬鹿げた遊びなど専ら昔話に花が咲くばかりの楽しさで、50歳の時などは、「俺もノスタルジーのみで酒が飲めるようになったのか」と自らを感慨深く思うばかりだったのだが、今回は「今は何やっているの」というのが酒を注いで回る時の切り出し言葉になったようだ。
 「役所勤めは気楽でよかったろう。今は再雇用かそれとも関係団体へ天下りか」などとかつての悪友は相変わらず私に対して口が悪いのたが、振り向いてその笑顔を見れば、全然悪意のないイジリが懐かしく思い出されて一気に半世紀前に戻ったような気持ちになるから不思議なものだ。
 それにしても、傍からは「楽で安定」と言われ続けてきたのが役所勤めだったこの身の上だ。民間の、特に中小企業に勤めて地元に残り続けているような同胞などの苦労は本当のところでは実感できる訳もないので、そうした皮肉には言い返しもせずに甘受してきたところだ。
 そしてこの度の還暦の後ということなのだが、定年延長や再雇用という形で役所に残って勤め続ける場合は、そうした場合の処遇や待遇を現役時代に見聞きしているので、良くも悪くも具体的なイメージが予めできるから、覚悟を決めてそのルートに進んでいける。
 しかし、大学を出て役所に入り38年間勤める中で、運と巡り合わせにより、傍からの評価は決して高くなかったものの何とか一定の職位にまでたどりついた私のようなものは、かえって還暦後の勤め先を自らの想いに任せられないという境遇になってしまう。そうした仕組の中に身を委ねざるを得なくなるのだ。
 世間では「親ガチャ」などという言葉が流行っているという。実態として出自の貧富や家庭環境が人生に大きな影響を与える中で、その「当たり外れ」となる親を子供自らは選べないことをシニカルに言う若者が増えているようだ。
 私は、私生児として生まれた母が鉄工所に、高卒の父が地元の家族経営の自動車修理工場にと、正に油まみれの共働きの下で育てられたのだが、安価な公立を選べる努力をして大学まで進んでこられたことなどを考えると、自身の生活は自分の努力次第だとずっと考えていた。
 ところが、役所に就職してみてからは、新採用の職場から数年おきの異動のたびごとに、希望はおろか業務の継続性や家庭事情などもお構いなしの仕事を命じられることになる。まさに何年かごとに「職ガチャ」に見舞われることを重ねてきたのだ。
 それでも、若い頃は、ここで頑張れば職位や給与が上がるとの思いを意欲につなげられたのが、終身雇用と年功序列という日本の古典的経営手法がベースの役所の良さだった。同期と比較してもかなり"激しい振り"の「ガチャ」続きだった私だが、各々の職場で各々の職責なりに成果を上げてこられたことが現役最後の職位にも顕せたと考えている。
 しかし、本当の最後の最後にとんでもない「ガチャ」が待っていた。
 役所定年を受けての行先となる新たな仕事は、これまで38年間の努力の積み重ねにより蓄積してきた知見やスキルをもって当たるには、あまりにもそぐわない低い処遇と待遇だった。
 最初にその再就職先を聴いた時から直感的にそう思えたのだが、それは単なる独りよがりな印象ではなく、同様の職位で同じく退職となる同輩達の「行先」を漏れ聞いていくにつれ、相対的に見て、ステイタスにおいても給与水準においても、最低水準であることが明らかとなり、私はこれまでの仕事人生において初めてと言ってもいいような落胆と自信喪失に苛まれた。
 そんな絶望的な「冷遇」に「やってられるか」と匙を投げたくなるも、年金が出るまで簡単に辞めるわけにはいかない。悔しいが明確な資格などのスペシャルティを何も持たない役人上がりの私が、簡単に厚遇の行先を直ぐに得られる可能性は極めて低いし、時間もコストもかけている余裕がない。
 それにしても、毎日職場で塞ぎ込みながら耐え忍んで過ごすには、年金受給までの「あと5年」というのは長すぎる。自分は「どう生きていくべき」なのか。
 幼馴染らと10年ぶりに杯をかわし笑顔で語らいながらも、今の仕事を問われた私は極めて深刻な落胆に押しつぶされそうになっていることを思い出させられた。それでもせめて、普段の交流がない民間勤めの旧友だからこその、何らか閃きにつながるようなポジティブなヒントが見いだせないかと、細い糸を探るように、還暦の仲間たちの表情の変化や一言一句をしみじみと味わう一夜だった。

(「落人1~配属ガチャへのメンタルヘルス~」終わり。続きは近くupします。)

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