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⑮season2 第十五話「消えた村」



雨が降っていた。

山あいの小さな集落。

古い木造の家。

細い道。

畑の向こうには、深い山。

その道を、一人の男が歩いていた。

宮西正治。

手には小さな手帳と、折り畳んだ地図。

宮西は立ち止まり、周囲を見渡した。

家がある。

人の暮らした跡もある。

軒下には傘。

玄関には長靴。

洗濯物まで干されている。

なのに――

人がいない。

宮西は手帳に書いた。

午後四時十二分。
集落へ到着。
家屋を確認。

顔を上げる。

家の数を数えた。

「一、二、三、四……」

もう一度。

「一、二、三……五?」

宮西の手が止まる。

「……四は?」

見落としただけだ。

そう思い、もう一度数える。

一。

二。

三。

五。

宮西は手帳を見る。

自分で書いた家屋数が――

滲んでいる。

雨ではない。

数字そのものが、

消えかかっていた。

その時。

「おじさん」

宮西が振り返る。

赤い傘。

小さな女の子が立っていた。

「どこから来たん?」

宮西は少女を見る。

「君、この村の子?」

少女は答えない。

逆に聞いた。

「おじさん、名前なんていうん?」

宮西の表情が変わった。

手帳を見る。

そこには、太い線で囲んだ一文。

名前を聞かれても答えるな。

宮西は口を閉じた。

少女が一歩近づく。

「名前」

もう一歩。

「教えて」

宮西は答えない。

少女はしばらく宮西を見ていた。

そして――

笑った。

「言わんのや」

その瞬間。

遠くから鐘の音。

カーン。

宮西が振り返る。

古い小さな鐘楼。

もう一度、少女を見る。

いない。

赤い傘もない。

宮西は手帳へ書いた。

少女一名を確認。

目を離す。

もう一度見る。

文字が変わっていた。

少女――確認できず。

宮西はペンを握ったまま動けなかった。

背後から、

小さな声。

「言わんかったね」

宮西は振り返らなかった。





「この先や」

きみおは車を止めた。

助手席には池本。

後部座席にはアック。

第14話で宮西が残した古い日本地図。

黒く塗り潰された場所。

その横にあった、

ここでは、人ではなく村が消えた。

そして、

管理局より先に、ここへ行け。

その場所まで来ていた。

池本がスマートフォンを見る。

「おかしいね」

「何が?」

「道がない」

きみおが前を見る。

「あるやろ」

細い舗装道路が山の中へ続いている。

「スマホにはない」

画面を見る。

現在地。

道路は、

ここで途切れている。

きみおは宮西の紙地図を見る。

そちらには確かに道が続いている。

「宮西さんの地図が正しいんか」

アックが言った。

「その名前は、ここではなるべく口にするな」

「ここでもか?」

「分からないからだ」

きみおは前を見る。

「分からんことばっかりやな、管理局」

アックは答えなかった。

車を走らせる。

五分。

十分。

民家はない。

電柱もない。

ガードレールも消えた。

道だけが続く。

池本が後ろを振り返る。

「きみお」

「何や」

「さっきもここ通ったよ」

「まさか」

池本が窓を指す。

一本の杉。

幹に白い布。

「これ、三回目」

きみおが車を止めた。

「一本道やぞ」

アックが腕時計を見る。

顔が変わる。

「時計を見ろ」

きみお。

池本。

三人が確認する。

午後四時十二分。

車の時計も、

午後四時十二分。

「止まっとる……」

きみおが呟いた。

その時。

カーン。

鐘。

三人が顔を上げる。

木々の向こう。

屋根が見えた。

一つ。

二つ。

三つ。

きみおが息を呑む。

「……あるやないか」

地図にも。

記録にも。

行政上も存在しない。

それでも――

目の前には、

村があった。





三人は車を降りた。

静かだった。

鳥が鳴かない。

虫も鳴かない。

風はある。

なのに、

葉の音がしない。

「気持ち悪いな……」

きみおが歩き出す。

家が並んでいる。

自転車。

農具。

長靴。

洗濯物。

ついさっきまで、

誰かが暮らしていたように見える。

一軒の家。

玄関が開いていた。

「お邪魔します」

アックが止める。

「待て」

「誰かおるかもしれんやろ」

「だから待て」

その時。

家の中から、

コトン。

音。

きみおが中を見る。

「誰かおるんか?」

返事なし。

三人は入った。

ちゃぶ台。

湯呑み。

新聞。

台所には鍋。

きみおが蓋へ手を伸ばす。

「触るな」

アックが言う。

きみおは鍋の近くへ手をかざした。

「……温かい」

池本の表情が変わった。

「じゃあ、さっきまで誰かいた」

二階。

ミシッ。

三人が見上げる。

「おるな」

きみおが階段へ向かう。

「待てって」

「確認するだけや」

一段。

二段。

三段。

二階。

襖。

ゆっくり開ける。

誰もいない。

畳の上に、

一枚の写真。

きみおが拾う。

家族写真だった。

父親。

母親。

その間に――

「三人か」

池本が言った。

「何が?」

「今、三人って言ったよね」

「そうやろ」

きみおが写真を見る。

父。

母。

二人。

きみおの顔が固まった。

「……あれ?」

もう一度見る。

二人。

最初から、

二人しか写っていなかったように見える。

池本が写真を裏返す。

文字。





そして、

三行目。

空白。

アックが低い声で言った。

「出るぞ」

その時。

階段の下。

「誰?」

女の子の声。

三人が止まった。

「誰かおるん?」

ミシッ。

一段。

「ねえ」

ミシッ。

二段。

「名前――」

三人の表情が変わる。

「なんていうん?」

アックがきみおを見る。

第14話の最後。

誰かに名前を聞かれても、答えるな。

きみおは黙った。

足音が止まる。

数秒。

そして。

女の子が笑った。

「またや」

きみおの眉が動く。

少女の声。

「前に来たおじさんも――」

一呼吸。

「名前、言わんかった」

きみおと池本が顔を見合わせた。

きみおが思わず口を開きかける。

アックが止める。

声を出すな。

きみおは頷いた。

三人は裏手の階段から外へ出た。





「前に来たおじさん……」

村の道を歩きながら、

きみおが呟いた。

池本が言う。

「たぶん、そうだろうね」

名前は言わない。

言わなくても分かる。

宮西正治。

その時。

道の先。

一人の老人が立っていた。

こちらを見ている。

きみおたちが止まる。

老人が言った。

「遅かったな」

きみおが眉を寄せる。

「俺らを待っとったんか?」

老人は答えない。

視線が――

池本で止まった。

老人の顔が変わる。

「……お前」

池本も老人を見る。

「僕?」

老人が近づく。

じっと池本の顔を見る。

「変わっとらんな」

きみおが老人を見る。

「知っとるんか?」

老人は答えない。

池本が聞く。

「僕と会ったことが?」

老人は小さく笑った。

「昔にな」

「いつ?」

老人の笑みが消えた。

「名前は聞くな」

池本が黙る。

老人は今度は、きみおを見る。

「お前が幸――」

言葉を止めた。

周囲を見る。

「……危ない危ない」

きみおの表情が変わる。

この老人。

自分の名前を知っている。

「誰から聞いた」

老人は答えず、歩き出した。

「ついて来い」

村の奥。

小さな祠のような建物。

老人が扉を開ける。

中には、

古い机。

その上に、

紙が一枚だけ置かれていた。

ノートではない。

折り畳まれた、

一枚の紙。

老人が言う。

「前に来た男が置いてった」

きみおは紙を見る。

「いつ?」

老人は考える。

「……分からん」

「昨日か?」

「昨日だった気もする」

「何年前や?」

老人が困ったように笑う。

「ここでは、そういうのは分からん」

きみおが紙を開く。

見覚えのある筆跡。

宮西。

ただし、

名前は書かれていない。

短い一文。

この村は消されたのではない。

その下。

隠された。

きみおが老人を見る。

「何から?」

老人は首を振る。

「知らん」

紙を裏返す。

そこには、

簡単な図。

一本道。

その途中を横切る、

一本の太い線。

その横に、

一文字。

「関」

きみおが読む。

「……せき?」

老人の顔が変わった。

「今、なんて言った」

「関や」

老人が紙を奪うように見る。

「どこに書いてあった」

「ここや」

老人の手が震える。

「そうか……」

「何なんや、この関って」

老人は答えない。

「知っとるんやろ」

沈黙。

「教えてくれ」

老人は紙をきみおへ返した。

「知らん方がいい」

「またそれか」

「知らん方がいいんや」

「こっちは人が消えとるんやぞ!」

老人がきみおを見る。

「だからや」

その一言で、

きみおは黙った。

老人は外を見る。

「人が消えると思っとるんやな」

「違うんか」

老人は答えなかった。

代わりに、

妙なことを言った。

「関の向こうへ行っただけかもしれんぞ」

きみおの表情が変わる。

「……向こう?」

その瞬間。

カーン。

鐘。

老人の顔色が変わった。

「帰れ」

「待ってくれ」

「今すぐ帰れ」

「まだ聞きたいことが――」

カーン。

二度目。

老人が叫んだ。

「早く!」

外へ出る。

霧。

さっきまで晴れていた道に、

白い霧が流れ込んでいる。

「車へ!」

アックが叫ぶ。

三人が走る。

きみおが振り返る。

老人。

家。

道。

霧の中。

少しずつ、

輪郭が薄くなる。

「おい!」

老人が何か叫んでいる。

聞こえない。

「何や!」

老人が指を差す。

きみおが耳を澄ます。

かすかに聞こえた。

「越えるな!」

「何を!」

老人の姿が霧に消える。

村も見えなくなる。



三人は車へ飛び込んだ。

きみおがエンジンをかける。

時計。

午後四時十三分。

「……一分?」

池本が言った。

「僕ら、何時間いた?」

誰も答えられない。

きみおは車を走らせた。

白い布を巻いた杉。

一度だけ通過。

次に振り返った時には、

道そのものがなかった。

車を止める。

宮西の古い地図を開く。

黒い印。

消えた村。

きみおが、

さっき老人から受け取った紙を重ねる。

「あれ……」

二枚の線が、

つながった。

村から伸びる一本の道。

その先に――

「関」

そして、

さっきまでは気づかなかった薄い文字。

きみおが読む。

関を越えるな。

池本が覗き込む。

「誰が書いた?」

「分からん」

宮西の字にも見える。

だが、

少し違う。

アックが紙を見た瞬間、

顔を背けた。

きみおは見逃さなかった。

「アック」

「何だ」

「お前、これ知っとるやろ」

「知らない」

「またその顔や」

「知らないと言っている」

きみおは、

紙の一文字を指した。

関。

「じゃあ教えてくれ」

アックは黙る。

「これは何や」

長い沈黙。

やがて、

アックが口を開いた。

「幸村」

「何や」

アックは、

低い声で言った。

「管理局には、その言葉を口にしてはいけない場所がある。」

きみおの目が細くなる。

「場所?」

アックは答えない。

車の外。

山の向こうから、

もう一度だけ。

カーン。

鐘の音がした。



――第15話「消えた村」終

編集後記

今回は、「消えた人」ではなく、

存在そのものを隠された村

へ、きみおたちが足を踏み入れました。

地図にもない。

行政記録にもない。

時間まで正常に流れているのか分からない。

それでも、そこには確かに人の暮らした跡がありました。

そして村に残されていた、たった一枚の紙。

この村は消されたのではない。隠された。

何から隠されたのか。

誰が隠したのか。

まだ答えは出ません。

そして、もう一つ。

村の老人は池本を見て、

「変わっとらんな」

と言いました。

老人は、いつ、どこで池本を見たのでしょうか。

この言葉も、覚えておいてください。

そして今回、新しく現れた一文字。

「関」

村の老人は言いました。

「関の向こうへ行っただけかもしれんぞ」

残された紙には、

「関を越えるな。」

そしてアックは、

管理局には、その言葉を口にしてはいけない場所がある

と告げました。

「関」とは場所なのか。

境界なのか。

それとも――

まったく別の何かなのか。

次回、第16話。

きみおは、

「関」

という一文字を追い始めます。

――二針無音

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