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やり直したいわけじゃない。ただ、もう無理をしたくない

冬枯(ふゆがれ)です。

今、50代の私はミッドライフクライシスの真っ只中にいます。こんなはずじゃなかった、こんな自分になるとは思わなかった、もう少しうまくやれたのに。いろんな思いが交錯して、今の自分がよくわからなくなる。立ち止まった状態だと、自分の中では解釈しています。

今までが間違いだったのか、と問われると

今までが間違いだったのか。そう問われると、そうではないです。

なので、何かをやり直したいという強い思いがあるわけではないです。

ただ、いろんな分岐点のところで、ああしていたらこういう道に進んでいたな、こうしていたらこれを修正できていたな、というターニングポイントは、自分で確認はできるんですけれども。

あの時こうしていればよかった、というような感じではないんです。そういう後悔はないんです。

むしろ、いい機会なので、あんまり無理をしたくないなと思っている自分がいます。

そう思えてきたということは、私は今、ミッドライフクライシスの真っ只中ではなくて、出口に向かっている状態なのかもしれないです。

ちょっと光が見えてきたかな。

出世の道は、あった

もっと出世する、出世ができるポイントというのはあったわけです。

そうすると収入ももっと増えていたでしょうし、腕を振るう裁量、権限も、すごく広いものをもらえたのでしょう。

上昇志向だった時の自分からすると、そういうものが自分の得たい武器であったり、成果物であったり、ご褒美だったりするわけですけれども。

一旦そこから距離を置いて、いろんなコミュニティに参加して、そこから少しずつ稼ぎをいただいている。本業依存になっていない自分からすると、上昇志向で出世していくのが本当にいいのかどうか、わからないんですよね。

いや、本当にわからない。

たられば は良くないと言うけれど

本当に大出世して上に上り詰めていったとすると、たぶんその道一本でやったと思うので、副業にもあまり手を出さず、本業に特化していたと思います。

それはそれで幸せだったと思います。ついてきてくれる部下もいましたし、応援してくれる上司もいましたし。

たられば は良くないと言いますけど、まさにその状態ですね。

あの時、出世の道を選択していたら。あの分岐点で自分がこういう行動をしていたら。一本の道でこう上っていっただろうな、という道を、客観的に見ている感じがする。

今の私にとっては、正直なところ羨ましいとも思わない。

むしろ、本業一本でいっていた時に、あの上り詰める道を踏み外した時、思ったとおりに修正できなかった時には、猛烈な後悔があるとは思います。自分のどこが悪かったんだ、しまった、と。

今はそんな感じじゃないので。

自分を壊さないように、無理をしたくない

コミュニティが増えている中で、自分を壊さないように、心も壊さないように。自分が受け入れられている範囲で、自分の存在価値が受け入れられている範囲で、過ごしていきたいなと思っています。

なので、各コミュニティで無理をしたくないなと思っています。

お金をもらえなくてもやるのか

ただし、無理をしたくないという思いはありつつも、その中で人生をかけて、生涯をかけて取り組みたいというものが、あるといえばあるんです。

それは、お金をもらえなくてもやるのか、という評価軸になると思います。

私が関わっているコミュニティの中の一つに、やはりそれがあります。自分のライフワークみたいなもので、お金がもらえなくてもやるのか。もらえなくてもやる、というものがありますので。そういうところでは、やっていくんだろうなと思います。

恩を送って、送って

やはり50代を超えて、上昇志向がなくなってくる、出世欲がなくなってくると、どんどん自分のためにというよりかは、人のために、世の中のためにと、そこを考えます。

人の役に立つこと、世の中の役に立つこと。

自分に恩返しをしっかりやってくれなくてもいいと。その人が次の代に、私から受けたものを返して送ってくれれば。恩を送って、送って、を続けてくれればいいなという思いで。

そして、出世競争に敗れたとか、そういう落ちぶれた50代のおじさんという評価を若い世代からはいただいて、ただのおじさんの言い訳だろうと言われても、しょうがないかなとは思いますけれども。

自分の正直な気持ちは、今のところこんな感じです。

やり直したいとは思っていません。

この先、もう無理をせずに、自分の中でごきげんな人生を生きたいというふうに思っています。

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