DSの再来。Anbernic RG DSが欲しい。
※本記事はワタシが執筆および検証を行い、最終的な誤字脱字の確認・校正にのみAIを活用しています。
どうも、はむおっちです。
ワタシは最近、Nintendo Switch 2を購入した。
おかげさまで、久しぶりにゲーム三昧である。
これはもう、素直に楽しい。
やっぱりゲームはいい。
画面の中に別世界が広がっていて、
コントローラーを握った瞬間に日常から少しだけ離れられる。
ただ、その一方で思うこともある。
最近のゲーム、進化しすぎである。
もちろん、それは素晴らしいことだ。
ゲームという文化がここまで進化したこと自体、むちゃくちゃすごい。
Nintendo Switch 2のような最新ハードで遊んでいると、現代のゲーム体験の完成度に驚かされる。
でも、同時にこうも思ってしまう。
ちょっと疲れる。
これは決して悪口ではない。
むしろ、ゲームが豊かになりすぎたからこその贅沢な悩みだと思う。
しかし、ゲームの中なのに、どこか現実と同じように忙しい。
気づけばワタシは、最新ゲームを遊びながらも、昔ながらのゲームに気持ちが引っ張られている。
任天堂の思い出は、やっぱり強くある
Nintendo Switch 2で遊んでいると、改めて任天堂という会社の凄さを感じる。
マリオ。
ポケモン。
ゼルダ。
カービィ。
どうぶつの森。
名前を挙げるだけで、その時代の記憶まで一緒に蘇ってくる。
ワタシたちの人生のどこかに、普通に入り込んでいる存在なのだ。
しかも、任天堂のゲームは基本的に任天堂のハードでしか遊べない。
ゲームソフトだけではなく、ハードそのものまで含めて思い出になる。
全部ひっくるめて「任天堂の思い出」なのである。
その中でも、ワタシにとってニンテンドーDSはかなり特別な存在だ。
初めて見たときの衝撃は今でも覚えている。
今でこそスマホが当たり前になっているので、タッチ操作そのものに驚きはない。
しかし当時の感覚で言えば、ニンテンドーDSはかなり未来のゲーム機だった。
ゲーム機なのに、画面が二つある。
ボタンだけでなく、ペンで触って操作する。
最初は戸惑った。
でも、すぐに夢中になった。
あのハードには、ゲーム機としてのワクワクがあった。
スペックがどうとか、グラフィックがどうとか、そういう話ではない。
「なんだこれは」と思わせる力があった。
今、ニンテンドーDSで遊ぶのは意外と難しい
ところが、今になってニンテンドーDSを遊ぼうとすると、これがなかなか難しい。
まず、実機の状態が問題になる。
ワタシも先日、物置からニンテンドーDSを発掘した。
ただ、状態は正直よくなかった。
当然だ、発売からかなり時間が経っている。
むしろ、今も動くだけですごいくらいである。
では、中古で買い直せばいいのか。
これも簡単ではない。
状態のいいものは、普通にいい値段がついている。
もちろん、手に入らないわけではない。
しかし、気軽に「ちょっと昔のゲームを遊びたいな」というテンションで買うには、少し悩む価格になっている。
しかも、中古である以上、状態にはバラつきがある。
結果として、なかなか手が出ない。
そこで、エミュレータで遊ぶという選択肢がある。
もちろん、あくまで自分で所有しているソフトを使うことが前提だ。
そこは絶対に雑に扱ってはいけない。
ただ、エミュレータでDSを遊ぶときに、どうしても引っかかることがある。
それは、ハードの形だ。
DSの面白さは、ソフトだけでは完結しない。
スマホやタブレットでエミュレータを動かしても、たしかにゲームは動く。
でも、どこか違う。
DSは、DSの形で遊びたい。
その欲求を真正面から満たしてくれそうなのが、Anbernic RG DSである。
Anbernic RG DS、もう見た目からしてDS
Anbernic RG DS。
名前からして気になる。
そして、見た目を見た瞬間に思う。
これは、ほぼDSではないか。
もちろん、正式なニンテンドーDSではない。
だが、折りたたみ式で、上下二画面で、タッチペンが使える。
この時点で、DS世代の人間にはかなり刺さる。
ワタシはこういうガジェットに弱い。
「こういうので遊びたかったんだよ」と思わせてくるから欲しくなる。
大きさはDS LLサイズに近いようで、携帯ゲーム機としてもかなりちょうどいい。
小さすぎると画面が見にくいし、大きすぎると持ち歩きにくい。
その点、DS LLくらいのサイズ感というのはかなり絶妙だと思う。
上下には4インチのIPS液晶。
タッチペンも付属。
Android OS搭載。
この時点で、レトロゲーム用の携帯機としてはかなり遊べる雰囲気がある。
しかも、折りたたみ式。
ゲームを始めるときにパカッと開く。
遊び終わったらパタンと閉じる。
それだけでスリープに入る。
この動作がいいのだ。
ゲーム機として考えたときには、パカッと開くという儀式に趣がある。
今から遊ぶぞ。
そういうスイッチが入る。
ガジェットは、ただ機能すればいいわけではない。
使う前の所作、使っているときの感覚、使い終わったあとの余韻まで含めて魅力になる。
Anbernic RG DSには、その趣がある。
1万円台後半という価格
しかも価格がいい。
1万円台後半。
もちろん、人によって安い高いの感覚は違う。
だが、DSライクな二画面折りたたみAndroidゲーム機として考えると、かなり現実的な価格である。
高すぎると、急に冷静になる。
「そこまでしてDSを遊ぶのか」となる。
でも、1万円台後半なら話が変わる。
ちょっと欲しい。
いや、かなり欲しい。
買ってしまってもいいのではないか。
そう思わせるラインにいる。
ガジェット好きにとって、この価格帯は危険である。
高額商品ほど慎重にならなくていい。
しかし、安すぎるわけでもないから、ちゃんと所有欲も満たしてくれる。
DS世代を狙い撃ちしている。
こんなもの、気にならないわけがない。
最新ゲームだけが正解ではない
Nintendo Switch 2のような最新ハードで遊ぶのは楽しい。
これは間違いない。
現代のゲームには、現代のゲームにしかない魅力がある。
ただ、それだけが正解ではない。
ゲームの楽しさは、必ずしも新しさだけで決まるわけではない。
スペックやグラフィックの美しさだけで決まるわけでもない。
昔のゲームには、昔のゲームの良さがある。
余白がある。
自分の記憶と結びついている。
この「記憶と結びついている」という要素はかなり大きい。
DSのゲームを遊ぶということは、単に昔のソフトを起動することではない。
あの頃の自分に少しだけ会いに行くようなものだ。
友達と遊んだ時間。
攻略本を読んだ記憶。
タッチペンで画面をこすった感覚。
そういうものが、全部一緒に蘇ってくる。
だからこそ、DSはDSっぽい形で遊びたい。
ワタシはそこに価値を感じる。
まとめ
Anbernic RG DS。
これは正直、欲しい。
Nintendo Switch 2で最新ゲームをガンガン遊ぶ。
それはそれで最高だ。
でも、その一方で、昔ながらのゲームを当時の感覚に近い形で遊びたいという欲求もある。
Anbernic RG DSは、まさにそこを突いてくる。
DSをそのまま現代に甦らせたようなゲーム機。
もちろん、任天堂の公式ハードではない。
だからこそ、使い方には節度が必要だ。
繰り返すようだが、自分で所有しているソフトを正しく扱う。
そこは前提である。
ただ、その前提を守ったうえで、昔のゲームをもう一度楽しむためのハードとしては、かなり魅力的だ。
過去の楽しかった記憶を、今の技術で少しだけ蘇らせてくれるものには強烈に惹かれる。
Anbernic RG DSは、まさにそれだ。
こういうものは、迷っている時間も楽しい。
でも、手に入れて遊び倒す時間のほうが、もっと楽しいに決まっている。
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